のううた | ナノ

人間の皮を被った鬼

お金があれば、何でも解決する。子供の時はそう思っていた。荒波家は、今では有名な不動産会社だが、15年前は、カツカツの生活だったらしい。父と母は幼なじみだった。幼い頃からお互いを思い合っていた。
母はいわゆる社長令嬢というもので、未来を約束された相手もいたという。地位も名誉も捨て、父と一緒になった。自分の家族を捨てて2人で地元を離れて、新しい人生をスタートした。
しかし、元々体が弱かった母は、新しい生活に慣れることができず、念願の子供の顔を見ることもできないまま短い人生を終えた。すべてを捨ててついてきた母を、父は守ることができなかった。

全てことりの母親から聞いた話。母とことりの母親は、同じ病室で仲が良かったらしい。毎日通う父を見ていた、と。幼い頃に教えてもらった。
悲しみから立ち上がれなかった父を、ことりの両親が助けてくれた。父の仕事が終わるまで、崋山家でお世話になり、帰りに父が迎えに来る。弱々しく笑う父の顔を覚えている。

父はあたしを見ることを拒んでいた。怪我をしないようにと、手はつないでくれたが、話しかけてくれる事はなかった。私のせいで、母が死んだようなものだから。なら私はどうすればよかったのか。

ことりの家にいる時、当然家族で過ごしているのを目にした。海外出張の多い父親は、久々に帰るたびに、ことりとその弟にたくさんの愛情を注いでいた。手には必ずおもちゃを持って笑顔で帰る父親に、嬉しそうに近寄る子供2人。ことりの父親は優しい人だから、あたしの分まで毎回用意してくれた。もしあたしが崋山家の子供なら、毎日、あーやって、笑って居られたのだろう、と、何度も何度も思った。
そんな父親に育てられたことりはもちろん優しい性格になった。いつもあたしの心配をしてくれて面倒を見てくれた。

「乃亜、またパフェ食べてるの?」
「うん。」
「あんたもっとバランス考えなさいよ。」

小学校高学年になる頃には、いわゆる鍵っ子になっていた。ことりの母がご飯を作りに来てくれた。仕事が忙しい父は親の行事にはあまり参加してくれなかった。唯一覚えているのは小学校5年生の家庭訪問。やっと保護者と話ができると張り切っていた先生とは逆で、父の顔は冷めきっていた。授業態度について話しても「そうですか。」の一言。家でのことを聞かれても、「問題ないですよ。」と。
当たり障りのないことを、父は短く答えて、質問する隙を与えて来なかったか。
「お父さんは、あたしのことが嫌いなの?」そう聞いたときの父の返しは「早く寝なさい」だった。



寂しかった。どうすれば父は自分を好きになってくれるのか、幼い自分にはわからなかった。
そう思うたびに、ことりが羨ましくなった。両親に似て美人だと噂になっていた。優しいだけではなく、頭も良かった。男女から人気があった。保護者たちからも人気があった。
そこで思った。優等生になれば。周りからの評判が上がれば。父も、私を見てくれると。

「大丈夫だよー。今日お昼ご飯食べたし。あ、教子も食べる?」

小学生の頃のあたしの目標は崋山ことりだった。そのためにと、そこから塾に通い出した。

「私はいいかな・・・もう夜遅いから。」
「そうよ、普通は気にする時間よ。」

きっと他の人と違うところを見せれば、父も自分に興味を持ってくれるとずっと信じていた。相手されないことに、少し慣れてきていたから、満点の答案用紙を無視されても何度も折れずに繰り返した。

「ねーことり。」
「何?」
「叶子さんて普段何してるの?」

鍵っ子になってからは、ことりの母、叶子さんが家に来ていた。ご飯作ってあげる、と。毎日、だ。1人じゃ寂しいでしょ、と言うくせに、すぐに私を部屋に帰らせた。
父の部屋に行くと、必ず「新太郎さんは忙しいのよ」と扉越しに帰された。

