もうとめることはできない
花束も準備した。果物も買った
。バスケットいっぱいの果物なんて、初めて買った。多い気がするけど、たぶんブン太が食べるだろう。
本当は教子と行こうと思っていたけど、どうやら先約があったみたいで駄目だった。乃亜は赤也にしつこくお願いされて立海に行ってしまったし。
そもそも先週行ったのに、今週も来てしまった自分が悪いんだけどさ。でもさ、毎日リハビリ以外は暇してる、なんて聞いたら、少しでも話し相手になりたいなって思っちゃったんだよね。これも全部余計なお世話だろう。
ここまでは乃亜が送ってくれた。乃亜もたまには1人で立海に行くのもありだと思った。もしかしたらアタシに見られたくないだけで、ちゃんとしてるかもしれないし。深呼吸をして扉をノックする。はい、と返事が聞こえ、ゆっくりと扉を開ける。
「崋山・・・さん?」
「ごめん・・・来ちゃった。」
明日とか何してるの?それだけメールを送った。リハビリくらいかな、と返事が返ってきた。だから、ドッキリみたいに押し掛けてしまった。
「ごめんね、急にきちゃって。」
「いや、ううん。大丈夫だよ、とりあえずおいで。」
「・・・うん、おじゃま、します。」
「どうぞ。ってすごい荷物だね。」
右手に花、左にフルーツバスケット。もちろん、途中まで乃亜が持ってくれた。・・・確かにこんな持ってきて迷惑だったかもしれない。
「崋山さん1人?」
「うん。今日乃亜が立海行く日で、途中まで運んでもらったの。」
「・・・そうなんだ。俺持つよ。」
「いいの!大丈夫!」
お見舞いに来たのに、持たせるわけにはいかない。それにさっきまで1人で持ってたし、もうすぐそこだ。最後までやらせてほしい。
「ありがとう、崋山さん。」
「ううん、アタシが勝手にやってるだけだから。フルーツ多めだから食べきれなかったらブン太にでもあげて。」
「ふふ、ありがとう。」
1週間ぶりに見る、彼の顔に、自然と笑顔になった。前回同様どうぞと声をかけてもらい、隣にパイプ椅子を出して座った。ふと棚に目をやると、立海メンバーの集合写真が飾ってあった。遠目からでも幸村がどこにいるのかすぐわかった。
「今日はオフなの?」
「うん、みんな好きなことしてると思う。」
「そっか。」
幸村の見舞いに行く、と言った時、跡部は特に何も聞いてこなかった。とりあえず乃亜と一緒に帰ってこい、とだけ。さすがに病院にそんな長居はしないから、途中から立海で合流するつもりではある。
教子は行きたがってたな、幸村のお見舞い。忍足と出かけたんだっけ。
「せっかくのオフを、俺なんかのために、申し訳ないな。」
「アタシが来たくてやってるの。幸村がそんなふうに思うのは違うよ。」
下心100%のアタシが悪いのだ。幸村ともっと話したい。お見舞い、なんてそれっぽいこと言って、本当は話したくてしょうがないのだ。
「あはは、怒られちゃった。」
「深く考えないで、良いことだけ考えようよ。」
「そうだね。」
変な気を使わせて、心まで病んでしまったら、きっと立ち直れない。
乃亜ほどではないが、原作は割と知っている。乃亜曰く、幸村は全国大会には出場するらしいし。
氷帝と当たらないらしいから、彼の試合は見れないけれど。いや、でも氷帝と試合した場合、幸村の応援はさすがにまずいか。こっそり観に行っちゃおうかな。
「もうすぐ夏休みだね。体調どう?」
「あー、うん。仮退院できるみたい。」
「本当?」
「うん。」
「・・・よかったね。」
テニスはしていいのかな。全国でやると思うけど、やっとできるんだね。
辛かったろうな、大好きなテニスができなかったの。トリップ前に、幸村の夢を見た時だって、会いに来て、と言っていた。誰のことかわからないけど、そうやって願わずにはいられないほど、悲しかったんだろう。
所詮夢だけど、乃亜だって、同じ夢を見たのだから、きっと真実だ。誰かわからないけど、アタシはいるよ。アタシはきたよ。
「・・・泣かないで、崋山さん。」
「え?」
幸村に言われて、自分が泣いていたのだと気づいた。きっと何よりも大切であるテニスが出来なかった日々は、彼にとって地獄そのものだと思う。だからこそ、こんなにも胸が苦しい。
どうか彼が。彼の人生がこれから幸せなものになってほしい、と心から思った。
「ありがとう。」
「う・・・うん。」
幸村は困ったような顔で頭を撫でてきた。
「崋山さんは本当に優しいな。」
「幸村の方が優しいよ。」
彼の優しさが、ずっと続きますように。出来ることなら、アタシだけに向けられますように、そう、心から願った。
「荒波の首を折ったそうだな。」
「いや、まだ折ってないっスよ。」
今日は精市のところに行くため、部活への参加が遅くなった。丸井から聞いた話によると、赤也が荒波の首を折って保健室送りにしたとのことだが、目の前の荒波は特に問題なさそうだ。
「柳、幸村君どうだった?」
「あぁ、特に変わりはなさそうだ。」
扉をノックしようとしたときに、病室から2人分の声が聞こえてきた。先客は女性のようで、ご家族の人かと思ったが、どうやら崋山だった。先週もマネージャー3人で行っていたはずだが、1週間後にまた来ると言うのは、頻度が高くないだろうか。しかも荒波が立海に来る、と言う予定も1週間ほど前だったのに、そっちにはいかず、精市の見舞いを?
わざわざ崋山1人というのもまた謎だ。盗み聞きするつもりはなかったが、崋山の声は普段よりも嬉々としていた。
精市の仮退院に涙していた。
涙を流すほどに喜んでいた。
「荒波。」
「・・・何。」
前回、荒波に精市のことを話してから、彼女は俺を避けるようになった。最低限のことしかしゃべらなくなり、自分からは声をかけてこない。黙々と作業をしていた。
「崋山の事、知ってたのか。」
「何の話?お見舞い?」
「それもそうだが、精市のことだ。」
「あのさ、柳。」
精市の名前を出した途端、明らかに荒波をまとう気が変わった。
「柳がゆっきぃがどうこう言ってきたんでしょ?それでいてあたしにゆっきぃのこと聞いてくるの?ことりとゆっきぃが何?知らないよ、べつに。ことりがお見舞いに行きたいって言って勝手に言ったんだから。理由とかそこまで把握してるわけないでしょ。大体データマンって言うならおおよそ予想ついてるんでしょ。これ以上あたしに関わらないでよ。ことりに聞けば?」
話しかけるなと目が訴えていた。
「そうだったな。すまない。」
最初に会った、暴走気味の少女の面影はなかった。
会うたびに、距離ができていく。それは俺のせいでもあるがきっと他にもいろいろあったのかもしれない。
荒波は俺の言葉には言い返さず、すぐにその場を離れた。
憶測だけで言うなら、崋山はきっと、精市のことを。
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