6月9日



+おおきく振りかぶって・栄口勇人
*野球部マネージャー。栄口視点。 誕生日。


***


「あ。栄口くん、巣山くん!」

昼休みも終わりに近づいた頃。次の授業の場所に行く為に教室を出て巣山と廊下を歩こうとした時、俺と巣山の事を呼ぶ声が聞こえてそちらの方を振り返る。視線の先には同じ部活のマネージャーをしてくれているみょうじの姿。
みょうじは篠岡に会いに行った帰りだったのか、その手にはペットボトルとお弁当箱が入っているであろう袋を持っている。

「おー、みょうじ。なに、篠岡に会いに行ってたのか?」
「うん。千代ちゃんと一緒にご飯食べててねー、それで色んな話しで盛り上がりまして」
「色んな話し?…って?」

みょうじの言葉に疑問に思って首を傾げてみる。まあ、女子の言う「色んな話し」って本当にいろいろありそうだから、あんまり聞いちゃいけないかなとは思ったけど。
俺からの疑問にみょうじはにこにこと笑顔を浮かべながら、手に持っていた小さい袋を漁り始める。なんだろうと首を傾げてみていれば不意に名前を呼ばれた。

「な、なに?」
「今日誕生日なんだってね?おめでとう!」

そういいながらポケットから差し出されたのは小袋に収まっている何枚かのクッキーだった。唐突なみょうじの行動に思わずぽかんと開いた口が塞がらない。

「え、あれ?今日、じゃなかったっけ?」
「いや、うん。今日なんだけど…。あれ、俺教えたっけ…?」

何も返さない俺が予想外だったのだろうか、目の前にいるみょうじは少しだけ焦りを感じているような表情を浮かべて自分が持っているクッキーと俺を交互に見てくる。
そんなみょうじを見ていたら自然とこっちが冷静になってくる。と、同時に誕生日が今日だという事を伝えれば今度は安堵の表情を浮かべられた。

「さっき千代ちゃんに教えてもらったんだ!で、昨日作ったクッキーをと思って…。栄口くんがよければ貰ってほしいなーなんて…」

こちらを見ながらみょうじはクッキーが入っている小袋を俺に差し出してくる。断るなんてするわけなくって、有り難くみょうじから小袋を受け取った。これは予想以上に嬉しい…!

「ありがとうみょうじ!」
「いえいえ。受け取ってもらえて良かった!じゃあ、二人ともまた放課後ね」

笑って自分の教室に去っていくみょうじの後ろ姿を巣山と一緒に眺める。
次の授業の教室まで歩き始めて、巣山と他愛ない会話をしている間も先程の事が嬉しくってついにやけてしまいそうになる。そんな俺を巣山が見逃すはずもなく、苦笑いを零された。

「栄口、表情に思いっきり出てんぞ」
「う。いやだってつい…」
「…そういえば、そのクッキーみょうじの手作りって言ってたよな?」
「ああ、うん。そういってた」

巣山からの言葉に思わず頷き返す。みょうじの手作りって前に篠岡から聞いた時にすっげー美味しいって聞いてるし。思わずまた緩みそうになる頬を引き締め直して、隣にいる巣山に視線を移すとじっと俺の事を見ていた。

「なに?」
「いや、俺が誕生日の時は別のもん貰ったんだけどさ」
「うん」
「手作りって、よくよく考えれば特別な相手にしかあげねーもんじゃないかな、って思っただけ」

巣山からの一言に言われてみれば、と納得する。と、同時に一瞬にして頬に熱が集中した。それに、みょうじはこれをくれたときに少しだけ頬が赤くなっていたようにも見えた。
いや、まさか。そんな気持ちと、巣山が言うように少しだけ期待に満ちた瞳で彼女がくれたクッキーを見つめる。
…今日の帰り、一緒に帰るの誘ってみようかな。なんて思いながらも早くなっていく動悸は落ち着きそうになかった。





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