*恋人・同棲している
*一般人彼女・同い年


***


「なまえ」
「ん?」
「これ、ちょっと早いんすけど」

食べ終えた夕飯の洗い物を終わらせて、お風呂に入る準備をしていた時。既にお風呂に入り終えていたジュンくんが私の名前を呼んだ後に続けて差し出してきたのは、淡い色のラッピング袋だ。早いって何の事だろう、と良く分からずに受け取るのを戸惑っていると、目の前の彼は「そんな不思議そうにしなくても」と笑ってから「ホワイトデーのお返しです」と分かるように説明をしてくれた。

「そっか、もうそんな時期だね。…全然気にしてなかった」
「だと思いました。まあ、なまえは俺にバレンタイン渡して満足してたみたいだし」

一旦持っていたバスタオルをソファに置いてから、差し出されているラッピング袋を大切に受け取り、彼の言葉に耳を傾けて苦笑いを零してしまう。言われている事は間違ってないし、その通りだ。私自身は、バレンタインにチョコを渡せて満足をしていたし、お返しの事なんて全然考えていなかった。

「うん、まさにその通りでした」
「でしょうね。それはそれでまあ、なまえらしいから良いですけど。ホワイトデー当日は、俺の方が握手会の仕事入っててバタバタしそうで嫌だなって思ったんで早めに渡しちまったけど…喜んで貰えたなら良かったです」

ラッピング袋を受け取った私を見て満足そうにしてから、ジュンくんは小さくそう吐き出すように呟いた。そう口にする彼の言葉に、EDENファンの友人が珍しくEDENが全員揃う握手会のイベントがあるんだ、とテンションを高くして話していたのが思い出される。目の前の彼が話す仕事というのが、友人が話していたものだと一致すると、なんとなく気持ちが落ち着かなくて、貰ったお返しの袋をきゅっと持つ手に力をこめてしまった。

「…なまえ?」
「あ。ごめ、なんでもない」

私の小さな行動でなにかを感じ取ったのか、ジュンくんは優しく私の名前を呼んでくるけど、条件反射で直ぐに謝罪の言葉を零してしまった。久し振りにお休みが被ったら嬉しいな、なんて思ってたけど彼はあの人気アイドルEDENの一人だし、そんな簡単にお休みが取れるわけ無い。そして接触イベントだって仕事というのは分かっているんだけど、それでもそれを不安に感じてしまう自分自身が嫌になってしまう。

「なんで謝るんすか」
「…その…なんか、凄い贅沢で我儘な事を思っちゃったから…」
「思ってるだけなら別に良いと思いますけど。ただでさえあんた、不満とかあっても中々口にしないんですし」
「や、そんな事は…」
「自覚無しですか。…俺としては、その「贅沢で我儘」な事、教えてほしいんですけどねぇ」

ジュンくんは小さくそう言葉を零してから、立ったままの私の腕を優しく掴んで、ソファへと腰をおろした。腕を掴まれている私も自然と彼に引っ張られるまま、その隣に腰をおろす形になる。

「ジュン…くん?」
「なまえ」

いきなりの行動にビックリして思わず上擦ったような声で彼の名前を呼ぶ私とは反対に、ジュンくんは優しく甘い声で私の事を呼んだ。その声色と共に彼の綺麗な金色の瞳が私の事をじっと見つめて捉えてきて、その視線に思わず小さく息を呑んでしまう。

「あんたが思ったその「贅沢で我儘」な事、教えてくれませんか」
「いや…でも、」
「ああ、言わないっていうのは無しですよぉ。話すまで、この腕離しませんからね」

こんな自分の我儘なんて言えるわけがない。そう思って口を閉ざそうとする私に、逃げ道をなくすようにジュンくんが私の言葉を遮ってくる。腕を離してくれないという事は、私自身も身動きが取れないという事で。珍しく固い意志を示している彼を見てから溜め息を吐き出し、私はゆっくりと頭の中を整理しながら言葉を口にしていく。

「次のお休みの話しとかしてなかったから、…被ったら嬉しいなって勝手に思ってたんだ。だけど仕事って聞いた時に、やっぱりそうだよね、っていう気持ちと一緒に…その…少しだけ寂しいなって思って」
「…なるほど。他には?」
「……ファンの子との接触イベントがあるって聞いて、少しだけ不安になった…かな」

最後の方はどんどん声が小さくなっていってしまうのが自分でも分かるし、言葉にしていて居た堪れなくなってくる。こんなの本当に私の我儘だし、ジュンくんに聞かせるような事じゃない。いつもだったら自分の中で納得させてるのに、今回に限ってはジュンくんが気付いてしまったからこうして話してしまっているけども。それでも話している間に気持ちがどんどん溢れてしまって、気が付いたら思っている事を口にしてしまっていた。

