「いただきますっ!」
「おー!食え食え!」
夏休みも終わり、新学期。隣の席のその男は、この間のお礼に、とメロンパンをくれた。どうやら彼の大好物らしい。
もっととんかつ、とか、ラーメン、焼肉!みたいな肉食がつがつ夜露死苦!みたいなタイプかと思ったけど、なかなか可愛いスイーツ系男子だ。
「メロンパンひさびさー。ありがとう田中くん。」
「いいっていいって!なんせ桃谷が勉強教えてくれたお陰で、赤点免れて合宿行けたんだしよ!」
もっと食え!と田中くんはもう一個メロンパンをくれた。…何個持ってるんだ?
ありがとう!とまた告げて、メロンパンを頬張る。外はサクサクなのに中はふわふわしてて、それに甘すぎない感じ。うん。何個でもいける。
「縁下君とかにも教えてもらったんでしょ?進学組の方がためになったんじゃない?」
「いや!桃谷の方が優しい。」
「そんなことないよー。」
今日は購買に行く手間も省けたし、いつも食べてる友達は休みで、田中くんと中庭でご飯を食べている。残暑、と言うべか、少しまだ暑い。
「ちょっと飲み物、」
「持ってねえのか。飲むか?」
そう言って渡されたのは半分くらい減ったポカリ。なんだそこまで優しいのか。
「…わりぃ!飲みかけは嫌だよな!」
ただ見つめていただけなんだけど、田中くんは慌ててそれを奪った。
「大丈夫だよー、一口もらっていい?」
「…お、おう。」
ちょっとなにも飲まずだから口がパサパサしてきちゃってさ。水分が奪われそうだ。
彼の手の中にあるポカリを奪い取って、一口いただいた。
私はお茶派だから、スポーツドリンク新鮮!
でもパンといえば紅茶じゃない?
偏見かしら。
「でさ、田中くん。」
「ん?」
夏休みは一ヶ月ほどあったのだ。変化の一つや二つくらいあるだろう。
そう、聞きたいのだ、私は。
「彼女の方はできました?」
小指を立ててニヤリ顔をしてみせる。
言われた本人の顔は無表情。
「…あれ?」
「…お前。それは嫌がらせか?」
「え?なんで?」
バレー部は次期エース。
男らしい性格。それになんたって坊主。
「こんなに触り心地いいのに。」
「…撫でるなよ。」
ほら、前振りもなく頭を撫でても怒らない寛容さ。素敵な筋肉。
「うぇーい!」
「…桃谷。」
「田中くんうぇーい!」
「…う、うぇーい」
困った顔してるけど気にしない。
だって結局やってくれるから。
多分引いてるだろうけど、気にしない!
「そっかぁ!いないのかぁ!うぇーい!」
「うぇーいじゃねえよ…。」
こんなに素敵なのに、勿体無い。実に勿体無い。このノリだし、言ってしまおう。
「こんなに素敵なのに、彼女がいないなんて勿体無いよね。」
「思ってもないこと言うなよ。」
田中くんはそう言ってため息をする。
以前一年生の女子に怯えられたこと、あと女子に中々の好かれていないこと、気にしているみたいだ。
私は全然平気なのに。
「そんな事ないよ。かっこいいのに。」
そう答えれば、頬を掻いてそっぽを向いてしまった。性格の割には照れやすいんだよね。
「…じゃあ。」
「うん?」
「…か、彼女に…なってくれよ。」
やけに弱々しい声で、言った。
もう。
いつものあの堂々とした感じは?これじゃあ龍、っていうよりタツノオトシゴだよ。タツノオトシゴノ介だよ。
田中タツノオトシゴノ介。
「いいよ。」
答えて数秒。彼は黙った。
「…ばか言ってんじゃねえよ。」
「え?」
それだけ言って彼は立ち上がる。
いや、待って?本当だよ?
「田中くん?」
「わざわざ合わせてくんなくていいよ。」
背中を向けているけれど、耳が赤い。
信じてくれてないのかな。
「…好きなの。」
「へ?」
ちゃんと聞いて。私あなただから一緒にご飯食べたんだよ。勉強もあなただから教えた。
「田中くんが好きなの。ずっと。」
こうやって、流さないで。
「…もうチャイムなるぞ。戻るぞ。」
「え」
それでも田中くんは歩き出してしまった。
ああ。本気にされてないのか。
からかってると思ってるのかな。
「…期待するから」
「…え?」
「その言葉。間に受けてもいいんだな?!」
珍しく赤くなった顔で、中々大きな声で彼は言う。その不器用な感じ…
「ぜひお願いしますっ!」
やっぱり好きだな。
照れ顔の彼に構わず右手を掴んだ。緊張してるその手を。
「メロンパンまだある?」
「じゃあ帰りに買ってくか。」