甘えん坊将軍
「乃亜先輩!観ましたか、今の試合!俺勝ったっスよ!」
「うん、勝ってたね。」
本日乃亜は立海に来ていた。幸村の病院に行った際、切原にしつこく頼まれてたからだ。
今まで何度かマネージャーとして来てくれることがあったが、乃亜だけが全く来てくれないことに切原は不満があった。合宿で初めて会話をして以来、全く会話をする機会がなかった。
他の先輩方はお目当てのマネージャーと交流を深めているというのに。それもこれも、先輩をストーカー呼ばわりした銀髪詐欺師先輩のせいだ。
あんなにかわいい先輩になら、喜んでストーカーされるというのに。
「今日は俺、乃亜先輩来るのが楽しみで、30分も早く着いたんスよ!」
「そうなんだ。」
なんで滞在先が跡部さんの所なんだ。それでは自動的に通学先が氷帝になってしまうじゃないか。氷帝じゃあ毎日会えない。しかも跡部さんと1つ同じ屋根の下、だなんていかがわしすぎるだろ。跡部さんに手を出されたらどうするんだ。
「それに聞いてくださいよ乃亜先輩!!」
「なに、どうしたの。」
「俺英語のテスト45点だったんスよ!!」
「・・・へえ。そうなんだ。」
跡部さんが立海生だったら、毎日乃亜先輩に会えたのに。今からでも転入してくれないかな、うち、王者だし。ん?でもそしたら幸村部長、部長の座取られちまうのか?いや、そんなことないか、バケモノだし。副部長もバケモノだし。跡部さんはせいぜいダブルスだな。シングルスは俺だし。いやダブルスも埋まってるから補欠か。
「早弁も1週間我慢しました。」
「うん。」
「・・・ちょっと乃亜先輩。」
「なに?」
さっきから乃亜先輩はコートばかり見ている。
「なんでこっち見てくれないんスかーっ!!」
「うっせーぞ赤也!今試合中なの見てわかんねーのか?!」
「丸井先輩たちの試合なんて見てないで俺見てくださいよぉ!!」
「いや、あたし今スコア付け中だし。」
さっき俺の試合のスコア付け終わったばかりなのだから、一旦休めばいいのだ。それで、「赤也勝ったね、すごいじゃん。」と褒めてくれなければ。いや、褒めるべきだ。
なに、流れ作業のように次の試合のスコア付けしちゃってんだよ。
「先輩たちのスコア付けなんてそこら辺の奴にやらせとけばいいんスよ!」
「いや、それマネージャーとしてどうなのよ。」
「もっと俺を構ってくださいよぉ!!」
前回の乃亜先輩は、仕事が終わったらすぐどっかに行ってしまったので、今回は目の届くところにいてもらいたい。せっかく来てくれたのに見失いたくないし、たくさん会話がしたい。
俺のスコア付けという大仕事を終えたのだから、今日はもう終わりでいいじゃないか。
「あのね、マネージャー業の中にお世話は含まれないの、ごめんね。」
乃亜先輩はそれだけ言って再び試合に目をやる。
「嫌っス!乃亜先輩、この間会った時は優しかったのに、今日めっちゃ冷たいっス!」
「そんなことないでしょ。」
「やっぱあれっスか?仁王先輩のせいっスか?!」
「は?」
丸井先輩達の対戦相手である仁王先輩を指さす。突然呼ばれてビビったのか、先輩はボールを取りこぼしてしまう。
「仁王先輩が乃亜先輩のこと避けてるからっスよね!だから立海来づらいんでしょ?!」
仁王先輩のどこがいいんだ。詐欺ってピヨってプリってるだけじゃないか。かっこいいのは先輩そのものじゃなく、イリュージョンだ。クラスの女子達もどうかしてる。
「いや、神奈川まで行くの面倒だもん。」
「崋山先輩はきてくれますよ?!」
そんなんリムジンだから面倒じゃない。乗ってるだけでいいんだぞ。寝てればすぐだ。
そんなに面倒だというのなら迎えに行っても良い。俺が送り迎えをするから来て欲しい。
「あたしはことりみたいな善人じゃないからね。」
「そんなことないっスよ!乃亜先輩超優しいっスよ!」
「はいはいどうも。」
こんなに猛アタックしているのに、乃亜先輩には響かないようだ。なんだかだんだん腹が立って来た。
「おい見ろよ、赤也のやつ目が充血してねーか?」
「あのな、赤也。」
ジャッカルの言葉通り、赤也の目は真っ赤になっていた。充血って、試合の時だけじゃないのか?もしかして腹が立って来たのか?まさか、殴られるの?
