仕事、はじまる。
跡部は監督と話してから向かう、と言っていたので、幸村が3人を連れていた。不意に幸村が足を止める。
「・・・本まで持っていたって事は、この世界が好きなのかい?」
幸村が笑顔で聞く。この人は不信がっていないのだろうか。警戒しないのか?
「ま・・・まぁ。」
ことりが短く返す。すると幸村はふふ、と笑う。
「別の世界の人間か・・・面白いよね。」
あ、これは失礼だよね、ごめん。と続ける。心なしか、彼は嬉しそうに見える。
「あ・・・あのさ!ショックじゃないの?!」
耐えられずに乃亜が言う。すると幸村はまた笑う。
「関係ないんだよ、そんなの。俺らが信じなければ。こうやって触れば温もりだってある。」
そう言って乃亜に触れる。彼女はあからさまに身体を揺らしたが、気にしない。
「嘘か本当かは知らねぇが、てめぇらと俺達は共犯だ。」
遅ぇぞ、と跡部は付け足してから、4人と合流した。
「知っていると思うはが跡部景吾だ。」
「幸村精市。」
こっちは全くと言っていい程落ち着かないのに、この2人は冷静に自己紹介ときた。凄い奴らだな、と感心してから少女たちは口を開く。
「崋山ことり。」
「佐倉教子です、よろしくお願いします。」
「・・・荒波乃亜。」
こうして共犯者5人は握手を交わす。ふに落ちないが、跡部に睨まれて3人は何も言えなかった。
「この世界の人間じゃないと、言われてもな。」
「はは、手塚はあの時の光景を見てないからな。」
相当登場の仕方が凄かったのか、あまり文句を言う者は少なかった。ただピリピリとした視線は感じるが。恐怖よりも好奇心の方が強い、というのは、さすが中学生といったところだろう。
「お前らの世界ってどんなんなんだ?!車とか空飛んでんのか?!」
「いんや!ロボットっしょ?!殆どロボットなんでしょ?!」
興味津々で聞いてくるのは向日と菊丸。2人は同じ動きをしている。
「いや、そんな高度な技術は無いよ。ここと・・・同じじゃないかな?」
そんな2人に圧倒されながらも答えたのは教子。早々にマネージャーの仕事表を確認し、彼女はドリンクを配っている最中である。ことりも乃亜も他のメンバーから仕事を教わっている。ちなみに彼女は忍足にだ。
「佐倉さん・・・やったっけ?次あそこの連中に頼むわ。立海大附属中。」
そう言って忍足は、黄色いジャージの軍団を指差す。
立海大と言えば、大大大大大好きな彼がいる。
にやける口元を必死に隠して教子は「わかりました。」と告げる。
「・・・動いてるなぁ。」
ことりはぼーと試合を見ていた。本当に、どうしてこうなったのだろうか。 何故、本当に実在しているのだろうか。まさか、榊の言うとおり、アタシらの世界では、偶然モデルになってるだけとか?
いやいや。それとも何かの原因・・・いや、アタシらのせいで・・・。いや、そもそもアタシらの世界だけが存在するわけじゃないし。違う次元があるわけだし。アタシらと幸村が共鳴しただけで・・・。
ああ!もう!とりあえず動いてる以上、こいつら人間だよ!
