「最悪」
どうして不運ってものは続くのだろうか。
委員会に遅れて目をつけられ、課題を忘れて怒られて、階段で転けて捻挫し、おまけに体育倉庫の鍵を閉められた。
2人いたんだぞ、今。何故気付かない?
ドアを閉めてたこちらも悪いが、普通は確認しないのか?
しかも今回は午後に体育がどこもないからって、部活まで鍵かけるとかどんだけ大事なもんあるんだよって感じ。
しかもよりによって岩泉かよ。
「・・・だめだな、びくともしねえ。」
岩泉本体に害はないのだが、つい先日仲良しの及川を振ったばかりなのだ。気まずい。
「最悪」
また同じ言葉をつい吐く。
岩泉はちらりと見ただけで何も言ってはこなかった。
丁度いい高さに積まれたマットに彼は腰掛ける。
「次って数学だよな?」
「そう。山河無断欠席うるさいんだよね。まあ課題忘れたからある意味ラッキーだっけど。」
「ていうか桃谷足は大丈夫なのかよ」
岩泉は私の右足に目をやる。
大丈夫なわけあるか。試合前の大事な時だったんだ。
今回の大会は不参加。ベンチ。
まあもともと最近不調で外されてたから、別にいいけど。
「いいよ。べつに今回は補欠だろうし。」
最後の大会だったのだが、有力な一年が優秀な成績を残している。私なんか不要だ。
「災難だったな。捻挫してるのに片付け任されるとか。」
「ほんと人使い荒すぎ。」
このまま部活まで本当に誰も来ないのなら、ご飯も無しだ。
ご飯といえば今日はまだ買っていない。
「最悪」
「それ3回目だぞ」
岩泉は吹き出しながら言う。お前は焦らないのか?三時間はこのままになるかもしれないのに。
「岩泉は呑気だね。」
「まぁ・・・なっちまったもんはしょーがねーべ。」
「・・・はぁ。」
なんとも危機感のないこの男に、深いため息をついてから、寝そべる。
「具合悪いのか?」
「いや、寝る。」
「そこ硬くて眠れないだろ。」
「時間つぶしにはもってこいでしょ」
何より話をする内容も特にはない。
話さないわけじゃけど、沈黙が苦じゃない仲でもない。
「まあ確かに寝たほうがはえーか。」
そう言って岩泉はこちらに歩み寄る。
多分こっちのが広いから。
「なんつーか。」
「うん。」
「密室で2人きりってのは。やべぇよな。」
「うん?」
目の前で足を止めて、奴は私を見下ろした。
迫力なんてレベルではない。踏み潰されそう。
「桃谷ってさ。」
「はいはい」
「制服と体操着でだいぶ印象かわるよな。」
「岩泉はまんま変わんないよね。」
さらりと流して目を瞑る。
あ、結構眠くなるね。
でも頭痛いから、腕を枕代わりにして横向けになる。
「一匹狼ぽいとこがいいんだとよ。」
「なにが?」
相変わらず隣に来る気配は感じられないから、まだ立っているのだろう。
ここ少し日が差すから暖かい。
「自分に興味ないだろうな、って相手を落とすのが楽しいんだと。」
「なにそれ」
「クソ野郎だよな、及川。」
「は?」
今になって及川の話をしてきた。
つい目を開けて、彼の方を見ようと思った。けれど目の前には何故か自分の手じゃないものがある。
「・・・なに、」
「こういうの・・・なんつーんだっけか?」
「・・・床ドン?」
・・・床じゃないけど。
この手の位置からすると、顔の距離は大体そんくらい。
目を向けることなく腕だけを見つめる。
スポーツマンらしいガッチリした腕と、自分が置かれている状況に背筋が凍る。
「・・・なにふざけたことしてるの?」
「及川じゃねぇからふざけたことはしない。」
「じゃあなに?」
密室。
2人きり。
ドキドキと鼓動が速まる。
「誰彼構わずこんなことはしねえ。」
「・・・じゃあどういうことなの。」
「これくらいされてわかんねーことねーべ。」
耳元で囁く声になお鼓動が速まる。
「・・・意味わかんない」
「ここまできてわかんないはねえよ。」
「そろそろ離れてよ。」
「好きなんだけど。」
「・・・はい?」
さすがに顔に目をやれば、真剣な表情だった。
距離に、顔つきに、目が離せなくなる。
「一匹狼じゃねーのにな。」
「は?」
「ただ口がちょっと悪いだけで」
「そりゃどうも。」
「でもめちゃくちゃ頑張り屋」
言葉1つ1つに鼓動が高鳴る。
口が動くたびに目が離せなくなる。
「・・・どいてよ。」
「はいって言うまでどかね。」
「は?!」
「付き合ってくれ。」
「は?」
「好きなんだけど。」
それはさっきも聞いた。
聞いたのに、目が離せない。
「・・・岩い」
「桃谷」
「・・・」
「顔あけーくせに。」
迂闊にもその顔が、いい、なんて。
「付き合ってくれ。」
耳元で囁いた。
「っ最悪」
これで4度目だ。