頑張り屋の君へ
「じゃあ、しばらく休憩で。」
ことり、本日3回目の立海マネージャー。今回は教子も一緒だ。ドリンクを配り終え、近くのベンチに腰掛けた。
「お疲れ様、崋山さん。」
「おつかれ、幸村は大丈夫?」
「うん、見学だけだから。」
今日は幸村もいた。仮退院したので、顔だけ出しにきたらしい。昨日の夜突然柳から連絡が入ったのだ。マネージャーを頼みたい、と。
もちろん許可を取ってからきたが、乃亜はまたパスだった。柳にはその事は説明したが、幸村は知らなかったのか、少し悲しそうだった。
「この世界どう?もう慣れた?」
「うん。授業はちょっと難しかったけどもう平気かな。」
そっか、と幸村は穏やかに言った。
「それは良かった。崋山さんって、頭も良さそうだから、勉強は大丈夫そう。」
「ありがとう。なんか幸村に言われると嬉しい。」
「そうなの?」
「だって神の子でしょ?」
幸村が纏う空気が凄く穏やかだから、忘れそうになるけど、すごいプレーヤーだった。テニスが強いだけじゃなくて、絵や花が趣味ってのもまた、好感が持てる。
「あー・・それはテニスのことだから、他は別に普通だよ。」
それと謙虚。ギャップ男子コンテスト、なるものがあったらアタシは間違いなく幸村に票を入れる。
「確かに勉強は頑張ってるからできる方だけど、乃亜の方がすごいよ。」
「乃亜が?」
「あの子、基本1位取ってたし。最後は0点連発で呼ばれてたけど。」
中学では1位をずっとキープしていたのに、3年の後半からは張り出された紙に乃亜の名前はなかった。幼なじみから何か聞いてくれ、と乃亜の担任に言われ、聞いたところ「寝てた」とお決まりの返しだった。
「0点か・・・。」
「寝てた、って本人は言うんだけどね。」
「・・・乃亜はよく寝る子なの?」
「そりゃあもう酷いくらいに。前立海来た時も、仁王がいないのも重なって、そのままサボって寝てたらしいし。だから、他のメンバーに申し訳なくて。」
頼まれて立海まで来たのに、そこで迷惑をかけるなんて。最近は真面目にやっているが、だからといって負の印象が書き換えられるかは別の話だ。
「・・・じゃあ今日も来たくなかったのかな。」
「跡部が頼み事してたから、元々予定があったのかも。次は連れてくるね。」
「あ、ごめん。気を使わせちゃったね。」
幸村が申し訳なさそうに言ってきた。逆に悪いことをした気がする。
「でもせっかく崋山さんが来てくれたんだし、よかったら崋山さん達のこと教えてよ。」
「アタシらのこと?」
「うん。全然話したことないよね。家族の話や、学校での話とか。」
終始笑顔の幸村。幸村の声は聞きやすくてなんだか落ち着く。包容力、というのを、オーラだけで感じる。
「そうね・・・アタシは中1の弟がいる。教子は年子で3姉妹の真ん中。乃亜はひとりっ子。」
「崋山さん、弟いるの?俺も、妹がいるんだ。」
「幸村の妹ってめっちゃ可愛いでしょ?」
「うん、すごく。」
だって幸村自体がこんなに美人だし、同じ遺伝子の女の子ってもう世界崩壊レベルの美少女だと思うの。
「崋山さんこそどう?弟かわいい?」
「めっちゃかわいい。」
「あはは、そうだよね。」
「乃亜と幼なじみって言ってたけど、姉弟ぐるみで仲良いの?」
「そうね。乃亜の両親が仕事終わるまで、うちで預かってた時期もあったし。だから弟とも遊んでたかしら。」
元々乃亜に懐いていたけど、中学に上がって、更に執着した気がする。学校で会えないものだろうか、と探しているのを見たことがある。
「乃亜は崋山さんの家にお世話になってたんだ?」
「小学校の途中まではね。それ以降はたまにうちに来て一緒にお菓子作ったりしてたかな。」
