「あれ・・・浩輔?」
「鈴音姉ちゃん?」
それはなんともない休日の出来事だった。
長く続けた部活も先日引退し、大学も決まった今、やることもなくふらふら街を歩いていたら、懐かしい顔を見かけ、つい声をかけてしまった。
鈴音姉ちゃん?と何年かぶりに聞く呼び方に、どこか恥ずかしさみたいなものがこみ上げる。
「鈴音姉ちゃん久しぶり!」
最後に会ったのが、中学の卒業式だったから、かれこれ2年は経っている。時の流れは早いなぁ、なんて、私が思うのもなんだけど。
「浩輔大きくなった!」
「鈴音姉ちゃん超えたね!」
中学の時は私より少し小さいくらいだったのが、少し見上げる位になった。
とは言っても男子の平均にはまだまだ足りていないが、彼は満足そうな顔をしている。
「浩輔もう高校生?」
「そう!伊達工業!鈴音姉ちゃんは今三年だよね?!」
動物に例えるなら犬だろう。犬耳と尻尾が生えてれば激しく動いているに違いない。想像できるくらいに浩輔は嬉しそうに話しかけてきた。
「そう。青葉城西。青城。」
「あ!このあいだ試合で戦った!」
負けちゃったけどね、と浩輔は残念そうに言った。試合って事は、高校に上がってからもバレーやってるんだな。
「まだバレーやってるんだねー。すごいねー、浩輔。」
「・・・すぐ頭撫でるよね、鈴音姉ちゃん。」
「あ、ごめんごめん。」
お気に召さなかったのか、眉がハの字になっていたけど、可愛いと思ってしまった。ごめん。
「ところでさー、浩輔。彼女とかは出来た?」
「え!で、出来てないよ!いないよ!そんなの!」
彼女、と言う単語に反応したのか、耳まで赤くして首を振って否定している。浩輔は自分では気づいていないが中々の年上キラーだから、もうすでに歳上の美女を捕まえてると思ったのだけど。
いたらいたで嫌だけどね。
「耳まで真っ赤だねー。」
「変なこと聞くからだよ!」
「あははー。」
「笑い事じゃないよ!もう!」
中学の時はもっと見えない壁を感じたけれど、今日はとても話しやすい。あの時の中学一年生だった浩輔とは違うもんね。
自分が学んだのと同時に、彼もいろいろ成長してきたんだな。
「そ、それを言うなら、鈴音姉ちゃんこそ・・・」
「えー?ないない。モテ期すらこないよ。」
青城ってば女子レベル高いんだよ。まつげヴァッサア、の髪フッワァ、って、みんなベルサイユかよ。多分バレー部のモテ組の奴ら狙いなんだろうな。他にイケメンならサッカーとテニスにもいるけど、なんか高校生のくせに無駄に背伸びしまくるのね。
結果彼女らは可愛いのだけど。
「嘘だ!絶対モテるよ鈴音姉ちゃん!」
「ないってー。私こう見えて硬派なんだから。」
「男好きだったら僕泣いちゃうかも。」
「一途だよ、好きな人ができたら。」
他愛のない談笑を繰り返す。浩輔はそっか、と小さく呟いた。
「今はいないの?好きな人。」
「いないねー。募集中?とか言っとこうかなー。」
「うわー、硬派って何だろう。」
「言うよねー。浩輔。」
彼氏募集中ですぅはーと。とかちょっと言ってみたいよね。そしたらイケメンが、「俺なんてどうだい?子猫ちゃん。」とか言ってやってくるの。
実際は「え、彼氏募集中なの?いるかなあー?俺とはバランス悪いもんねー。え?月とスッポンとか言ってないよー。言ってない言ってない。ただ、ごめんねとしか言えないなー。ごめんね。」とか告ってもないのに一方的に及川に言われたので腹パンしたけどね。
馴れ馴れしいんだよあいつ。
「まだ締め切りしてない?」
「え?何が。」
「彼氏募集中。」
何を考え込んでいるのかな、とか思ったら、そのことか。も、もしかして浩輔・・・!
