スキンシップは死活問題である
跡部が携帯を買ってくれた。
このままじゃ、友達が出来ても遊ぶ約束が出来ないだろ、と。また迷子になったら困る、とも。後者の方は腑に落ちないが、ありがたい事には変わりなかった。
この世界に来て1ヶ月が経っていた。
2コ下の弟は大丈夫だろうか。ちゃんとご飯は食べているのだろうか。
というか時間軸はどうなっているんだろうか。進んでいるのなら、高校が始まってしまっている。帰れる日は来るのだろうか。捜索願は出ているのか。
頭の中は不安でいっぱいだった。
「体調が優れませんか?」
崋山さん、と横から話しかけてきたのは柳生だった。
「あ、ごめん。別のこと考えてた。申し訳ない。」
携帯を貰ったその日に、柳に連絡を取った。アタシでよければたまに手伝いに行くよ、と。話はびっくりするほどスムーズに進み、今日、手伝う事になった。
また3人で行くと、今度は氷帝が困るから、話し合いの末にアタシが行くことになった。跡部が迎えにきてくれるらしく、終わる時間を連絡しろ、と言われた。1人で帰れるのにね。
サボるもののいない立海は実にスムーズに部活が進んだ。赤也がへこんでいたけれど。
「まだ5月ですが、本日は気温も高いですし、もしも体調が優れないようでしたら、遠慮せずに申してくださいね。」
「大丈夫、ありがとう。」
しかし、部長の幸村がいないのにしっかりしてるよな。休憩時間に、仁王が赤也で遊んでいたけど、それ以外は大丈夫そう。
「ことりー。」
あと、ブン太との仲が最近深まっている。柳にメールした日、ブン太に見られたみたいで、教えろとしつこかったらしい。一応確認されたけど、べつにブン太ならいいやと思い、連絡先を交換した。
そしたらこいつ、すごい携帯魔人で、毎日メール送ってくる。元の世界では何の部活入ってる、とか、私立か、とか、好きな食べ物とか。弟いる同士でのあるある話とか。
最近ではテレビ番組の話やおすすめのスイーツの話まで。
「おつかれさま。」
「おー。あっちぃなー。つーかことり、俺の天才的妙技見てくれた?」
「もちろん。相変わらず器用だね。」
そう答えると、ブン太は満足そうに笑った。そして横にあったベンチに腰を下ろした。それを見た柳生が「それでは私は戻りますね」と歩いて行った。
「ほい、ガム。」
「ありがとう。」
いつもガムをくれる。今度お礼にクッキーでも焼こうかしら。
「俺、今日ことりが来てくれてよかったわ。」
タオルで汗を拭きながらブン太は言った。
「アタシでよければ。」
「何言ってんだよ、ことりがいいんだって。佐倉も頑張ってんのはわかるんだけど、あいつ、合宿の時もこの間も転んでたし。危なっかしいし。荒波は・・・アレだし。」
教子結構ドジなところがあるから。そこが可愛いんだけどな。ブン太わかってないな。
「乃亜に関しては謝るよ、ごめん。」
「何でことりが謝るんだよぃ。」
アタシ的には、マネージャーは全員頼れるって言って欲しい。やれば出来る子なのに、それをやらずに空気だけを悪くする。それじゃ乃亜自身の良い所が知られないじゃないか。
「仁王がいるから率先して行くかと思ったんだけど。でも今回は人手足りるから断るつもりだったし。」
跡部に立海に行く話をしていた時、その場にいたのに、いってらっしゃい、の一言だけだった。教子に「行かないの?」と聞かれていたが、毎回行きたいわけじゃない、と珍しく素っ気なかった。
「ま、おかげで仁王は生き生きしてるし。赤也がへこんでっけど。」
そう。赤也の「乃亜さんいないんスか」って言った時の顔。おもちゃ取り上げられた子供みたいな顔してた。でも乃亜がいたら、もっと集中出来なかったんじゃないだろうか。
「俺はことりで嬉しいけどな。」
「そ・・・そう、ありがと。」
満面の笑みで言わないで欲しい。
ブン太イケメンなんだから。照れる。
笑顔の安売りだ、それは。
「ブン太、モテるでしょ。」
「ま、俺天才だしな。」
・・・テニスのこと言ってるわけじゃないんだけどな。まあいいか。
笑顔の安売りといえば、滝もだよな。あいつは男女ともにモテるタイプだ。それに品がある。
「滝っているじゃん。うちのテニス部に。」
「ん?おぉ、あのおかっぱの。」
「あいつの髪の毛、キューティクルやばいんだよ。」
見た目からしてさらさらなのわかるもの。しかも後ろから呼んだりするでしょ?振り返る時にサラサラッて。CMかよ女優かよ。あいつ本当は女の子なんじゃないの。特にケアなんてしてないって。勿体ぶらず教えなさいよって感じ。やっぱりお金持ちだろうし、使っているものが超高級なのかな。
ちらりと横の真っ赤な髪に目をやる。
「ブン太のは地毛?」
「まぁな。親父譲りだぜぃ。」
綺麗に真っ赤なんだよな。染めなきゃあんな色はでないのに。
「触っていい?」
「おう。」
許可を得たので早速触らせてもらった。
「・・・ふわふわだ。」
触った瞬間、柔らかかった。
ワックスで髪を整えているのか、いい匂いがする。めくってみると根元まで真っ赤だ。本当に地毛らしい。
「すっご!ふわふわじゃん!!」
「お・・おう。そっ・・・か。」
なんだよ!どいつもこいつもいい髪質してさ!ていうことは跡部とかとんでもないんだろうな?!同じシャンプーだけどあれほんと泡立ち違うし!女の敵だよ!
しかもワックスで無造作装うとかおしゃれかよ!モテ男かよ!モテ男だろうね!
触れば触るほど心地が良い。
「・・・ことり、もういいんじゃね?」
「はぁー。もう、ずるい。ブン太はずるい。」
どうせ特別なことは何もしてないって言うんでしょ?スタイル保つモデルみたいに。
地毛が似合いまくって、弟いるから面倒見よくて、天才って言うことで余裕な姿見せて。で、話しやすい。
「・・・ことり?」
もうその髪型とか性格とか武器にした方がいいよ。もっと。そしたらもっとモテるよ。
「っだあ!!」
「きゃあ?!」
突然ブン太が声を上げながら立ち上がった。
思わず悲鳴をあげてしまった。
ブン太は口を押さえてそっぽを向いている。
「どうしたの?」
「・・・さすがに」
「さすがに?」
聞き返すとすぐには返事は来なかった。
そっぽを向いているが、耳が赤いのはわかった。
「・・・照れっから。」
小さい声で言う。
そこで、冷静に自分がやっていたことを考えた。
「あ・・」
確かにすごく近くにいた。許可を貰ったとはいえ、触りすぎた。アタシ・・なんて大胆なことを。
途端、何か言い返すことも出来ず、自分の顔に熱が集中するのがわかった。
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