「いけませんね、流石に止めましょうか。」
「落ち着けよ、赤也。」
柳生とブン太が試合を中断して歩み寄ってくふ、だけれど赤也なそれを無視して、目の前に立った。
当たり障りないことを言ったはずなのに、また地雷を踏んだのだろうか。
「切原君、手荒な真似はいけませんよ。」
「そうだぜ赤也。荒波だって一応女子なんだから。」
相変わらずブン太はあたしに対して冷たいので少し悲しい。
「ウッセェ!俺は!アンタが!」
ブン太に掴まれた腕を振り払い、あたしの肩を掴む。
「アンタに!!」
予想以上に力が強く、思わず小さな声が漏れた。
「痛がっとるからやめ、」
「褒めてもらいたいんスよぉっ!!」
びえええええ。
音をつけるならこれだ。欲しいおもちゃが手に入らなかった時の子供の癇癪のようだった。
重いきり肩を揺らされて頭がグラグラする。その間も赤也はずっと「俺を褒めてくださいよぉ!!」と声を荒げている。
止めに入ってくれたはずのブン太は、払われた右手をそのままにして見つめているし、柳生はその場から動かない。ジャッカルに至っては哀れみを含んだ目でこちらを見ている。なんでもいいのでとりあえず助けてくれ。
「ってそうじゃねぇ!何わけのわかんねーこと言ってんだよ赤也!とりあえずやめろ!」
「まず試合に勝ったんだから凄いねって言ってくれないと!!それに遅刻常習犯の俺が30分も早く来たんスよ?!そこは偉いね、でしょ?!」
「し、知らんよ。」
承認欲求が強すぎないか・・・?唯一の後輩レギュラーだから可愛がられてきたのか、甘えてきたのか。あるいはその逆か?誰にも褒めてもらえなかったから甘えているのか。
「テストだって、30点以上いかない俺が45点っスよ!頑張ったねってー褒めてくださいよ!!」
「補習だろーが。」
「丸井先輩は黙っててください!!」
そういえば英語苦手だったっけ?確かに頑張ったのかな・・・。いや、それにしたってなぜあたしが褒めるのか、同じ部の後輩でもないのに。ていうか氷帝2年は頭が良いから褒めようがないし、あたしなんかに褒められても、と思うだろう。
・・・褒められたこともないのに。
「早弁だって、我慢できたの、偉いねって言ってくれても・・・。」
もはやなんでも良いのでは?そのうち7時間睡眠しただけで褒めてくれとか言ってきそう。
重すぎる。誰だよ、こんな構ってちゃんに育てたの。
「赤也、もうやめときんしゃい。」
そろそろ首が折れそうだ。え、なに、首振られすぎて折れてしぬの?何死に?え?万が一その死に方するんだったらせめて氷帝にしてほしい。わざわざ引き取りに来られるの恥ずかしいんだけど。
なんて思っていたら、赤也の腕を剥がしてくれた。
仁王さんが。
「・・・何するんスか、仁王先輩。」
「さすごに首が折れるき、やめときんしゃい。」
そしてあたしに背を向ける形で赤也の前に立った。手のひら一つ分の距離に彼の背中がある。
「俺、乃亜先輩と話してるんスよ。そこどいてもらえますか?」
「退くのは構わんが、また揺さぶったら首が折れるぜよ。」
「そんな強くしてないっス。」
「自分の力くらい把握しんしゃい。」
「元はと言えば、仁王先輩が乃亜先輩に冷たいからじゃないんスか。」
「プリ」
声色だけで、赤也が苛立っているのがわかる。そもそも今まで距離を置かれていたのに、何故今日は助けてくれたのだろう。まぁブン太だったら絶対に助けてくれないだろうけど。
でも背中しか見えないから、実際はどうなんだろうね。からかってるだけかもしれない。
・・・いや、理由はどうあれ、庇ってくれているのだからもしたらもう嫌われていないのかもしれない。だとすればチャンスだ。
誤解を解くチャンスであり、恋を知るチャンスでもある。
これが恋だと証明しよう。
仁王さんの背をもう一度見たところで、「大丈夫ですか?」と柳生が声をかけて来た。
「・・・柳生。」
「はい。」
「吐きそう。」
「・・・はい?」
さっきまで脳みそ揺れまくったもんな。昨日も眠れなかったし、疲れも溜まってた。
そしてさらに残念なことに、チャンスをものにすることはできなかった。無念。
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