立海と氷帝
「・・・あんたね、好かれたいんだか嫌われたいんだかどっちなの。」
先程の乃亜と立海を見ていたことりは、呆れ顏で乃亜に告げる。
「そりゃあ嫌われたくないよ!でもね!好きだからといって抱きつけないよ!」
包丁の手を止める乃亜。
「丸井君?には抱きついてたのに、仁王君はダメなの?」
教子が味噌汁を混ぜながら言う。
「ブン太のは挨拶みたいなもん!仁王さんには・・・とにかく出来ないよ!」
「乃亜、手止めないの。
とりあえずしばらく大人しくしないと完璧嫌われるよ。」
乃亜を一喝してから、ことりは作業を再開した。
「私はね、青学。菊丸君?が足怪我しちゃって、医務室で手当てしたよ。」
教子がお皿を取り出しながら言う。今は夕飯作りをしている。
「菊丸ぅ?どうせアクロバットしてて、
にゃははやっちったー! とか言って足挫いたんでしょ。」
乃亜のセリフに教子は無言で頷く。当たっている。し、クオリティが高い。み、見てたのか?
「ことりちゃんはどうだった?」
少し急ぎ気味に教子は話をことりに振る。今日はみんな氷帝、青学、立海に別れて仕事をしていたので、出来事を報告しあっているのだ。
「・・・。」
「・・・ことりちゃん?」
ことりに話をふった途端、彼女は無言で動きを止めた。
それに教子は首を傾げる。
「なんもないわよバカ!」
「えぇっ?!」
「ことりがキレた。」
先程の滝との会話を思い出して真っ赤になることり。忘れていたのに!滝 萩之介、侮れない!
心の中で滝を睨みつけ、ことりは作業を無理やり再開させる。
「あ、もう出来てるんだ。」
そこに最初にやってきたのは立海。まだ15分前だというのに、行動が早い。それに、今は全員大浴場にいるはずなのだが、上がるのが早い。
「今から並べるから好きなとこ座って。」
ことりはそう告げて、おかずを盛り付ける。教子がいそいそとお皿を運ぶ。乃亜は味噌汁を注ぎ始めた。
「じゃあ俺はおかずを運ぼうかな。」
「うむ、俺もやろう。」
幸村と真田がお皿を運び始める。それについで柳と柳生は水を用意している。
「え、いいよ。アタシらの仕事だから、座ってなよ。」
ことりが慌てて止める。
「いや、やらせて。自分達のご飯だし。」
気づけば立海全員が運び始めていた。テニス以外でもチームワーク発揮してるんだな、と思いながらも「じゃあお願い。」と控えめに答える。幸村はにこりと微笑み、再開した。
「じゃあ私、サラダ盛り付けるね!」
「よろしく。」
教子が急いでサラダを盛り付ければ、そこには桑原と丸井。丸井は小さい声でうまそっ、と感激していた。
「デザートねえの?」
「あるよー、ことりちゃんがゼリー作ってくれたから。」
「天才じゃん!」
丸井は口笛を吹き、上機嫌で運び出した。嬉しそうだなぁ、と教子は微笑む。
「誰か味噌汁をお願いしたい!」
「・・俺やるっス。」
「ありがとー!」
乃亜のところには切原。少し、申し訳なさそうに。
「ワカメがワカメ運んどる。」
「あぁ?!喧嘩売ってんすか仁王先輩!熱っ」
仁王が少し離れたところから告げる。切原は仁王を睨みつけたが、味噌汁がかかり、跳ね上がる。
「大丈夫ー?」
そう言って乃亜がハンカチを濡らして渡す。
「仁王、サボらないの。」
「さ、サボっとらんよ。」
幸村にぴしゃりと言われ、幸村は慌てて柳生の水を奪い取る。柳生はため息をしたのち、仁王に譲り、ご飯を運び始める。
「わかめは入ってないよ。
手、大丈夫?」
「・・・っス。」
乃亜は切原の手をつかんで、触れたであろう場所を見る。火傷はしていないようだ。
「すみませんでした。」
切原が突然謝る。それに対して全員が彼を見た。言われた乃亜は口を開ける。
何に対しての謝罪だろうか。むしろあたしが謝らねば。部活荒らして。
「昨日・・・人間なのか、とか、失礼なこと・・・ほんとスイマセン!!」