それも、中学に上がってからはなくなってしまったけど。うちにいるときに、乃亜が羨ましそうな顔をしていたのを知っている。けれど決して口にはしなかったのは、きっと認めたくなかったんだろう。
不満がありそうな顔をしつつも、笑顔で誤魔化していた。いつからか距離を感じたが、交友関係なんてすぐに変わるものだから、距離が変わるのは仕方がない。
乃亜はアタシと違って、近づいてくる人間全てと仲良くなっていた。俗に言う、愛されキャラというものだ。
「じゃあ、姉妹みたいな感じだね。」
「姉妹、か。」
「崋山さんが姉で乃亜が妹かな。」
確かに、乃亜の家庭事情を母から聞いて、アタシがなんとかせねばと思った。親がいない乃亜が寂しくないわけない。親代わりにはなれないけど、良き理解者にはなれるかなって。
「乃亜が寂しくないように、色々アドバイスしたり、たまに口煩くしてから、かえって迷惑だったのかも。」
「・・・崋山さん。」
「あ、ごめん幸村。気にしないで。」
距離を感じるのは確かだけど、それを幸村に言うのは違う。これはアタシと乃亜の問題だ。他の人を巻き込むべきではない。
「崋山さんはすごいね。」
「・・・え?」
「乃亜のことを思って頑張ったんでしょ?」
相手のために思ってやっても、迷惑だと思われているなら意味はない。
「アタシの自己満足だったと思うから、凄くもなんともないよ。」
「そんなふうに、自分を否定しちゃダメだよ。」
「・・・幸村。」
幸村は優しすぎる。欲しい言葉を言ってくれる。
「崋山さんの優しいところ、俺、好きだなぁ。」
「・・・へ?」
幸村はそう言って、頭に手を乗せた。
「ゆ、幸村?」
「いいこだね。」
「・・・。」
彼はそう言って頭を撫でた。突然の事に、なんて返せばいいのか分からなくなった。
「・・・あ!ごめんっ。妹にやってるから・・・つい。」
気づいた幸村が慌てて手を離した。
「だ、大丈夫。」
「本当にごめんね。これじゃセクハラだ。」
「う・・ううん。」
髪を直すフリをして、幸村が触ったところに触れる。撫でられるなんて、初めてだ。妹によくやってる、と言ってたけど、兄の特権なんだろうな。
「あ、アタシ、教子と代わってくるね。」
「うん。わかった。」
座る幸村にそう伝えてベンチを離れた。
なんだか、甘えてしまいそうだから。
「幸村君、今、ことりの頭撫でてたよな。」
「知らん。」
丸井はそれを見ていた。ダブルスの試合が終わったので、ことりからお菓子を強請ろうと思っていたところ、幸村と仲良くしているのを見かけた。
少し遠くから様子を伺っていたが、たまたま横切ろうとした仁王を巻き込む事にした。
「ここからじゃ何話してるか聞こえねぇんだよな。」
「知らん。」
「そもそも撫でるってなんだよ。大胆すぎるだろぃ。」
「知らん。」
「てんめぇ仁王!!」
お前の辞書には知らんしか載ってないのか?!なんだよ、覚えたてで使いたい盛りか?!
「イダダダダッ!!尻尾を掴むなと何度言えばわかるんじゃ!」
「うるせぇな!俺の言葉をしっかり聞かねぇお前が悪いんだろ!」
「なんて横暴な奴なんじゃ!」
掴みやすい髪型にしてるのも悪い。
このボタン、押すな、と同じジャンルだ。
「丸井、もうやめてやれ。」
「参謀ー・・」
「柳に感謝しとけよな。」
「俺は一体お前さんに何をしたっていうんじゃ。」
仁王は髪を直しながら、柳の後ろに隠れる。
「幸村君ってことりのこと好きなのかな?」
「・・・なぜそう思う。」
「だって撫でてたし・・・。」
幸村君が相手だと、絶対に勝てる気がしない。
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