「・・・あー。悪いけど。今誰かと付き合うつもりとかないから。」
夏の匂いを少し残しつつ、景色が黄色くなり始める頃。部活も引退し、進路に少し焦る頃。
正直誰とも関わりたくない時期。
そういう時に限って、人は寄ってくる。
名前すらわからない男子生徒は、ちっ、と舌打ちをして、背を向けた。
「・・・こっちが舌打ちしたいっての。」
最近多い。不自然なほどだ。
何がすごいって全員三年生だって事。
ちょっと騒がしい系って事。
「口悪いねぇ桃谷。」
「は?」
そう言って扉から出てきたのは、同じクラスの黒尾鉄朗。同じバレー部同士、よく話はする。
少し面白そうな顔が、腹立つ。
「なににやにやしてんのよ。」
「いや?不機嫌だなぁって。」
「そりゃそうでしょ。振られたくらいで舌打ちって意味不明。」
会話もした事ないくせに、なんで好きとか、告白とかできるんだか。自分が募るに募らせた想いが、必ずしも向こうも同じ、な訳あるか。まずは接点作る、とかないのか。
「バレー馬鹿のお前が引退して、今熱中するもんがないから、誰が桃谷を落とせるかってゲーム。」
「は?」
「してるらしいぜ飯島たち。」
バレー馬鹿?熱中するもんがない?誰が落とせるか?なに言ってんだ?こいつ。
「え?馬鹿なの?」
「その言い方俺が馬鹿みたいじゃねーか。」
ちょっと意味がわからない。
確かに引退はした。でもバレーを辞めるつもりはないし、熱中ではないが進路でいっぱいいっぱいだ。
それを?誰が落とせるか?
「落としてどうすんのよ。」
「さぁ?落としてポイ、じゃね?」
「うぜえ。」
「口わりーぞ。」
「知るか。」
何?男子ってそんなくだらない遊びしてるわけ?そういうの、いろんな女子にやってるわけ?
「安心しろよ、今の所桃谷だけみたいだし。」
「安心の意味わかって使ってる?」
「だってお前、他の女子にもやってんのかよ、って顔してるから。」
「それは分析どうも。」
他の奴らは進路とかどうでもいいのか。これからの自分のことだぞ。
大学だけじゃない。更に先のこともだぞ。
やりたいことないのかよ。
「お前イラつきすぎて、本気で好きなやつとかが告白しに来ても罵声吐くなよ。」
「そんなやついないでしょ。」
そんなくだらない遊びに便乗してくるやつなど、信用できるものか。
それが、話したことあるやつなら、言葉を選んでお断りするが。
「じゃあどんな奴がいいわけ?」
「は?誰とも付き合うつもりないから。」
「いーから。」
黒尾のやつ、やけに引っ張ってくる。
こんなくだらない内容に付き合わなくていいのに。
「・・・冷静で。寛容な人。」
「ほうほう。」
「あとはちょっと頼もしい・・・とか?」
「へえー。」
何かを考えながら黒尾は相槌を打つ。
「って何冷静に考えてるのよ。」
「いや・・・それってさぁ。」
「はい。」
「俺・・・じゃねえか。」
どこか納得したような顔で奴は告げた。
・・・は?
「・・・は?」
心の声と同じことを言ってしまった。何言ってんだこいつ。ちょっと。いや、だいぶ意味がわからないぞ。
「見た目通り冷静だろ?」
「いや、全然。」
「毎回研磨を迎えに行ってる寛容さ。」
「孤爪君迷惑してるだろうね。」
「主将だけあって頼もしい!」
「どちらかっていうと他の三年の方が頼もしいじゃない。」
人の話を聞いてないのか、黒尾は「そうかそうか」と繰り返し頷いている。話を聞かない時点で頼もしくない。冷静でもない。
「なんだよ。じゃあ夜久か?」
「え?夜久君?」
確かに彼は頼もしい。
けれどもだ。
「夜久はねぇだろーよ。背、低いし?意外と短気だし。そもそもおたくの部長と付き合ってるし」
「あんたが言ったんでしょ。」
「そりゃそうだ。じゃあ海?」
「海君?・・・あー。」
確かに冷静だし、優しい。
「ってちょっと待ってよ。なんで正解探しみたいなことしてるわけ?しかもバレー部から見つけようとしてるでしょ。」
「あ、でも海は無しな?ナシナシ。確かにあいつ今フリーだけど無理。勝てる気しない。しかも悟りすぎ大人すぎ。」
「何の対抗意識よ。別にそんなんじゃないし、副主将同士だけどクラスも違うからあんまり話さないし、そもそも海君にも選ぶ権利が」
「じゃあ俺でいいじゃん。」
「それは無い。」
やけに食いつくな、本当にこいつは。
海君がフリーみたいに私も今付き合うとか、考えてないから。
「あのさ、ちょっとは考えろよ?」
「いや、あんたこそ考えなさいよ。今、誰とも、付き合う気はない、って何回も言ってるでしょ?」
馬鹿なの?一個前の会話忘れちゃうの?