今度は勢いよく頭を下げる。
「そんなこと気にしなくていーんだよ。」
そんなこと悩んでいたのか。そりゃあ誰だって思うだろう。いきなり知らない人出てきたら。しかも光と共に。宇宙人か化け物だと思うのに。
わざわざ謝るなんて。
「いいこだねー。」
そう言って乃亜は切原の頭を撫でた。その瞬間切原が頭を上げる。とっさのことに乃亜が後ずさる。
「ご、ごめん。嫌だった?」
そう聞けば切原は首を横に振って否定する。ほんのり顔が赤い。
「さすがモテモテ乃亜ちゃん。」
「よくやるわ。」
それを見ていた教子とことりが言う。
「え?」
「気にしないで。」
なぜか冷め切ったことりの表情に、教子はなにも言えなかった。悔しいことに、今彼女が感じている気持ちを察することが出来ない。
「だ・・・抱きしめてもいいっスか?」
「は、」
「いや、抱きしめるっス!!」
「ぉわっ!」
切原は勢いよく乃亜を抱きしめる。その時、その場にいた全員が同じことを思った。
「赤也にも春がきたな。」
「・・・赤也。」
「・・・たるんどるぞ。」
柳、幸村、真田が続け様に言う。
「こんなとこで盛ってんじゃねえよ。」
「立海は早いなぁ。あ、美味しそう。」
「なんや、準備終わってしもたん?」
そこに氷帝が入ってくる。跡部は呆れた顔で切原を見る。滝と忍足は準備が終わっていたことに驚いている。その後ろにいた他のメンバーと青学は和気藹々と椅子に座っていく。
「あーっ!!切原抱きしめてるー!ずりーっ!!」
「いって!突き飛ばすことないじゃないですか!」
「助か・・・あぶっ」
切原と乃亜を見かけた芥川は、二人を指差したのち、切原を突き飛ばす。そしてそのまま乃亜に抱きつく。
「・・・芥川さん。」
「ずっと寝てるかと思ったらなんなんだあの先輩は。」
「ひ、日吉っ!」
氷帝二年が呟く。そして相変わらず日吉の目は冷たい。跡部が芥川を引き剥がす。
「おまえは何やってんだ、ばかジロー。」
「はーなーせーCーっ!」
跡部が芥川を引っ張りながら跡部は席に座る。それを穏やかな表情で見ながら滝、呆れながら忍足、宍戸が座る。
「え?何、いつジローちゃんと会話したの?」
「し、ししっ、してないし!あいつずっと寝てたし!?」
急いでことりと教子の元に行く乃亜。芥川慈郎。この男、合宿中寝ていたはずだ。大好きな、あの、丸井がいるのに。
「えー、と、あれが芥川君。」
「そ。ジローちゃん天使。」
「そ。ことりの大好きな芥川氏。」
桑原以外興味が無い教子は、ポケットにいれていたメモ帳に必死にメモをとる。芥川君、金髪。
「そのメモじゃ覚えらんねえだろ。」
「きゃっ?!」
教子の横に立っていたのは向日。メモを見ながらため息をつく。そしてペンで付け足す。寝坊すけ。と。
「・・・寝坊助さんなんだ?」
「これで覚えやすいぜ!あいついつも寝てっから!一緒に飯食おーぜ!」
向日はそう言って教子の手を引く。教子はびくりと肩を揺らしたが、うん、と返事してついて行った。
「・・・すごいな、向日。」
2人を見つめたあと、ことりは近くの椅子に座る。
「うっめー!超うめーよ!これ!!」
「あ・・・ありがと。」
既に頬張っている丸井に、ことりは呆然としながら答えた。
「全部崋山さんがお作りになられたのですか?」
「いや、みそ汁とサラダは乃亜だよ。」
美味しいです、と柳生は笑う。
ありがとう、と短く答える。
「えー・・と、ことり・・・だよな!すっげーうまいわ!おかわり!」
「ちょっ、丸井先輩早すぎっしょ!」
あまりにも美味しそうに食べてくれる丸井に、ことりははいはい、と返事をしておかわりを取りにいく。
「食べないの?」
「んー。みそ汁飲もうかな。」
「・・・そ。」
キッチンで座っていた乃亜に茶碗を渡し、次いでもらう。短い会話だけを交わす。
