混乱と包容。
嵐のような一日だったな・・・。ことりは昨日の事を振り返りながら、今日はスコア付けに取り込んでいた。
昨日は結局、跡部のお母さんによって、居候先が、跡部家へと変更した。なんか、本当は孤児院を建設したかったんだとか、だから、身寄りが無いのがほっとけないんだって。興味だって。
ちなみにご飯は跡部母の引き連れていたメイドさんが作ってくれた。結局カレーだった。
肉じゃがじゃなかったのか。
あと、合宿場に来たのは、丁度今日は日本で仕事だったから、らしい。いつもは海外を飛び回ってるとか。・・・忙しいんだな。
ひとりぼっちだから、心配なんだって。でも、イケメン好きは本当らしく、やたら手塚とか、忍足とか、柳とか勧めてきた。息子はあの俺様治さなきゃ無理でしょ、って。
面白い人。・・・跡部百合さん、いい人。
「・・・崋山さん、大丈夫?」
「・・・え。」
ぼーっとしてない?
滝は心配そうに聞いてきた。今は日吉と滝の試合のスコア係だった。 大丈夫、と短く返せば、滝はにこりと笑った。逆に日吉の目は冷たい。
「辛かったら言ってね。この世界に来てまだ2日目だし、マネージャー業も2日目。無理は禁物だよ。」
そう言って滝はコートに戻る。滝 萩之介。乃亜曰く、まだ、彼はレギュラーらしい。まだ、と言う事は、いつか落ちるのだろうか・・・。
「そこ、間違えてますよ・・・。」
横から鳳が申し訳なさそうに言った。本当だ。・・・危うく得点詐欺をするところだった。危ない。
「ありがとう。」
「いえ。」
会話が終了した。鳳は昨日と同じでそわそわしている。時折こちらを見てくるから、見返すと、直ぐに視線を逸らされる。
・・・あぁ、そうだよね。
「怖いよね。」
「・・・いえ、そんな。」
試合を見ながらことりは言った。それに対して鳳は、わかりやすく動揺した。
「アタシは怖いよ。いつ帰れるのかな、って。なにもわからない。右も左も、これからどうすればいいのかも。」
「・・・・・。」
「俺は怖くないよ。」
鳳は黙ってしまったけれど、その代わり、滝が返事をしてきた。笑顔で、少し息を切らしながら、彼は隣まで来る。
丁度試合が終わり、6−4で滝の勝利。大量の汗と、息切れの凄さで、相当大変な試合だったことが伺える。
はい、とドリンクを渡せば、彼は相変わらず笑顔で「ありがとう。」と答えた。
日吉にも渡そうとしたら、彼はそそくさと去ってしまった。年下のくせに、可愛げがないな。
「滝さん。」
鳳が控えめに呼ぶ。
「チョタってば、昨日の球拾いの時からおどおどしてるんだもん。見てるこっちが気まずいよ。」
滝はそう言うと、ドリンクを口に含む。鳳はうっ、と唸る。
「確かにチョタは怖いかもね。いや、普通は怖いのかも。
でもさ、崋山さん達はもっと怖いと思うんだ。俺たちからすれば、知らない人がきた、だけ。でも崋山さん達からすれば、知らない世界、に来たんだ。
場所も人も、何もわからない。全部知らない。
頼れるのは友達と自分。味方はいない。俺たち以上に不安なんだよ。」
滝は鳳に言ってから、ちらりとことりを見た。鳳が無言で頷けば、滝はにこりと微笑んだ。
「俺達、出会しちゃったんだ、出会ってしまったんだ。だったら味方になってあげよう?せめて、元の世界に帰れるまで。」
先輩は大人だなぁ、鳳はそう実感して、また、頷く。
「滝、優しいね。ありがとう。」
ことりは笑顔で滝に言った。すると滝は突然真顔になって見つめて来た。
「な、なに?」
今、まずいこと言っただろうか?
