のううた | ナノ

知らないことばかり

ある日夜中に目が覚めた。時計の針は、陽が昇るまでにはまだ時間がある。二度寝を試みたが、脳が覚醒したのか全く眠れやしない。

仕方なく屋敷内を散歩しようと部屋を出ると、とある部屋の隙間から灯が漏れているのが見えた。まさかこんな時間まで起きているのか?だから日中起きていられないのだ。
ここは余計なお世話だろうが、一言注意しようと扉をノックした。生憎中からの返事はなく、隙間から見える本人はベッドに埋もれて動かない。どうやらただの消し忘れのようなので、代わりに電気を消したその直後だった。

「消さないでっ!!」

ベッドに埋もれていたはずのそいつは声を張り上げた。急いで電気をつければ、こちらに頭を向ける形で丸まっていた。

「ごめんなさい。いい子にしますから、お願いします。消さないで。」

震えるような声で小さくつぶやいた。ごめんなさい、ごめんなさいと何度も繰り返す。

「おい、大丈夫か?」
「ごめんなさい、静かにします、だから消さないでください。」

錯乱しているのか、こちらの声が届いていないようだ。人の部屋に許可なく入るのは少々心苦しいが、ここは切り替えて足を踏み入れる。
それでも気づかないのか、消え入りそうな声で何度も許しを請う姿に胸が痛む。
隣まで行き、肩に触れれば、大げさに身体が跳ねた。

「・・・あとべ、」
「・・・大丈夫か?」

大きく見開かれた目からは大粒の涙が溢れており、触れた肩は小刻みに震えていた。目を逸らして自分の顔に触れて、さらに驚いた顔をした。

自分でもなぜ泣いているのかわからないのか、涙を何度も何度も拭っている。しかし涙は止まらず、どうすればいいのかわからない、と言いたげな顔だった。

「邪魔して悪かったな。」

自分の意思に反して止まらない涙を、俺なんかに見られるのは嫌だろう。多分、この状態ではしばらく止まりそうもない。

正解があるとしたら、ここに残り、話を聞いてやる事なんだろう。けれどこの意地っ張りはそれを望んでいない。むしろ嫌いな相手に見られて、屈辱だろう。部屋を出るため背中を向ける。足を動かそうとしたが、服の端を掴まれ、振り向く。本人はまた驚いた顔をして、慌てて手を離した。
軽く息を吐いて、隣に座る。

「眠れないのか?」

聞いてみても返事は返ってこない。ただゆっくりと呼吸を整えている。目を合わせようともせず、ずっと下を見て黙っている。
深く問うべきか、何も言わずにただ待つべきか、こいつは多分後者だ。何も言わずにただ待つ。
互いの呼吸音だけが響く。




「・・・怖い。」

どれくらい時間が経ったのか、短くそれだけ告げた。

「夜・・・むりなの。」
「・・・そうか。」

ひとりごとのように呟いた。ベッドの上で、身体を丸めて顔を埋めている。そしてまた口を閉ざして動かない。隣にいるのに、何故か遠くに感じた。

「1人じゃ・・・眠れないの。」

意地を張る余裕もないのか、いつもの気張った空気を感じない。
そうか、とだけ短く返せば、向こうもうん、とだけ答えた。授業中寝ているのには、そういうカラクリがあったのか。しかし、だからといって。理由があるからといって、こんな事を続けていたら、最終的に1人になってしまう。
少し関わり方を間違えただけで、取り返しのつかない事になるのではないだろうか。
一体いつから自分は、こんなに1人の人間を気にかけるようになったのか。














「あれ、跡部これから生徒会室?」
「あぁ。」

今日の部活は午前だけ、この後部員たちが何人かで遊びに行くらしい。誘われたが断った。

「荒波さんは今日も手伝い?」
「ああ、どうせ一緒に帰るからな。」

他の2人は立海に行っている。進んで立海に行くと思っていたが、今回も拒否していた。部活で寝なくなった分、睡眠時間を他の場所で確保しているのだろう。

「そうなんだ。跡部って、荒波さんのこと特に気にかけてるよね。」

壊れそうな人間を、そのまま放って置けるわけがない。万が一何かあったら夢見が悪い。何かにしがみついていないと立っていられない。

「赤ん坊みたいだよな。」
「ごめん、ちょっと言ってる意味がわからない。」
「それに、佐倉と崋山のことだって気にかけてるつもりだが。」

佐倉には忍足、崋山には萩之介がついているからあまり心配していない。問題なのは、あの赤ん坊が、誰にも気に掛けられていないことだ。
ジローとの件は、なんとか未遂で終わったが、距離を置いているから、また何かあるだろう。面倒な奴に面倒なジローが懐きやがった、類は友を呼ぶ、ってか。

「荒波さんは大丈夫なの?」
「どうだろうな。」

萩之介はそっかとだけ答えてもう何も言わなかった。崋山も佐倉も萩之介も、こうやって心配している人間がいるというのに、何故それに気づかないのだろう。

残念な生き方をしている奴だ。








「忍足はさ、恋ってなんだと思う?」
「は?」

跡部から鍵をもらい、先に生徒会室で待っていると、先生から資料を預かった忍足が来た。忍足は、この後のレギュラーたちとの遊びには行かないらしい。
跡部が来るまで待つのか、忍足は隣に座った。
最近どうなん?と聞かれたので、シンプルな疑問をぶつける。

「そういう意味で聞いたんとちゃうけど・・・。それに、恋なら荒波さんの方が知っとるやろ?仁王とか。」
「そうだけど、色々な形があるでしょ?」

惨めにならないための条件のひとつ。恋愛。恋をすること。恋をして、あの人かっこいい!と騒ぐこと。
仁王雅治はかっこいい。誰にでもなれる。誰にでもなるのに、仁王雅治もいる。自分自身もしっかりいる。だから、かっこいい。
それを、恋と呼ぶのか、どうなのか。

「改めて聞かれるとムズイっちゅーか・・・。崋山さんや佐倉さんに聞いた方がええんちゃう?」

それが出来たら苦労しない。それに、2人からそんなオーラは感じない。

「忍足の方が、恋してるようにみえるもん。だったら忍足に聞いた方がよくない?」

忍足は盛大に咳き込んで、は?と言った。

「な、なに言うとんの、荒波さん。俺、恋してるように見えるんか?」

確信はないけれど。なんとなく、近い距離にいたりするし、よく見てるし。でも、どうやら当たったみたい。
頷けば忍足は口元を押さえて視線を泳がせている。なるほど、ポーカーフェイスも動揺するんだ。ポーカーフェイスを崩しちゃうほどのものなのか、恋というのは。

「・・・せやな。ずっと見ていたい、とか、知りたい、とか。守りたい、とかとちゃうか?」

どうやら誤魔化すことをやめたのか、ポツリポツリと呟いた。

「他にはないの?」
「ほ、他?」
「そう。」
「・・・一緒にいたら、ドキドキするとか、もっと一緒にいたいとか・・・一緒にいると楽しい、とか。」

口にすればするほど、忍足の顔が赤くなっていく。
一緒にいたら楽しい、ドキドキする。
ならば、あれは恋であっているのか。

「なんだ忍足、いじめられてんのか。」
「・・・そんなんちゃうわ。」

跡部のどこか面白そうな顔をして入ってくる。すると忍足は立ち上がる。

「な?もうええかな荒波さん。」
「うん、ありがとう。」
「何の話をしてたんだ?」
「・・・秘密や。」

そう言って忍足はそそくさと出ていった。
忍足も、秘密とか言うんだ。




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