「たまにはちゃんと食べなさいよ。」
「・・・明日は食べるよ。」
荒波乃亜は食べることに執着が無い。彼女は軽めの返事をしたのち、空いてるお皿を洗い始める。ことりはため息をして、テーブルに戻った。
準備は立海にだったので、片付けは氷帝だった。と言っても、片付けは個々で運んだので、皿洗いと棚に戻すこと。
折角人数がいるので、片付け組と明日の朝食の仕込み組で別れる。
「明後日から氷帝生になるんだよな?同じクラスだといいな!」
向日はお皿を拭きながら、嬉しそうに言った。
「偏差値高そうだなぁ。」
「跡部の親戚設定なんやから、試験とか無いんちゃう?」
「そうかな・・・でも心配だなぁ。」
教子は困った顔で、言いながらお皿を洗う。成績トップクラスの教子ではあるが、かなりの心配性でもある。
跡部も忍足も見るからに秀才そうだ。頑張ろう、と心の中で気合を入れて、彼女は仕事を再開した。
「明日はここの掃除して終了だ。マネージャー3人は家につく前に編入手続きと生活品買いに行くぞ。」
「わかった。」
「はーい。」
ことりと乃亜の仕込みを手伝いながら、跡部は言う。
跡部財閥所有のこの合宿場だが、普段は貸し出しをしている。
今回みたいに合宿で使う時はお休みにしているが、合宿が終われば直ぐに開けるので、使った分、掃除をするのだ。
メイドさんや業者に頼まないのは、自分達で使い、片付けさせるため。そうすることで部員たちの絆が深まると思ったからだ。
「(跡部ってもっと俺様俺様してると思ってた。)」
乃亜は心の中で思いながら、つい、跡部を見る。
「・・・何だ。」
「・・・いや、跡部ってさ、」
顔が整いすぎてるよなぁ・・・。
その顔人殺せるよ。
「・・・だから何だ。」
「・・いや、一番は仁王さんだな。」
「は?」
仁王さんに、嫌われてしまっただろうか。いや、嫌われたんだろうな。ゆっきぃは無駄に優しいんだけどなぁ。
「し、しかし、おおおおお風呂上りの仁王さんはイケメンだった!いや!もともとイケメンだけど!!」
思い出した乃亜は包丁をバンバンと激しく打ち付ける。
「・・・は?」
先ほどから は?しか言えない跡部。そしてため息をつくことり。また、始まったよ。
「せ、せせせせっかくだから抱きしm○×°#qk・・!!」
「後半かんでてようわからんで。」
テンションが上がった乃亜はもう日本語を喋っていないが足までバタつかせる。
お昼、意外と近かった。距離が。思い出し、赤面する。
「乃亜ちゃん。それを言うならジャッカル君だよ。」
呆れた、と言わんばかりの顔で教子が言う。お前もかよ、とことりは脳内でつっこむ。
「ジャッカル君のお風呂上り!素敵だったよ!」
「あいつ毛ねぇからお風呂上りとか変わんねーよ!仁王さんだよ仁王さんのあの若干濡れた銀髪・・・かっこいいー!」
「ちょっと乃亜ちゃん失礼なっ!わからないかなぁ?あの魅力が!!」
2人の会話はヒートアップしていく。流石にそこまでじゃないだろう、と思っていたが、実際目の当たりにすると、呆然と見つめるしかなかった。
「何やの、熱狂的やんか。」
「荒波さんのは見たけど、佐倉さんもすごいね。」
「おい、崋山。止めろ。」
忍足、滝、跡部が言う。ことりははいはい、と返事したのち。ダンッ、と包丁を勢いよく振り下ろす。
「いい加減にしなさい!2人とも!」
「「 ひっ・・・」」
その勢いの良さに、2人して姿勢を正す。崋山ことり、まるで保護者。
「一番はジローちゃんでしょうがっ!!!」
「 「 「・・・・・・。」」」
訂正。類は友を呼ぶ。
考えることは同じである。
「ごめーん。俺乃亜派だからー。」
そして全員が凍りつくのであった。
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