隣の席の桃谷鈴音という女は、不思議な女だ。

「おはよー。瀬見くん。」
「おう。おはよ。」

警戒心皆無の天然オーラむき出し。

「瀬見くんは朝練?」
「そ。」

そっかぁ、と頷いて、鞄の中身を引き出しに
しまう。そして古典の教科書を出してイスに腰掛ける。

「私は朝練なかったよ。」
「だろうな。手芸部じゃん。」
「あ!そうだった!」

お笑いでのボケなのか、天然のボケをかましてるのか、「そりゃ朝練ないよね。」などと照れ笑いをしている。

そもそもスポーツ校の白鳥で文化部に入るのも可笑しいし、文化部があるのも少し変な話。・・・いや、こいつは後輩同様一般入試だから、運動は苦手なのかもしれない。

少しギャルやお嬢様が多い中で、桃谷は清楚系の部類に入る。
珍しいタイプだけあって、言わずもがな男子人気が高いらしい。

かくいう自分もその桃谷マジックにかかった1人なのだが。

「あと、古典じゃなくて、英語。」

1限、と短く続けて、自分は英語の教科書を出す。

「え?!うそ!だって今日火曜日だよね?」
「木曜・・・だぞ。」
「あれ・・・?」

どうやら納得いっていないような顔で、桃谷は携帯をそっと確認する。
ほんとだ!などと小さく呟いたのちはぁ、とため息をついた。

「今日火曜日の教科書持って来ちゃったよ。寮まで取ってくるね。」

笑顔で告げたのちに、必要のない、古典、音楽、その他諸々鞄に入れ直している。
先週あたりも同じことをやっていなかっただろうか。

「わざわざ戻らなくても他のクラスのやつから借りてくればいいんじゃねえか?」

それで前回遅刻して怒られてたじゃないか。

「それもそうだね!」

桃谷はそう答えて、また、イスに腰掛けた。

「見せて。瀬見くん」
「え?」

そう言って、桃谷は10センチほど離れていた机をくっつける。
机をつけるということは、もちろん椅子も少し近づけてくるわけで。
少しだけ、距離が縮まる。

「・・・だめ、かな。」
「・・・だめじゃねえけど。」
「ありがとう!」

短く答えて、笑って、ルーズリーフを一枚出す。

「お隣が瀬見くんでよかったよー。他の人だとお願いしにくいんだよね。」

“瀬見くんでよかったよ”の単純な言葉に妙に嬉しい気持ちになる。ふいにこの間滝田が振られたと凹んでいたことを思い出す。

これしきのことで舞い上がるな、と左腕をつねる。

「・・・んなことねぇだろ。他のやつでも見せてくれるっての。」

そう言い返して、筆記用具を出す。

「いやいや、男の子は狼さんなんだからー。」

笑顔で桃谷は告げながら、ページをめくり出す。

「・・・なんだそれ。」

男は狼、とか。あれか。男女のそういうあれか。意味わかって使ってんのか?

