一応お手伝い
「すまないな、崋山。」
「別に大丈夫だよ。」
立海大附属中。
「き、今日はよろしくお願いします。」
「荒波乃亜、うい、しくよろ。(仁王さん仁王さん仁王さん仁王さん。)」
只今ゴールデンウィーク真っ只中。昨日は四天宝寺だったのに、今日は立海、というハードスケジュールである。
1日マネージャーとしてヘルプに来ました。
「真似すんなよきめえ。」
「ひでえ。ブン太ひでえ!」
「気安く名前を呼ぶんじゃねぇよ!」
ぽっちゃり発言をすっかり根に持っている丸井は、まるで狂犬のように乃亜を睨みつける。
「ご、ごごごごごめんなさい。」
想像以上に敵意剥き出しの丸井に、乃亜は素でへこむ。
くそう、なんなんだ、今日の立海は。ブン太は噛みつきそうな顔してるし、仁王さんに関してはまずいやしないし、・・・まぁゆっきいは入院中だけど。
全っ然つまらない!
もとを辿れば手伝ってくれ、と連絡をくれたのは柳だ。
柳に目をやる。
「崋山はスコア付けを頼む。」
「はいよー。」
全くこちらを見ていなかった。
「ちきしょ!」
仁王さんいないなら話にならないと思いません?!教子の方に目をやる。
「あ、あの・・・この間はすみませんでした。いきなり大好き、だなんて・・め、迷惑でしたよね。」
「い、いや・・・俺も・・・初めてだったから、」
い ち ゃ つ き や が っ て !
乃亜は非常に機嫌が悪かった。
けれど、ひとつだけ、思った事もあった。幸村がいなくてよかった、と。
そう思う自分にも非常に腹が立ち、1人コートから離れるのであった。
「・・・あいつ」
「・・・どうした?」
そんな乃亜の行動を見ていたことりは小さく声を漏らしたが、横にいた柳は聞き取っていた。なんでもないよ、とことりは告げて、ノートを手にした。
乃亜は機嫌が悪いらしい、気に入ってるブン太には敵意剥き出しにされ、仁王に至っては、いやしない。
ブン太といえば、前、ガムくれたよね。自慢してやろうか。
最近自由な行動が目立つ。運動部にいたはずなのに、団体行動出来なさすぎ。
食事は食べないからとすぐに席を外す。
洗濯やドリンク作りの時は、終わったらどこかで寝る。
しまいには四天宝寺の時、皆が探しに行ったというのに、見つかって早々保健室で寝るし。
・・・寝てばっかだな。
言おう言おうとは思っているのだが、乃亜は気分屋で頑固だ。一回で聞くような子じゃない。長年一緒だからわかる。
アタシは干渉しない事にしている。ひとりっ子だからなのか、まわりが読めていない。・・・読めていないし、自分を読ませない。
「考え事か?」
柳は黙り込んだことりを覗き込んだ。ことりは「なんでもないよ。」と笑顔で返した。
それに対して柳はそうか、と短かく答えた。
「この世界には慣れたか?」
「まあまあかな。」
そう答えれば、柳はまた、そうか、と答えた。
ふと疑問が生じる。
「・・・柳ってさ。」
「何だ?」
「寡黙だよね。」
口数が少ない。
「崋山も無口だろう?」
う・・・。否定は出来ないな。
「データマンなんでしょ?もっと根掘り葉掘り聞いてくるかと思った。 」
そう言えば柳は目を開く。開眼すんな。びびる。
「目くらい開ける。」
「それはごめん。」
心が読めるのか?それともアタシ自身顔に出てるのか?
「根掘り葉掘り聞いても構わないが、崋山自身、好まないだろう?」
「・・・そうね。」
「佐倉辺りは押しに負けて答えそうだが、・・・そうだな、荒波も違う。」
そうか、観察眼が並外れてすごいんだ、この人。本当に同い年?氷帝にはいないよ、このタイプ。
・・・多分。
「俺が思うに、お前達3人・・・
表面上で仲良しを演じていないか?」
そして質問も唐突だった。
表面上?どうしてそんなことを言うんだ?