「ジュンくんとこうして付き合えてるだけでも幸せなのに、それでももっと一緒に過ごしたいなって思ったり、たまに不安に思っちゃう自分自身が嫌だなって思って。…これが私の思った「贅沢で我儘」な事…だよ」

言いたい事を伝えてから、情けない表情を見られないように顔を俯かせて落ち着かせるように息を吐き出す。こんな事聞いて、ジュンくんは呆れてしまったかもしれない。そんな不安が過るのと、はあ、と彼が小さく溜め息を吐き出したのがほぼ同時で、思わず身体を強張らせてしまった。

「そんな緊張しないでくださいよぉ〜、別に怒ったり呆れてるわけじゃねーんで」
「そう、なの…?」
「そんな事で怒ったりなんかしませんよ。ただ俺は、久々になまえの本心が聞けて嬉しいんです」

低く優しいジュンくんの声が、耳元で響く。「普段、あんたマジで不満とか言わないっすからねぇ」と言われてから、私の腕を掴んでいた彼の手が一瞬離れたと思えば、私の頬に手を添えて俯いていた顔をそっと上げてくれて、もう一度ジュンくんの綺麗な金色の瞳と視線が交差した。

「心配しなくても、あんた以外の所になんていきませんよ」
「っ、」
「なまえが傍にいてくれてる、…それで充分って事です」

優しく伝えてくれるジュンくんからの言葉に、胸に安堵感が広がっていく。嬉しくて泣き出しそうになるのを堪えていれば、頬に触れていた手は頭を撫でてくれていて、そのまま言葉を続けてくれる。

「それと、一緒に過ごせなくて申し訳無いって気持ちは勿論あるんすけど、こればっかりはすみません」
「ううん、それは仕事だししょうがないって分かってるから…。さっきも言ったけど私の我儘なだけだし…」
「でも「寂しい」って言葉は、なまえからは中々聞けないんで嬉しかったですけどねぇ。…で、そんななまえに…まあ、今言うタイミングかは微妙ではあるんですけど」
「…?」
「さっき渡したそれ、開けてみてくれません?」

それ、と言ってきたのは、先程渡されたホワイトデーのお返しで。いきなりの事に不思議に思いながらジュンくんとラッピング袋を交互に見つめてから、恐る恐る袋の端のリボンを解いて開けていく。そこから出てきたのは可愛らしいジュエリーポーチで、中に入ってるものを確認すれば、リボンがモチーフとなっていてその中心部にはピンク色の宝石がはまっているピンキーリングが入っていた。

「これ…」
「結構悩んだんですよぉ、どれもあまりピンとこなくて。で、色々調べてみたらピンキーリング…というかまあ指輪やアクセサリーを恋人へのお返しとかにしてる人もいるって書かれてたんで、選んでみました」

ジュンくんはそう説明をしながら、私の手の中のジュエリーポーチからピンキーリングを取り出して、それを私の右手の小指にそっと嵌めてくれた。流れるままのその行動に驚いている私をよそに、彼はそのまま小指に嵌ったピンキーリングを優しく撫でてから私の方に視線を向けて、言葉を続ける。

「ただのお守りみたいでなまえにとってはもしかしたら気休め程度にしかならねぇかもしれませんけど、それでも…こうして付けてくれてたら俺は嬉しいです。自分がこういうの付けれない分、ちゃんと形としてあんたの事想えてるって感じるんで」
「ジュン、くん」
「不安にさせる事も寂しくさせる事も、これから先も絶対あると思うんですけど。それでも、俺がなまえを想う気持ちはずっと変わらないっすよ」
「っ、」

優しい声色と共に紡がれる彼の言葉の一つ一つに、胸がぎゅっと締め付けられていく。右手の小指に嵌めてくれたピンキーリングを見て、幸福感を感じて先程まで耐えていた涙がまたじわりと溢れてきて視界が滲んでいく。

「すみません。…泣かせるつもりじゃなかったんですけど」
「…ご、ごめん、ちがう……その、嬉しくって…」
「ああ。…それなら、良かったです」

声を抑えて泣いている私を見て申し訳なさそうにするジュンくんに、嬉しさからだから、と伝えれば安堵したような表情を浮かべてから優しく正面から抱き締めてくれて。そんな優しい温もりに包まれながら、私は彼が嵌めてくれたピンキーリングを愛しげにそっと触れてから「大好きだよ」と伝えてジュンくんを抱き締め返した。


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