少しの不安を抱きながら、ことりは滝に言う。鳳はその様子を不安そうな顔で見ている。
お構い無しに滝は告げる。
「それにこんなに可愛い子が怪しいとは思えないし。」
「・・・・・・。」
「・・・。(今さらっと凄いこと言った。)」
滝の言葉に、ことりはしばし沈黙するのだが、反応はすぐに顔に出る。
「か、・・・可愛い・・・とか・・・・・・ばかっ!!」
真っ赤になりながら否定しようとしたが、それよりも照れが優ったのか、彼女は真っ赤な顔のまま走り出した。
「あはは、照れたー。」
どこか満足そうな滝を見て、鳳はやっぱり大人だなぁ、と改めて実感した。
「昨日は大変ご迷惑をおかけいたしました。大変申し訳ございませんでした。」
荒波乃亜は、仁王雅治の前で座り込み、頭を地面につくほどギリギリまで下げていた。
いわゆる土下座である。
コートの真ん中で土下座をする彼女は、立海だけでなく、氷帝、青学にも注目を浴びている。
「・・・乃亜?どうしたの、突然。」
そこに声をかけたのは部長、幸村。彼女と同じ低さまでしゃがむ。一方の仁王雅治は、どうすればいいのか、動揺が隠しきれず、助けを求めようと柳と柳生を交互に見た。
「いやー、ちょっと暴走しすぎたと思いまして・・・。」
「と、とりあえず顔上げて。」
昨日の暴走ぶりを改めて反省する乃亜。反省中のため、頭は上げない。しかし、あまりにも突然の行為だったので、幸村も焦り顔で言う。
「いいえ!上げません!!上げませんともこの荒波乃亜は!」
声を張り上げて言う乃亜だが、頭は地面に向けたままだ。張り上げた声が全く響き渡らない。まるでいじめてるみたいだ。
困ったなぁ、と幸村は仁王を見る。
「う・・・。やぎゅ、」
仁王は幸村には甘い。というより、立海テニス部は頂点である幸村にはとことん甘い。そして、引け目を感じているメンバーが多い。最強にして脆弱。
優しくて弱い彼に、彼らは敵わないのだ。
そんな幸村に目で訴えられた仁王は、耐えられずに柳生に助けを求める。
「わかっているでしょう?」
はぁ、とため息をして答える柳生。名ばかり紳士め、と仁王は心の中で悪態をつく。
そして柳をみれば彼はただにやりと口角をあげるだけだった。
「・・・う、」
「・・・乃亜、服が汚れちゃうから。ね?」
唸り声しか上げない仁王に、幸村は困った顔をしながら視線を乃亜に戻した。
相変わらず彼女は頭を下げたままだ。意外と頑固だ。
「・・・あ、ほら。丸井の事も好きだったよね?」
「え・・ちょ、幸村君。」
仁王は諦め、そういえば丸井の画像もあったな、と幸村は思い出す。突然自分の名前を呼ばれ、食べようとしたガムを落としてしまう丸井。
「・・・うん。」
少しの間を置いて、乃亜が答える。すると幸村はにこりと微笑み、
「仁王には後で言っとくから、とりあえず丸井と話してみたら?」
と言った。
幸村の発言に、丸井の顔は青くなる。こいつやばいじゃん?!めっちゃストーカーじゃん?!え?俺のとこ来るわけ?!仁王のせいで?!
「てんめぇ仁王ー!!」
「いだだだだ、髪を引っ張るんじゃなか。」
昨日の暴走を見ていたため、あれが自分に回って来るのだけは勘弁して欲しい丸井は、とりあえず仁王の後ろ髪を引っ張る。チギレロ。
まるで狂犬のように仁王に攻撃する丸井を桑原と柳生が2人がかりで止める。
「丸井、大人しくしないと真田の裏拳食らわすよ。」
「ゆ、幸村君・・・そんな。」
真田の裏拳の恐ろしい事恐ろしい事。丸井は涙目になりながらも乃亜に近づく。
「.・・・い、いいんですか?」
「お・・・おう。」
遠慮気味に乃亜が聞く。真田の裏拳よりはマシ。裏拳よりはマシ。こ、こいつ、殴りはしないだろうし。
自分に言い聞かせるように、丸井は嫌々返事をした。
「・・・じゃあ、失礼します!」
「うおっ?!」
のそのそと立ち上がった乃亜は、断りをいれてから、
抱きついた。
予想していなかった出来事に、丸井は硬直。部員はあんぐりと口を開ける。