「冷静、寛容、頼もしい。もう欠点ねーじゃん。」
「幼稚、厨二、うざい。欠点しかないでしょ。」
「わかってねーなー。後悔すんぞ。」
「お前どこのナルシストだよ、これ以上濃いキャラ付けしてどうすんの。」
「じゃあ言い方変える。」
そう言って黒尾は屋上の扉を閉める。
そのまま扉に寄っ掛かり、こちらを見てくる。
「俺がやなの。」
「何が?」
「お前がいろんな奴に告られてるの。やなわけ。」
「何で。」
何でって、と黒尾は頭を掻いた。
いつも思うけどその寝癖すごいよね。
普通つかない。
「いろんな奴にぽんぽん告られて、めんどくなって最後了承したら俺が嫌なわけ。」
「どんなに言い寄られてもおっけーしないから。」
「じゃあ海は?」
「は?あんたがないって言ったんでしょ。」
「わかんねーだろ、本気で好きだったら伝わってくるもんじゃねえの?で、海君だったら、優しいし、頼もしいし、大事にしてくれるって。」
やけに力説してくる黒尾に、少しだけ考えてみる。飯島といえば、サッカー部の主将。
顔はいいくせに、チャラい。
女子人気は言わずもがな、男子の友達もたくさんいる。バスケ部と野球部もだ。
あのチャラ男が言い出したんだ。
多分まだ無駄に告白してくる奴が居るだろう。そうした場合、穏便にお断りできるだろうか。
飯島本体ストレートで殴りそうだ。そしたらケバい女子軍団に呼び出される。非常に面倒くさい。
ここで一旦、誰かと付き合ってしまえば。しかも飯島とあまり接点のない奴。すぐに飽きてやめてくれるだろう。受験もスムーズ、残りの高校生活も安心。
「・・・まぁ、海君なら。」
「それだよ、それ。ダメなわけ。」
「だから本当何なの?あんたが言ってくるからでしょ?」
そう答えれば、なぜか睨まれた。
「じゃあそれが俺だった場合、どうするよ。」
「どうするもこうするもお断りするけど。」
「本気で好きでもか?」
「あのさ・・・私で暇をつぶしてるんならやめてくれない?」
「こんな長話して暇つぶしなんかするかよ。」
再度黒尾は頭を掻いたあと、こちらに歩き出した。
「バレー部繋がりで三年間一緒、クラスも一緒。グループでだけど遊んだことあんだし、知らねー奴じゃねえだろ。」
「でもあんたもお断り。」
「海じゃお前は扱いきれねえよ。」
「は?!そんなの百も承知だけどあんたに言われると腹立たしさ倍増なんだけど!」
さっきから喧嘩を売ってくるこの男を今度は私が睨みつける。
「ホントさっきから何なの?!私のことバカにしてるの?!いい加減にしてよ!」
「お前に釣り合うのは俺しかいないつってるわけ。」
「はぁ?!馬鹿馬鹿しい。帰る。」
絶対に楽しんでやがる。私が進路で悩んでること、知ってるくせに。より困らせて楽しんでやがる。
再度黒尾を睨みつけ、奴の横を通る。
「っうわ、」
けれどそれは叶わず、何かに包まれる感覚がする。
「・・・ちょっと」
「そんなに俺って頼りないわけ?」
発言者の顔は前になく、温かいものが身体を覆う。耳元には自分のものじゃない息遣い。
「・・・離してよ。」
胸を力強く押して抵抗すれば、奴は腕を腰に絡めてくる。
「こうしても聞こえないっての?」
「は?」
「めちゃくちゃ緊張してんだけど。」
「・・・意味わかんない。」
耳元で、低い声で奴は言う。
「こうやって囁けば意識すんのか?」
「は?」
「俺でいいじゃん。」
再度囁く。瞬間背筋が震える。
身をよじれば更に力を強められる。
「俺にしろよ。」
「・・・離して。」
「ここまでして、悪ふざけとは思わねーよな?」
「・・・」
それは・・・本気?
本気だから・・・
「わりーけど、俺、真面目だから。」
「なに、それ。」
「黒尾と付き合ってるってなれば、まず飯島たち寄ってこねーよ。」
「は?」
「一発かましといたから。」
黒尾はそう言って、やっと解放してくれた。
そこにはいつもの胡散臭い顔は無い。
「好きな奴で遊ばれてたまるかっての。」
「・・・なに、それ。」
今なら歩き出せるのに、足が進まない。
なにも言わなくなった私に、黒尾も目線だけをこちらに向けてきた。
何も言われていないのに、妙に心臓が高鳴っている。
こんな奴だったっけ?
「桃谷。」
再び呼ばれた名前に、顔を伏せる。
こういうの、何て言ったっけ?
・・・何だっていい。
おかしな話。
多分、
私、
こいつに落ちるのかもしれない。
こんにちはニューゲーム