また、一難。
編入も無事に終わり、現在、屋上で昼食中。教子はため息をついた。
氷帝ってすごい広い!
鈴ノ宮も中高一貫校で、中々のマンモス校だったけれど、比じゃない。
「えと、改めて、佐倉教子です。よろしくお願いします。」
信じられない広さの氷帝学園に、教子はとりあえず考えることをやめた。再度自己紹介をしよう。深々と頭を下げる。改めてと言うべきか、今更と言うべきかの行動に、一同は手を止める。
「どないしてん?もう皆把握しとるで。」
「そーだぜ、教子。」
忍足と向日が不思議そうに聞く。
「バカみたいにでかい氷帝に混乱してるの。」
アタシもね、
教子に目を向けながら、ことりは言う。想像以上のお金持ち学校。お坊ちゃんお嬢様集団め。
・・・鈴ノ宮も負けてないけど。
けど、いろいろと、きつかった。
ほら、物珍しそうな目、好奇心と敵対心。
跡部景吾という男の存在感。
・・・女子の目が痛かったから、絶対よく思われてない。
「・・・めんどくさ。」
「崋山さーん?」
「あ、はいっ!」
横から滝が覗き込んでいた。くそ、美人さんめ!
髪もキューティクルが半端ないし。世の中平等なんてない。
男でそのキューティクルはない!
「崋山さんはよくぼーっ、とするね。」
滝はおかしそうに言ってから、また、アメをくれた。今日はぶどう味だ。
「・・・それよりな、誰も突っ込まへんから、言わんかったけど。・・・荒波さんはええの?」
申し訳なさそうに忍足が聞く。彼の目線の先には、体育座りで顔を埋めた乃亜がいた。
「・・・いーよ、いつものことだから。」
ことりは視線だけを向けたのち、お弁当をつつき始める。
跡部家から、彼を含めて4人で氷帝に来ているので、ピクニックなのかと思うほどの大きい重箱にご飯がたくさん入っている。
「お日さまがぽかぽかで眠くなるんだって。」
次は教子が答えた。卵焼き美味しい!と嬉しそうに食べる。
「あいつ、授業中も爆睡だったぞ、全部。」
跡部はそう言ったのち、軽く乃亜の頭を小突く。反応は無い。
「ほんま、よう寝るわ。」
「ジロー以上じゃね?」
「じゃあ俺も隣で寝るCー!」
「お前は起きてろジロー。」
テンポ良く話す忍足、向日、芥川、跡部に、ことりと教子は感心する。
仲が良いんだな、と。
しかし、全部寝ている、なんて、それはあり得ない。
鈴ノ宮でもそうだったし、まさか初日から寝るなんて。
それで成績優秀なのは、可笑しい。
「それより崋山、佐倉。こいつ飯食わないのは今に始まった事じゃないのか?」
「そうね。」
「ひどい時は今日はポッキー食べたしっ!て逆ギレされるよ。」
跡部の問いに、2人が答えれば、忍足がなんやねん、それ、と呟く。
「大きくなれへんで。」
「だいじょ、よく寝、からま成長k4〆×」
「言えてへんよ、おはよう。」
忍足の言葉に呂律が回っていないながらも返事をする
乃亜。中途半端に寝たから、寒い。軽く身震いをする。
「おはよう、乃亜ちゃん。」
「全授業爆睡とか、勇者ね。」
そんな乃亜に教子とことりは言う。乃亜は何回か身体をひねらせてから、んー、と答えになってない返事をする。
「お日さまがぽかぽかで眠くなるんだー。」
「それ、ついさっき聞いたで。」
「なん・・・だと・・・?!」
とりあえず忍足のツッコミに全力でリアクションをしたのち、目の前のお茶をすする。
「なんか食えよ。」
跡部はそう言いながら、お皿と箸を乃亜に渡す。乃亜はそれを受け取る事なく立ち上がり、んー、と伸びをする。
「いらねー!まだお腹減ってないから!」
「昨日何も食ってねえだろうが。」