「先輩紹介してくれるの?!ゴリマッチョはイヤよ!」
「しないよ!鎌先さんはそんなんじゃないよ!」
なんだ。紹介してくれないのか。
紹介されても困るけど。
「僕!」
「うん。」
「僕立候する!」
「うん。・・・うん?」
何故か元気に挙手をして浩輔は言った。そこ、挙手しなくてもいいから。
そもそもに、じゃあ俺が鬼やる!みたいな軽いノリで手をあげられても。
「何に、立候補?」
「だから、鈴音姉ちゃんの彼氏。」
「は・・・え?」
「幸せにするから!」
おかしいな。軽く世間話をしていたはずなんだけど。さっきのわんこらしさは何処へやら。力強く浩輔が言う。
「からかってるでしょ、浩輔。」
「僕、本気だよ。鈴音姉ちゃん。」
なんだ、こういう凛々しい顔も出来るんだ。・・・って違う!
彼の顔からして、冗談では無い、・・・と思う。恋人募集中・・・の、立、候、補・・・?
「・・・えーと。」
「お付き合いを前提にデートしてください。」
「浩輔?」
「鈴音姉ちゃん。」
「はい?」
数分前までウブな反応をしていたはずなのに、まるで別人のように力強い眼差しだったら。
まっすぐ見つめるその目に吸い込まれそう。
例えがダサいかもしれないが、目が合ったまま反らせない。
「鈴音!」
「は、はい。」
この間までは撫でて可愛がっていたのに、今日はまるで違う。ただ名前で呼ばれただけなのに、ドキッと心臓が高鳴る。
いやいや、弟。弟じゃないか。弟みたいに可愛がってたし、浩輔みたいな弟が欲しかったし。
「あの時と違うんだよ、僕。わさびだって食べられるし。」
「わさび・・・」
「柿ピー大好き!」
「そ、そう・・・?」
私わさびと同レベル・・・。
柿ピーって・・・。
「でも鈴音姉ちゃんはもっと好き!」
「え?!」
「僕一途だよ?」
「こうす、」
ー鈴音。
繰り返し呼ばれる名前に、思考が追いつかない。
高校生ってこんなに大胆になるっけ?ましてや相手は浩輔だ。
「浩輔変な先輩とつるんでおかしくなったんでしょ!」
「なってないよ!ずっと好きだったもん!」
「年上をからかわないの!」
ちょっと声を張ったのは照れ隠し。あと自惚れるなと自分に喝。
「さっきも言ったけど、あの時とは違うし。」
「そうかなー?」
「そうだよ。なんだったら男らしいとこ見せる?」
じりじりと押し寄せる浩輔に、一歩二歩と後ろて下がる。
「逃げちゃダメだよ。」
掴まれる手に高鳴る鼓動。
「鈴音姉ちゃんもしかして僕のこと嫌い・・・なの?」
「き、嫌いじゃ無いけど。」
ゆっくりと手を離そうと動かしたけど、びくともしない。
「ね!力強くなったでしょ!僕リベロだから、強いスパイク頑張って拾ってるんだよ!」
「そうだね。」
「これでゴリマッチョになれるよ!」
「それはいや!」
その顔の下がボディービルダー並みとかホラーだから!
「へへへ!」
「・・・楽しそうだねぇ浩輔。」
コロコロと話しが変わるしずれるなぁ。
「でね、鈴音姉ちゃん。」
「うん」
「鈴音姉ちゃんより、僕の方が幸せになっちゃうね!」
ゆるふわ系女子かよ!
ニコニコ笑う浩輔に、空いてる左手で頭を撫でた。
再度彼から立候補が来るのはまた別の話。
下克上わんこ(・・・むしろ浩輔が嫁においで)(やだ!僕が彼氏やる!)