「何よ、突然。定食屋でパートしてるって言ったけど。」
「ほんと?」
「なんでそこで嘘つくと思ってんのよ」
「おっしゃる通りだわ。」

父の部屋を訪ねようとした翌日は必ず、物置に閉じ込められた。「慎太郎さんは、乃亜ちゃんのために頑張ってるんだから、これ以上迷惑をかけちゃだめよ!!」と怒られた。閉じ込められて、怖くて、泣いて声を上げると怒鳴られた。それがおかしなことだとわかっていたのに、誰にも言えなかったのは、お父さんに迷惑かかると本気で思っていたからだ。もしも、ここで、捨てられたら、自分の居場所はないと。
明かりのない物置の中、声を上げることも許されず、眠れぬ夜を、一体何度過ごしたのだろう。もう、数えたくない。
おかげで、夜というもの自体怖くて、眠れない。眠れないから、代わりに勉強をして、時間が経つのを待った。お昼起きられないのは当然だ。

「弟って今何歳だっけ?」「はあ?何突然。あんた学校で何度も会ったでしょ。中1。」

崋山 仁。ことりの弟。乃亜さん、乃亜さんと、なぜか懐いてきた。けれどあたしは知っている。崋山 仁と言う男が。

「ねぇ、乃亜。あんた本当にどうしたの?」
「別に。どうもしないよ。」

叶子さんがいない日父の部屋に行ったことがある。あいにく、父もいなかったけれど。初めて父の部屋に入った。初めてだ。父の部屋に行けば、母の写真だけでもあるだろうと思ったから。きっと机に置いてあるんだろう。案の定机には写真が置いてあった。けれど置いてあった写真を見て絶望した。

写真の中は、私でも母でもなかった。

父の横に映るのは、毎日来る、あの化け物だった。
そして、2人の間には。


「・・・あたしってほんと性格悪いよねぇ。」
「え?!どうしたの乃亜ちゃん!そんなことないよ!」
「・・・性格じゃなくて、態度が悪いのよ。」
「ことりちゃんそれフォローになってないよ!」

仁。崋山 仁。
いや、荒波 仁。

幼い頃から思い合ってた?すべてを捨てて一緒になった?じゃあなぜ写真の男の子は横にいる2人と似ているのか。なぜ、見たことのない笑顔向けているのか。父が。仁が。

その意味を理解した時、全てがどうでもよくなった。あぁ、そうか。ずっと昔から、いらない人間だったんだ。道理で相手してくれないわけだ。

「ねぇ、もしも、どうしても許せないことがあったらどうする?」
「え?」
「・・・度合いによるでしょ。でも全てを許せる人間なんていないでしょ。」
「うーん・・・私は、どうしてそうなったか、納得できたら、許したいな。」
「そっか」

ねぇ知ってる、ことり。あなたの弟は、あたしの弟でもあるんだよ。夫がいながら、他の人と子供を作ったってことだよ。それを隠してるんだよ、あなたのお母さんは。
仕事で遅い母親の代わりに、弟のご飯を作ってるって、本当にそう思ってるの?初めから、父親目当てでお母さんと仲良くなったんじゃないの?
ことりは悪くない、なんて、思えるわけがない。

「・・・あたしは、絶対許せない。」

ちゃんとご飯を食べなさい、部活しろ、協調性。・・・うるさい。
お母さんはいないけれど、人の物に手を出すような親ならいらない。
自分の原動力が、『父親に認めてもらうこと』から、『自分よりも惨めな人間を見つけること』に変わっていた。そんなのダメだと、すり減った良心がたまに囁いてくるけれど、もう戻り方がわからなかった。誰にもあたしの気持ちなどわかるわけがない。

友達なんかじゃない。
惨めな自分を晒したくない。

誰にでも好かれる荒波乃亜を演じる。もう悲しい思いをしたくない。表面上ではみんなが好きになってくれるであろう、ちょっと不思議だけど、どこか憎めない女の子。

それが、荒波乃亜。

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