揺れる傘 揺れる恋



+暗殺教室・磯貝悠馬
*菅谷の幼馴染み。ヒロイン視点。


***


「うわ…」

目の前で降りしきる雨を見つめながら思わず嘆いてしまった。タイミングが悪いとはまさにこの事だ。

今日は出された宿題をたまたま教室でやっていて、ほぼ終わらせてから下駄箱に向かってみれば、私が帰るのを待っていたかのように、ポツリポツリと雨が降り始めた。
少しだけ雨足は強く、これは走って帰るのは無理そうだと悟る。…タイミング悪いな…私。
折り畳み傘も無く、幼馴染みの創介くんも今日は三村くん達と出掛けると言って先に帰ってしまったし、仲良しの女の子みんなも今日は既に帰ってしまったようで。

「…濡れるの覚悟で、走って帰るしかない…かなあ」

よし、と一人意気込んでカバンを肩に掛け直し、持っていたタオルを頭に被る。気休めくらいにしかならないとは思うけどそれでも無いよりはマシだと思うし!

いざ走り出そうと靴を履いて、雨に向かって走り出そうとした瞬間。

「あれ、みょうじ?」

誰かに声を掛けられて思わず足を止めてしまう。それは聞き間違えるはずもない、私の想い人の声で、ゆっくりと振り返ればそこには不思議そうな顔をした磯貝くんの姿が目に映る。てっきり帰ったと思ったのに、なんで磯貝くんが残っているんだろう?
疑問が思いっきり顔に出ていたのか、磯貝くんは可笑しそうに口元を緩めて笑い「殺せんせーに聞きたい事あったから、教務室でずっと聞いてたんだ」と返事をくれる。なるほど、この時間までいたのはそういう事だったんだ。

「で、みょうじは?」
「私は教室で今日出た宿題やってて、帰ろうと思ったらこの有り様で…」
「タイミング悪かった、って事か」
「そういう事、です」

磯貝くんの言葉に思わず苦笑いを浮かべてしまう。
本当に、いつもタイミングが悪い。雨が降るって時に限って今日は傘を忘れてしまうし、…でもまあ、大好きな磯貝くんにタイミングよく会えたから今日はまだ良い方…なのかな?

「それで、走って帰ろうとしてたのは…」
「傘忘れちゃったから。濡れて帰ろうかなって思って」
「それだとみょうじが風邪引くだろ?」
「え。でもほかにないし…」

きょろきょろと周りを見渡してみても、傘のようなものは一本も見当たらない。どうしようかと磯貝くんを見てみれば、手元には一本の傘。
それを徐に開き、私の方に手を差し出す磯貝くん。これはえっと…。

「磯貝、くん…?」
「濡れちゃ困るだろ?一緒に帰ろう」
「で、でも私なんか入ったら幅取っちゃって磯貝くん濡れちゃうよ…」
「みょうじがそんなに幅取るとは思わないし。それに、俺は気にしないから。な?」

優しく笑ってくれて、手はずっと差し出したまんま。否定するのも申し訳なくて、恐る恐るその手を取って、一緒の傘に入れてくれる磯貝くんは、本当に格好良い。

「ご、ごめんね…お邪魔します」
「どうぞ。ついでに送っていくよ。もう遅いし周りは暗いし」
「え!そこまでさせられないって…!」
「いいって。むしろ心配だから送らせてくれないか?」

取られていた手はそのまま転ばないようにかギュッと握られて、至近距離で言われてしまえばこれ以上否定なんてできなくて。

「じゃあ…お言葉に…甘えて…」
「ん。よし、じゃあ行くか」

手を握られたままゆっくりと歩き出す。隣に、至近距離に磯貝くんがいるって考えるだけで頭の中が真っ白なのに、更に相合傘をしてしまっている上に手も握られている。

「(夢、じゃ…ない…!)」

握られている手をゆっくりと握り返して、現実であることを改めて実感する。恥ずかしさとか緊張とかいろいろ思ってしまったけど、それ以上に嬉しい気持ちが勝っている。

「…磯貝くん」
「ん?」
「あの、あ、ありがとう…!傘、入れてくれて…」
「ああ。どういたしまして」

先程から告げたかった言葉を口にしながら磯貝くんの方を見れば、彼もこちらを見ながら笑みを浮かべてくれる。その笑みに更にドキっと心臓が高鳴った気がした。

「(…一人で宿題してて、たまにはよかったかもしれないな…)」

磯貝くんの手の温もりに触れながら一人ぼんやりと考えてしまう。我ながら単純思考だとは思うけど、今日ばっかりはしょうがないと思うんだ。

この後も退屈しないように磯貝くんは私に話題を振ってくれながら、二人で帰路をゆっくりと歩いていく。そんな中でも私の心臓のドキドキは、落ち着きそうに無かった。






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