「何で?」
「佐倉は2人を慕っているが、
崋山と荒波。お前達2人、」
「馬鹿なこと言わないでよ。」
本気で言ってるの?この人。
柳を見る。彼は開眼したままだったが、すぐにふ、と笑った。
「冗談だ。」
冗談を言う様なキャラでもない気がするが、変につっかかれば今度こそ根掘り葉掘り聞かれそうだ。
ことりはそ、とだけ返して丸井の方へ歩いて言った。
「・・・推測では無いはずだ。」
柳はそれだけつぶやくと、部室の方へと足を進めた。
「なあことりー、なんかお菓子持ってね?腹減って死にそうだぜぃ。」
「あ、崋山先輩!乃亜先輩見てないっスか?」
ベンチで今にも倒れそうな丸井と、落ち着きが無い切原と遭遇したことり。
「(また乃亜か。)
ごめん、わかんないわ。あとブン太、アメならあるよ。」
切原にそう答え、丸井にはミルクのアメを渡した。
丸井は「出来女!」と叫んんで嬉しそうにアメを頬張った。
一方の切原はとても残念そうな顔をしていた。
「せっかく乃亜先輩来てくれたのに・・・どこ行ったんだ。」
彼はそうつぶやき、とぼとぼとコートへ歩いて行った。
「・・・乃亜、か。」
ことりは小さくつぶやく。表面上で仲良しを演じてる。
どうしてそんな発想になったのだろうか。
・・・表面上、ね。
柳蓮ニ、か。これは相当に厄介な男かもしれない。
・・・いや、
「知られたところで、何か変わるわけじゃないし。」
それに、
アタシからではない。
今日はとても天気がいい。晴天。まさに晴天。
仁王さんはいないし、ブン太は激おこぷんぷ・・・ブンブン丸だから、やることは一つ。
「寝よう。」
氷帝も、鈴ノ宮もそうだが、立海も広い。五分くらいかなぁ・・・?ベストプレイスを見つけた。
大丈夫。まだまだ時間はあるし。
乃亜は目の前の木の下に腰を下ろす。汚れる、など意識には無い。
「・・・あれ?」
ふと前を見れば、5メートルくらい先に、銀髪がいる。
彼だ。
乃亜はしばらくその後ろ姿を見つめた。
部活はしないのだろうか。
「・・・はあ。」
深いため息をついた。
全ては第一印象で決まる、とはよく言ったものだ。まさに彼に嫌われた。避けられている。
つまり、それは。荒波乃亜にとっては酷くショックな事で・・・。
「・・・・・・。」
「お仕事は終えられたのですか?」
タイミングが良いのか悪いのか、何故この人なのか、乃亜は無視をした。
今、ちょっとブルーなんだから。
お前こそ、部活はどうした。
「私は委員の仕事がありましたので。」
これからです、と柳生は告げる。そんな柳生に、そ、と素っ気なく返事を返した。
「汚れてしまいますよ。」
「いい、大丈夫。」
それでも柳生は笑顔でハンカチを渡してきた。
下に敷けってか、良い奴か。
漫画の通り、紳士なんだな。
汚れを気にするくらいならそもそも座らない。
「また、彼ですか?」
目線の先に仁王さんがいるのを確認してから柳生は聞いた。
それも、「そ。」と短く返す。
「・・・彼のどこが・・・?」
不思議そうな柳生に目をやる。
そうすると彼はこっちに気づき、にこりと微笑む。
「かっこいいじゃん、詐欺師とか。」
「・・・はい?」
「だって、普段は普通の仁王雅治なのに、もう一つ、
ペテン師の仁王雅治もいるんでしょ?二つの名前が広まってるんでしょ?かっこいいじゃない。」
他にもいるだろう。真田も柳も柳生だって。もう一つの異名があるはずだ。それでもかっこいいなって思ったのは仁王雅治の方なんだ。
皇帝、参謀、紳士・・・ではなく詐欺師。
普段と全く違う人間になるっていうのに、本来の“仁王雅治”もきちんといる。
二つともみんな知っている。
「優等生の荒波乃亜も、問題児の荒波乃亜も、
何の意味もなかった。」
褒めてくれるでも、しかるでもなく。むしろ、いる事にも気づかれず。・・・それがどんな意味をもたらしたか。
「見てもらえないなら、いらないじゃん。だから、」
優等生も問題児も、
終わり。
頑張っていた自分が情けなくて。
終わらせたいのに、終えれない。
「・・・お父さん、」
名前すら、呼んでくれないよね。
「あ・・・あの・・・!」
教子は酷く混乱していた。この状況、どう過ごそう、と。
ボール拾いをしていたのだが、
うっかり足元にあるのに気づかず、踏んで転んでしまった。
かすり傷程度だが、
「少ししみるが我慢しろ。」
「は、はい・・・。」
保健室で手当をしてもらっている。真田君に。
手際の良い真田君を見ながら、心の中でごめんなさい、とつぶやく。