「はいぃ?!ポッキー食ったし!」
「それもさっき聞いたで。」
忍足につっこまれ、乃亜はちきしょう!と軽めに言い、元の場所に座った。そして、嫌そうに卵焼きを取る。
「荒波さんはあんまりご飯食べないの?」
滝が不思議そうにことりに聞く。ことりは一旦箸を置いたのち、しばらく黙る。
「・・・面倒臭いんだって。」
「そうなんだ。」
確かに合宿中もいなかったような、と滝は思った。不健康だなぁ、とも。
「それだけか。」
「・・・寝起きだからね。」
「寝過ぎだろうが。」
跡部は冷たく言い放ち、乃亜のお皿におかずをいれていく。
「え、ちょっと、もういらないよ。」
食べれない。・・・いや、食べたくない。じぃ、とおかずを見ていれば、どこからか視線を感じ、振り向く。
あからさまに敵意剥き出しで、宍戸がこちらを見ていた。目が合えば、彼は聞こえない程度で舌打ちをする。
「・・・めんど。」
よく思ってないのはわかる。でも、あからさまに出すのやめようよ。つい出てしまった言葉に、宍戸の目つきは更に悪くなる。
あーあ、嫌われたな。ていうか刺々しいなぁ。
「ごちそうさまー。」
乃亜はそれだけ告げて立ち上がると、スカートを直し、歩く。
「乃亜ちゃんどこ行くの?」
教子が腰を上げる。それに乃亜はまた、んー、と答えになっていない返事を返す。
「もうすぐ昼休み終わるしー、トイレ!!」
それだけ言って、じゃあねー!と手を振る。跡部が呼び止めていたが、どうせ教室で会うんだし。・・・なんで同じクラスなんだろうか。
あのお金持ちの坊ちゃんは、失礼だけど、苦手・・・いや、嫌いだ。俺様ぶってて偉そうで。・・・どうせ、何も出来ないのに、まるで自分で全てやったような・・完璧にこなせて、支持率も高くて、信頼も厚い。学校1の人気者だ。そこが、嫌い。
「おい。」
しばらく歩いていれば、後ろから声をかけられる。声の主からして、わかったけれど。何を言われるのかも、わかっているけど。
「・・・何ぃ?」
とぼけるのは得意。
ヘラヘラした顔で宍戸に言えば、案の定、不機嫌そうだ。
「あんまり調子に乗んなよ。」
迷惑なんだよ。
はっきり言いのけた彼に、チクリと胸が締め付けられる。
迷惑、だとか、邪魔、だとか、もっとひどい罵詈雑言だってたくさん言われているけど、なれない。
「調子には乗っ」
「乗ってんだよ、でしゃばんなよ。」
目つきは最高に悪い。
態度にめちゃくちゃ出ている。
でしゃばってはいない。一応。
「あたしらが来た事によって、支障出るのかな?宍戸のテニスには。」
「あ?」
あ。すごい顔。
「・・・お前、うぜぇな。」
知ってる。
宍戸なんかに言われなくても、わかっている。
「あ、宍戸さん!!」
「・・・長太郎。」
鳳だ。
嬉しそうにこっちに走ってきた。
「こんにちは!荒波先輩!」
「ん、こんにちは。」
本当に犬っぽいな。ゴールデンかな。ていうか、タイミング悪いよ。鳳の登場に、宍戸はバツが悪そうな顔をした。流石に後輩の前じゃ何も言えないだろう。
「・・・お、お邪魔でした?」
すみません、と鳳は肩をすくめた。大丈夫だよ、と首を振る。
「先輩後輩で話し合いなよ、あたしトイレ!」
今度こそ宍戸を振り切って走った。だめだよ、簡単に邪魔とか言ったら。そういう汚い感情は心の中で温めて。
もう聞きたくない。
もう、散々だから。
せめてここでは忘れよう。一回忘れよう。
今は、忘れよう。
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