「なっ、なななっ・・・?!」
「・・・乃亜?」
そして状況を理解した丸井は頭の色と同じぐらい顔を真っ赤にさせる。つい幸村が名前を呼ぶ。
「・・・ふ。ハグごときで真っ赤になるとは。可愛い、いや、きゃわいい・・・いや!君かわうぃーね!!」
「・・・は、はあ。」
ブン太に抱きつき、乃亜のテンションは上がる。仁王が少しずつ後ろに離れるのを、幸村は笑顔で捕まえる。
「ナイスぷにぷに、ぷに。え?いや、ちょっとガチで64sぷに?」
運動部。ガチガチの筋肉バカかと思えば、程良い、いや、少し多いかも知れない。肉がついてる。ぷにぷにの。
「・・何で知ってんだよ。」
「乃亜語尾がぷにになってるよ。」
「・・・公式・・・だと?」
丸井、幸村、そして乃亜がテンポ良く言う。そして乃亜は丸井から離れる。
「王者立海あろうものがぽっちゃりだと?バカな!バナナ!!」
「・・・幸村君、こいつうぜえよ。」
丸井が不機嫌そうに言うと、幸村君はあはは、と笑うだけ。そして、複雑そうな顔で見つめる。
「・・ちょっとやだな。」
「何か言いましたか?幸村君。」
「・・・なんでも無いよ。」
柳生の問いかけをよそに、幸村は乃亜を見ている。それを見た柳は乃亜に目を向ける。そして仁王を引っ張りながら、彼女の前まで歩く。
「さ、参謀・・なに、」
「黙っていろ。」
冷たく言われ、仁王は又、うっ、と唸った。それを見て、丸井は乃亜から離れて、桑原の元まで逃げる。
「・・・荒波。」
「・・・はい、」
柳は短く言うと、乃亜を見つめる。そしてふと思う。小さいな、と。その割には、中々の暴走女だ。
「なんでしょう、柳氏。」
呼び名に対し、柳はピクリと眉を動かしたが、それ以外は何も言わず、仁王を突き出す。
「「 え。 」 」
仁王と乃亜の声が重なった瞬間である。仁王はとっさに後ろの柳を見た。
「俺が許可しよう。抱きついていいぞ。」
仁王は絶句した。イマナント?柳を見る。口元がニヤついている。
「さ、参謀!お前さん俺を売るんか?!」
「ハグぐらいいいだろう?死ぬわけじゃない。」
「それはどうかわ、」
からんぜよ、と続けようとして乃亜見た。彼女は仁王を見たまま、大丈夫かと思うほど顔が真っ赤になっていた。
「・・・なんじゃ、」
「・・・・・・。」
その様子を仁王は怪訝そうに見る。それを見ながら柳は何かを考えた後、幸村を見た。超見てる。幸村超見てる。
「・・・やぎゅ。」
真っ赤な乃亜に戸惑い、仁王はまた柳生に助けを求める。
「一々私を呼ばないでください。」
冷たい一発を食らう。渋々乃亜に目線を戻せば、彼女は下を向いていた。わかるのは、耳まで真っ赤ということ。
「・・・なあ、」
「っに・・・に、お、う、さん、」
引き気味に声をかければ、乃亜は凄く小さい声で言う。流石に聞こえ辛いので聞き取ろうと彼女の背まで少し屈むが、顔を見て彼も固まった。
涙目。
「に、仁王さんにはハグできないっ!!」
「あ、乃亜っ!!」
目が合ったと同時に彼女は言い放ち、凄い早さで立海コートから飛び出した。とっさに幸村が名前を呼んだが、彼女は一切振り返らなかった。
「・・・なるほどな。」
柳がつぶやく。
「・・・わけわからん。」
仁王は首を傾げながらも、複雑な顔で、乃亜の背を見つめていた。
「今、四月なんだぁ・・・。」
昨日ことりちゃんと乃亜ちゃんが騒いでいた。そういえば主役のリョーマ君がいない、とか。宍戸?君の髪がまだ長い、とか。時間軸がわからないって。
そこで、何と無く聞いてみた。横で鼻歌交じりで楽しそうな彼に。
「そだよーん。合同合宿って言ってるけど、どっちかっていうと親睦会だねー。」
菊丸英二、と言った彼は、先ほどの練習試合で足をくじいた。
にゃはは、やっちたー! なんて軽い口調で言われ、二人で医務室に向かった。軽くくじいただけだから、今日は動かなければ直ぐに治る。
「えーと、つまり、3年生になったばかりなんだ?」