ジャッカル君が好きだから、立海も多少はわかる。真田君が、手当をしてくれるなんて、意外だったな。だって、柳生君とか手当してくれそう。いなかったけど。
そしたら柳君って感じがする。
「さ、真田さん、」
「何だ。」
「て、手当・・・ありがとうございます。」
「かまわん。」
口数が少ない人だなあ。試合中とかは怖いけど。
氷帝は、なんとなく私たちとギスギスしていて息苦しいけど、
立海はそんな事ないからちょっと安心する。
・・・一人一人が個性強すぎるけど。
「この間から思っていたのだが。」
「は、はい。」
真田君が正面に座る。
背が高いんだなぁ、やっぱり。
「その敬語とさん付けはどうにかならんのか?」
同学年だろう、と彼は続けた。
タメ口は、怖いよ。
「えと・・・」
「蓮二や幸村に、俺は怖すぎる、とよく言われるのだ。」
はい、怖いです。
真田君は困った様に言う。
「愛想がない、顔が怖い、声が大きい、」
あの人たちって仲良いんだよね?はっきりと、随分とはっきりというんだ。しかも、的確に。
「別に、他校生や女生徒と仲良くなりたいわけではないが、
こう、変に誤解されては、流石に気が落ちる。」
気にしてるんだ・・・。そうだよね。
「あの親睦会の日と今日だけしか会っていないのに、佐倉は俺に怯えている。第一印象がまずかったのか、別に怖がらせるつもりは無い。」
困った様に真田君は告げ、ちらりとこちらを見た。
そんなつもりが無い人に、怯えるのって失礼だよね。
た、確かに真田君怖いけど、いうほど怖くない・・・のかな。
「け、敬語、やめます。」
彼を見て、言った。
何かされたわけでも無いのに、距離を置くのは失礼だ。
「さ、真田、く、んは、その、確かに怖いなぁって思うけど、失礼だよね。そんなつもり無いのに。」
この無言も怖いんだけどね。
「でも、こうやって手当してくれるし、今みたいに怖がらせるつもりは無いって、言ってくれるし・・・。」
「・・・そう、だな。」
今も言葉を選んでるみたいだし、
「・・・優しい、人だよね。」
「俺がか?」
うん、と返事を返した。
そしたら真田君は困った顔をしていた。
「私でよければ練習台になりますよ、他の人と仲良くなるための練習。」
「早速敬語に戻ったな。」
「・・・あ!」
真田君はふっ、と笑った。・・・そんな顔するんだ。
「佐倉、今日は・・・その、」
「いえ、こちらこそ、ありがとう。」
「・・・ああ。・・・ありがとう。」
部活も終わり、跡部の待つリムジンの前で、真田はぎこちない笑顔を返す。
それに教子も笑顔で返した。
「弦一郎と佐倉は打ち解けたみたいだな。」
「そうだね。教子、怖くなさそう。」
それを柳とことりが見つめていた。
「崋山、」
「何」
どうやら崋山は、先程の発言で俺に警戒心を抱いたらしい。声色が少し違う。
「怒っているのか?」
「別に。」
そこは正直に怒ればいいと思うのだが、彼女なりの気遣いなのか。
「早々俺と会う機会は無いだろうが、跡部や忍足は鋭いぞ。」
あまり会わないこちらにでもわかるのだ。毎日会う奴らはもっと思っているはず。
「何が?」
「また言われたく無いなら、もう少し、うまく仲良しを演じた方がいい。」
「だからなに言っ、」
「ことりちゃん?どうしたの?」
佐倉の静止で崋山は冷静さを取り戻す。
仲が悪いなら、別に隠さなくてもいいと思うのだが、
何故そこまでして否定をする?
多分、荒波にも同じ事を聞いても、彼女の方が上手に隠すだろう。
見ていて、痛いんだがな。
「・・・じゃ、また。」
乃亜はちらりと仁王を見た。目があった途端に冷たくそらされた。へこむ。本当にへこむ。
「ちょ、仁王先輩冷たいっスよ!乃亜先輩!また来てくださいね!俺!楽しみにしてますから!」
「んー、ありがと。」
乃亜はもう一度仁王を見たが、一行に目を合わせない彼に肩を落としながら、リムジンの中に入って行った。
「どうでしたか、彼女は。」
リムジンを見つめながら告げる。
「どう、と言われましてもね。」
「いつまで変装してるつもりですか、ややこしい。」
柳生は無理やり仁王からウィッグを取る。
「プリ。」
「プリ、ではありませんよ、全く。今回といい、前回といい、代わって差し上げたでしょう?今度こそ、そのモヤモヤは取れたんですか?」
会って初日からの大胆プロポーズ、翌日には公開土下座。そして真っ赤になって逃げ出した女。自分の事をいらない、と言った女。
「そうじゃな・・・、」
そのモヤモヤは、
増していくだけ。
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