ほんの少しだけ甘えてみた



+暗殺教室・磯貝悠馬
*クラスメイト、恋人。ヒロイン視点。


***


体調を崩してしまったのは、いつぶりだろうか。それこそ、中学に入ってからは初めてな気がする。

朝起きたら異様なくらいの気だるさに襲われ、更には頭痛もしてきて起き上がったベッドに逆戻り。身体が熱いからまさかと思って必死にベッドから這い出て、体温計を手にし熱を測ってみれば、滅多に出ない熱も出ていた。
ぐるぐると天井が回って見えるのは、きっとこの身体のだるさと共にやってきた少しの吐き気とずきずきする頭痛のせいだと思う。

目を瞑っても頭が痛いのは治まらない。余りの痛さに、重い溜め息を吐き出した。

「みょうじ、大丈夫か?」
「う。なんとか…」

溜め息を吐き出した私の様子を窺うように顔を覗かせてくれたのは、クラスメイトで且つお付き合いをさせてもらっている磯貝くんだ。

私の両親は共働きで、休日すらも仕事に行ってしまっている。その事を知っている磯貝くんは私の体調が悪いと分かると「今から必要なもの買ってから行くから、安静にして待ってて」とだけメールをよこして、否定をする前に先に我が家にわざわざ看病をしに来てくれた。

彼の瞳には心配の色が灯されている。心配を掛けているんだって嫌でも自覚してしまって、申し訳無さから少しだけ泣きそうになってしまう。

「本当にごめんね…休日にわざわざ」
「気にする事ないって。むしろ、もっと早く連絡して欲しかったかな。こんなに体調悪いなら」

絞ったタオルを額に乗せて優しく頭を撫ぜてくれながら、眉尻を下げたまま少しだけ怒っているような声色で言われてしまった。怒っているのは私の事を心配してくれているって事で、磯貝くんらしい優しさに不謹慎ながらもドキリと心臓が高鳴る。
けど怒らせてしまったのは事実で。少しだけ顔を俯かせながら小さな声で私は言葉を続けた。

「磯貝くん、家や弟くん達の事もあるから…迷惑掛けたくなかったの…ごめん」
「迷惑じゃないって。家の事は全部やってきたし、弟達の事は母さんに任せてきた。俺が好きでやってる事なんだから、みょうじは気にしないで」
「うん。でも、甘えちゃってるし…申し訳ない…」
「だから、…あー、あのさ」
「?」

何かを言いかけて一旦ストップする磯貝くん。
手で顔を覆ってからはああ、と盛大に溜め息を吐かれてしまった。
何か変な事を口にしたかと思って不安げに彼を見つめてみる。暫くしてから顔を覆っていた手は先程みたいにそっと私の髪を撫でてくれながら、真剣な眼差しでじっとこちらを見つめてくる。

「全然甘えてくれて良いし、そっちの方が嬉しい。俺だってみょうじの為に力になりたいし、いつも我が儘とか言わないんだし、こういう時くらい彼氏である俺に頼ってくれよ」

な?、と優しく笑みを浮かべてくれる。そんな彼の頬は恥ずかしさからかほんのりと赤づいている。
…嬉しいけど、反則じゃないかな、今それを言うのは。嬉しくって、私の髪に触れていた磯貝くんの手に触れる。熱のせいで体温が上がっている私に比べたら冷たく感じる彼の手の温度が心地良い。

「磯貝くん」
「なに?」
「…もし、磯貝くんが良ければだけど…今日、お母さん達が帰ってくるまで居て、くれないかな…?」

こんな事を自分から言うのは恥ずかしいけど、それでも傍にいてほしかった。お母さん達が帰ってくるのは早くても19時くらい。体調を崩して寝込むと一人は寂しいとよく聞くけど、それの影響なのかな。
今度は私が彼の事をじっと見つめながら言葉を口にしてみれば、視界の先でほんのり赤くなったまま笑う磯貝くんが目に映る。

「嫌だ、なんて言うわけないだろ」
「へ、」

間抜けな声を上げてしまった。髪に触れていた手はいつの間にか額に置かれて磯貝くんの顔も私の顔の直ぐ横にあって。その近さに熱が上がったような、頬に熱が集まってくるようにじんわりと熱くなる。また熱上がったかなあ。…ぼんやりとする思考で考えると治まった頭痛がまたやってきそうな気がするから、やめよう。
考えるのをやめて再度磯貝くんを見つめていれば、こちらに視線をよこした彼の瞳と視線が交差して、「そういえば」と磯貝くんは少しだけ嬉しそうに口を開く。

「みょうじがお願いしたの、久し振りに聞いたかも」
「…言われてみれば」
「だろ?もっと言ってくれても良いのに」
「ううん。これで、充分だよ」

一緒にいてくれているだけで幸せなんだよ。そんな事は口には出せずに、いつの間にか恋人繋ぎで繋がれた手をきゅうと優しく握り返して、ゆっくりと目を瞑った。…たまには、甘えるのも良いものなのかもしれないなあ。






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