「うんにゃ。佐倉っち達のところは違ったの?」
「うん。私たちのとこは卒業式の2週間前。」
進路も決まり、もう遊ぶだけの気楽な期間。クラスで思い出を作る期間。塾も部活も終わってて、ことりちゃんと乃亜ちゃんと遊びまくる、贅沢三昧だね。
「卒業間近って、約一年巻戻っちゃったの?!また進路とか、だるそうだにゃー。」
菊丸君はうげえ、と嫌そうな顔をした。とりあえず、さっきからでる、にゃ、が気になる。凄く気になる。
「そうだね。でも、いつまでいれるかわかんないから、とりあえず今だけは楽しもうかな。」
確かに今日目が覚めても、この世界だった。まだ、この世界だった。帰り方がわからないから、いつ帰れるのかわからないし、方法もわからないけど、
とりあえず、
今は楽しみたい。
進路バラバラだから。
ことりちゃんは美容師になりたいんだって。だから専門学校。違う県の学校に行くんだって。さみしいけど、ことりちゃんは楽しそう。
乃亜ちゃんは、高校に行くって言ってるけど、うやむやに流すんだ、お別れか、とか、クラス同じかな、とかよくわからない事を。鈴ノ宮はエスカレーター式だからこのまま上がれるのに、会う人会う人に違う事を言う。なんで誤魔化すのかわからないけど、彼女はよく誤魔化すし、結局、まだ聞いていない。信頼、されてないのかな。
「大丈夫?」
菊丸君が心配そうに聞く。・・・顔に出ちゃったかな。いけないいけない!マネージャーはサポートをしなきゃ!迷惑かけちゃだめ!
「大丈夫大丈夫!ご、ごめんね!卒業したらバラバラだったから、ここに来れてラッキーだなぁ!」
Vサインを彼に向ける。なんか、しんみり考えてたから、うまく笑えない。たぶん、笑ってない。
だって、困った顔してるから。
「強いね、マネージャー。」
菊丸はそう言って、教子の手を握った。慣れない出来事に、教子は硬直する。
「俺は寂しいってだだこねちゃうな、多分。だからマネージャー凄いよ!」
「わ、私なんて、口だけだよ。」
「そんなことないよ。ここにいる間、俺達との思い出もいーっぱい作ろう!」
菊丸は手を離すことなく、笑顔で告げる。
「せっかく会えたんだし!氷帝なんて近くだし!いっぱい遊ぼうよっ!」
決して会う事のなかった、この奇跡に。いつまでいるかわからない不安に。
教子はほんの少しだけ、口角を上げた。凄いポジティブシンキングだ。
励ましてくれてるのか、単純に喜んでくれてるのか、わからないけど、少し、安心した。
そんじゃー!
と菊丸は声を上げ立ち上がり、おもむろに医務室の机を漁り出した。何度か引き出しを開け、取り出したのは紙とペン。彼はまた鼻歌交じりで何かを書き出した。
楽しそうな人だ。
教子は少し乃亜を連想しながら、微笑む。
「ほいっ!」
「・・・え、」
「俺の連絡先!メール待ってるよーん!」
ありがとう、と戸惑いながらも教子はお礼を言ったが、少し、困っていた。
携帯が、使えないのだ。
乃亜のは取り上げられたのでわからないが、ことりと教子の携帯は圏外。おまけに文字化け、時計もずっと0:00のまま。
言おうか言うまいか迷っていた時、
「英二!そろそろ戻らないと手塚がカンカンだぞ!」
「おーいし!ま、まじぃ?!」
そこに現れたのは大石。菊丸君は跳ね上がり、いってー!と唸りながらひょこひょこと歩き出した。捻ったかな?
「ごめんね、佐倉さん。英二が迷惑かけて。」
「ううん、そんな事ないよ。」
大石が申し訳なさそうに頭を下げれば、教子は優しく告げる。私は洗濯をしなくちゃ。
「じゃあまたあとでね、佐倉っち!」
「あ、うん。無理は禁物だよ。」
ひらひらと手を振る菊丸に、教子も手を振り返す。そして2人は慌ただしく出て行った。
「・・・思い出かぁ。」
誰もいなくなった医務室で教子はぽつりと呟いてから、電気を消して部屋を出た。
中学最後の思い出作りを。
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