「瀬見くんも狼さんだ!」
「は?!」

何故か閃いた、とでも言いたげな顔で言われたので、大きな声で言ってしまう。

「狼さんみたいだよね、髪の毛。」

頭の方を指差して、桃谷は言う。
あ。そう言うこと。
下心見え見えだぞ、と言われてるかと思った。焦った・・・。


・  ・  ・




「今日はありがとう、瀬見くん。」

移動教室以外は全て教科書を共有し、1日が終わった。少し近づいた距離に、何度かぶつかる指にで、やけに疲れた。

幸い今日は部活もないんだし、さっさと帰って切り替えよう。

「今度は忘れんなよ。」
「大丈夫だよー。」

そう言って、明日の時間割を確認している。

「でね、瀬見くん。」

全てをしまい終えた桃谷が、こちらに向き直って名前を呼んだ。

「お、おう。」

普段はあまり長話はしない。
おはよう、と、ばいばい、くらいだ。

「ちょっと、動かないでそのままでいてくれる?」
「は?・・・わかった。」

少し首を傾げて聞かれて、つい向き直してしまう。だが、桃谷はそれだけ告げて、何も言わなくなった。

「・・・桃谷?」
「もうちょっと待ってて?」
「・・・おう。」

その間、桃谷はせわしなく鞄に物をしまっている。

自分はといえば、必要なものはしまったので、やることもなく、椅子に座ったまま。

それから数分が過ぎた頃、桃谷は「もう平気かなぁ?」と呟いて、こちらに向き直した。
そして立ち上がる。

「もういいか?」
「待って。」

このまま俺を放置する気か、忘れているのか声をかければ、まだだと言われてしまう。
相変わらず最初と同じ体勢で、桃谷に向き直している。

「桃谷、どうし」
「失礼します。」
「は」

依然として見下ろしてくる桃谷にもう一度呼びかければ、奴はこちらに軽く頭を下げ、頭に手を伸ばしてきた。

「・・・ふわふわだ。」
「・・・な、なんだよ。」

髪を両手で触りはじめる。最初は乗せるだけだったのを、軽く撫ではじめる。

「ふわふわなのに、さらさらしてる。」
「・・・なに、してんだよ。」

軽くあたる指が、妙にくすぐったい。
やってる本人は「ふふふ」と嬉しそうに笑っているみたいだ。

「桃谷。」
「瀬見くんの髪の毛、ふわふわだね。」
「桃谷!」

構わずに撫でまくる両手を掴む。

「髪、触りたかったのか。」

過剰なスキンシップはやめていただきたい。
照れる。にやける。

「・・・ごめん。嫌だったよね。」

桃谷は悲しそうに言って、椅子に座った。ふと教室に目をやれば、残っているのは俺たち2人だけみたいだった。

「・・・嫌じゃねえけど。他のやつだったら勘違いされるぞ。」
「勘違い・・・?」

桃谷の腕を離してから、高鳴る心臓を落ち着かせるように、ゆっくり言う。

「気があるって・・・思われんぞ。」

実際。ドキッとしたし。

「・・・それは、好きなのかな、って思われるってこと?」
「そ。」
「・・・瀬見くんも?」
「・・・へ?」

桃谷はいたって真剣に聞いてきた。
それはもちろん、YESだろう。
普通頭触ったりしないだろ。しかも長かった。
肩を叩くくらいならわかるが。
俺と、桃谷、なんて、そんなにしゃべらないじゃないか。・・・いや、喋っても、友達とかじゃなく、クラスメイト、的な位置だろう。

それを、嬉しそうに髪の毛触られてみろ。
もしかして、とかあんだろ。

「・・・俺だったから。よかったものの。」
「狼さんにはならないの?」
「は?」

なんとか話を誤魔化そうとしても、桃谷から折れるつもりはないらしい。

「それとも瀬見くんは頭撫でられるの慣れてるの?」
「・・・撫でられる機会なんてなくねーか?」
「私はどきっとするよ。」

そう言って、桃谷は頭を下げた。
それは、異性に頭を撫でられたら、ってことでいいのだろうか。

「瀬見くんは、どうすればどきっとする?」
「は?」
「例えば、手を繋ぐ、とか?」
「ちょっ?!」

素早く俺の手を握る。
なにをしてるんだ、こいつは。
咄嗟すぎて、逃げられなかった。

小さい手が、俺の手を掴む。

「例えば、ほっぺに触るとか。」
「はあ?!」

今度は両頬に手を当てる。
近い距離で見つめてくる。

からかっているのだろうか。

「例えば・・・。」
「桃谷。」
「・・・例えば。」

そう言って、赤くなった顔で見上げてくる。
正直それでもう十分なのに、他に方法はないかと、困った顔をしている。

「・・・俺を、ドキッとさせて・・・どうするだよ。」

落ち着け。こいつは超級のド天然だ。
何か誰かに吹き込まれたんだろう。
勘違いをするな、俺。

桃谷は見上げていた目を下に伏せる。伏せられたまつ毛がかすかに震えている、気さえする。

「それは・・・」

ポツリと桃谷が呟く。頬から伝う熱が、やけに熱い。

「・・・・・から。」
「え?」

自分の心臓が高鳴っているのがわかる。
この後の言葉に、期待してしまう。
だめだ。
違う。

そうは思っていても、
触れた手を離せない。

「・・・私、志村さんとか、町田さんみたいにはなれない。」

志村も町田も、よく喋る女子だ。
運動部つながりで、気が合う。

「・・・志村も、町田も関係なくね?」

頬に触れる手をゆっくりはがす。

「・・・好き、だ、なんて、言えないよ。」

剥がされた手を、下に置いて、桃谷は呟いた。

「・・・桃谷。」

高鳴った心臓が。
掴まれた感覚。

名前を呼べば、潤んだ瞳で見上げてくる。

今度はこちらが頬に触れる。

「それ・・・告白してるようなもんだろ。」
「・・・志村さんたちの時みたいに、はいはい、ってあしらって・・・いいよ。」

傷ついた顔で、無理に笑って言った。
つまりそれってさ。
期待していいってことなのか?

未だ泣きそうな顔を、近づける。

口に当たるのは柔らかい感触。

すぐに離せば、大きく見開かれた目がそこにあった。

顔に熱が集中する感じ。

「・・・あしらえるわけねーじゃん。」
「・・・え」

数秒ののちに、みるみる赤くなる顔。
改めて、愛しい、と。

「わからないわけ・・・ないよな。」

まだ赤くなりつつある顔に
もう一度口づけを落とした。






恋しときめけ少年少女
(・・・黙られると・・・困んだけど)(・・・えへへ)







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