今日の部活が終わった。
相変わらずハードで、疲れたけれどもすごく充実した。
及川さんが少し遅れてきてたけど、3年生は忙しいんだな、って思った以外は特に何も問題なし。
ちょっとレシーブ練が物足りないが、今日は先輩方がまだ使うみたいだ。
昨日買っておいた小説を読もう。

「・・・あれ?」

水筒を戻していたら、プリントを机の中に忘れていたことに気づいた。こういううっかりはたまにしてしまう。
まだ下校のアナウンスかかっていないし、早々に回収に行こう。
矢巾に先に帰って、と一声かけて、少し遠いけど2-6の教室へ向かった。


校舎へと向かう生徒たちをかき分け、「じゃーなー。」と友人たちに手を振る。
廊下ではたくさんすれ違うけれど、不思議と教室には誰1人いないんだよな。
ちょっと寂しいよな、なんて可笑しくなって笑みが出たけど、今日は違った。


「あれ?桃谷さん。」
「・・・渡くん。」

隣の席の桃谷さん。
つい呼んでしまったけれど、彼女は小さい声で返事をかえしてくれた。

「珍しいね、こんな時間まで。勉強?」

桃谷さんは帰宅部だから、いつもならとっくに帰っている。図書室でよく勉強しているのは知っているけど、教室で見たのは初めてだ。
それにしては中々いい時間だけど、そこまで熱中したのだろうか。
下校時間になっている、ということ。
誰とも待ちわせしていないのなら、一緒に帰れないだろうか。

「・・・うん。まあね。渡くんは部活終わったの?」
「・・・そうだね。」


いや、違う。勉強じゃない。
その顔は、勉強した顔じゃないよね。
聞いていいものだろうか・・・。

「・・・何かあったの?」

どうもみっともない声が出てしまった。
桃谷さんは桃谷さんで、笑っていたけど、それは泣きそうな顔だよ?

聞いちゃダメだったのかもしれない。

聞きたくない言葉だろう、彼女が言うのは。


「・・・あのね、」

それでもなんとか笑顔で桃谷さんは言う。

「うん。」

返事しかできなかった。
嫌な予感がする。まさか。まさか、

「振られ・・・ちゃって・・・」

ずきり、
音で言うならこれだ。
いや、勘違いしてた自分が悪い。
試合に誘えば、来てくれた。試合が終わったら喋って帰るし、いつもそうだし。
そうであって欲しかったけど、俺なんか目にも入ってなかったのか。


「そう・・・なんだ。」

振られるってこういうこと?桃谷さんもこういう気分になってるのかな。そんなこと、・・・違うか。

「わかってはいたんだけど、」

冷静に、ゆっくり告げる。
途中途中で鼻をすする音がする。
泣かないでよ。

「会話・・・したこともなかったのに、」

それ以上、何も言わないで。

「・・・初めまして、の状態なのにね、好きです、なんて、」

一目惚れ、的なやつなの?そこから気持ちが募ったの?

「きっと迷惑だったよね、部活前に、貴重な時間なのに、」
「そんなこと、」
「多分これ、好きとか、好意とかじゃなくて、さ。」



部活前に、
及川さんが遅れてきた、
初めて、好き、


一目惚れ、

「憧れ・・・だよ、憧れっ」

ああ、そうか。
及川さんか。
あの人には勝てないよ、勝てやしない。まずそもそも次元が違うし。

舞い上がってしまっていた。俺が誘ったら見に来てくれたんだし、次の試合とかも聞かれた。それに俺以外に知り合いいないみたいだったし、これもしかして、まさかって。

「そんな顔、しないで、桃谷さん。」

今確実に説得力ない。
痛い。・・・痛い。

「・・・へへ、」
「俺が言ってもムカつくかもしれないけど、・・・きっともっと・・・」

もっと、ってなんだ・・・?もっといい人がいるよ?

「・・・渡くんみたいな人、が良かったなぁ、」
「え・・・」
「渡くん、みたいな人と、付き合いたいな。」

そんなこと、言わないでよ。
その気にしてしまう。
泣かないでって、なんとか泣き止ませることは出来ないのか。

「お・・・おれ・・・」


俺で、よければ、


俺で、よければ、

「おれ、」
「ごめんね、引き止めちゃって。」
「いや、」


俺が、
俺が、及川さんだったら。

君と同じ気持ちなんだ、とか答えられたのに。
そもそも、及川さんみたいだったら、
自覚したその時に、一言、伝えるのに。

好きです、と。

ああ、煩いアナウンスだな。


「・・・桃谷さ、」
「帰ろっか、」


俺でよければ

なんて言えるわけがない。

ハンカチも渡せない、優しい声もかけられない。
「うん」、としか、言葉が出ない。


ヒーローにはなれなかった






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