だって触れるし、暖かいし。
「な・・・なんですか?」
「あ、ごめん。」
横でボールを拾っている鳳の腕をつい触ってしまうことり。そう、彼女は今、ボール拾いをしている。と、言っても半分以上は鳳が拾っている。
「背・・・高いよね。」
「は・・・はぁ。ありがとうございます。」
鳳が困ったように言う。正直、怖いのだ。突然光の中から現れたこの人他たちが。何が何だかわからない。この人達も最初は青ざめていた。本人達だって動揺していると思う。一つ上の先輩でも、未成年。元の世界に戻るまでは、榊監督が面倒を見るらしい。一応義務教育も終わってないから、うちの氷帝に通う。監督の監視下に置くために、テニス部のマネージャーをやってもらうんだとか・・・。
この人達の事、何も知らないのに、今日から同じ部活で、マネージャーなんて。
跡部部長は「別に害は無い。」って言っていたけれど・・・怖いなぁ。改めて思ったけど、とりあえず今は球拾いに集中する事にした。
「・・あのですね。」
乃亜は洗濯物をたたみながら言った。
「ことりはチョタ。教子は忍足。・・・なのはわかるんですが。何であたしはゆっきぃと跡部のダブル部長なの?」
幾分落ち着いて来た乃亜だったが、これはいただけない。何故、ここで、部長2人は優雅に紅茶を飲んでいるのだろうか。何故、こうも似合っているのだろうか。そして、実際に見るとかっこいい、のレベルを超えてるよ。その顔狂気だよ。人殺せるよ。
乃亜は目を合わせないように下を向く。
「あの本を持っていたのはてめぇだ。口が滑らねぇよう見張ってんだよ。」
「最悪。」
跡部の発言に、聞こえない程度で愚痴を言う乃亜。確かにあたしが一番詳しいさ。でも、見張りとか、嫌な気分だ。
「乃亜・・・乃亜は誰が1番なの?」
跡部と乃亜の間に流れる空気に気づいていないのか、幸村が笑顔で答える。本当に彼は楽しそうだ。
話を変えるな、と言った跡部の言葉など入っていない。乃亜は嬉しそうに答える。
「仁王さんっ!!」
「・・・仁王?うちのとこの?」
「そう!もう超かっこいい!宇宙一!」
不思議そうに聞く幸村とは逆に、乃亜の目は輝いている。跡部はというと、何かを考えているようだった。
「仁王か・・・モテるもんね。」
「やっぱり?!そうだよね!」
「・・画像とか持ってるの?」
幸村はまるで年の離れた妹と話しているかのように優しい顔で言う。乃亜は制服のポケットから携帯を取り出す。そして何回か操作して、幸村に差し出す。青が好きなんだな、と幸村は思いながら「借りるね。」と受け取る。そして驚く。
「・・・わ。」
「見事に仁王ばっかりじゃねえか。」
2人が若干引いたのが分かった。慌ててフォローに入る。
「で、でもでも!ブン太も好きだよ!あと氷帝と立海!」
絶対気持ち悪いと思ってるよ!
と、心の中では思ったが、いくら仁王の話を幸村が乗ったとはいえ、携帯は見せるべきじゃ無かったな、と乃亜は反省した。
「・・・仁王が7割、丸井2割、氷帝立海の集合が1割ってところだね。」
幸村はそう言ってからも携帯を見ている。時々乃亜の方に視線を戻しては、携帯を見る。何度かその動作を繰り返し、彼は「ありがとう。」と乃亜に携帯を渡す。
「この携帯は俺が預かる。」
乃亜が受け取るよりも先に、跡部が携帯を奪う。
「「 ・・・え?」」
彼は今一度データフォルダを開き、携帯を凝視する。彼の行動に乃亜だけではなく、幸村までもが疑問符を浮かべた。
「・・・ファンブックとやらを持っていたのはてめぇだろ?つまりてめぇが1番知ってる。」
跡部はそう言って乃亜を見た。乃亜はあからさまに動揺する。
「おまけに幸村に好きなやつ聞かれて、躊躇わず答えた。違う世界の人間なら、本来俺達の事は知らないはずだ。すぐボロが出るぜ。」
跡部はそう言って、また携帯をあさっている。幸村は理解したみたいであぁ、と呟く。
「・・・確かに一番知ってるけど、」
「口が軽すぎんだよ。すぐにバレんだろうが。しかも仁王だ?あいつの洞察力なめんじゃねぇ。」
仁王雅治は侮れない。
あの詐欺師は一筋縄じゃいかない。
跡部は携帯をポケットにしまう。
「ついうっかり落として見られそうだしな。」
お前抜けてそうだし。
跡部に言われ、乃亜はうっ、と唸る。そんなヘマはしない!・・・多分。
「ま・・・まぁ、万が一何かあったら、今この時間に部員のデータ見せたって事にしようよ。」
幸村が慌ててフォローに入る。
「ゆっきぃ優しい!」
ありがとう!と乃亜は言ったあとに幸村の手を両手で掴む。それに対して幸村は、一拍の間こそあったものの、直ぐに笑顔で握り返す。そんな幸村に対して疑問を抱きながらも、跡部は口には出さなかった。の、だが。
「精市、大変だ。」
まるでタイミングを見計らったかのように柳が入ってくる。とっさに乃亜は手を離す。
「・・・蓮ニ。どうしたんだい?」
このあと続く柳の発言に、乃亜を含む3人は絶句する。もう1人、既にやからした、と。4人は急いでグラウンドへ向かった。
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