*恋人設定。神楽視点。
*一週間前のお話し。


* * *


「うーん……」

次の仕事の打ち合わせが予定より早く終わって少し時間が空いた今、僕はデパートのバレンタイン特設会場で、ショーケースに並ぶチョコを見ている。その理由は一つ、来週に迫るバレンタインを今年は僕から彼女であるなまえに渡そうと思っての事、なんだけど。

「(…どんなチョコが良いのか、分かんない)」

ショーケースや綺麗にディスプレイされているチョコの種類の多さに、思わず目移りしてしまう。元々彼女は好き嫌いをしないから、どれを渡しても喜んでくれるとは思っている。それでも、彼女が一番喜んでくれるようなチョコを渡したいと思っているのも僕の本心だ。

「(あー、もう。どうしよう)」

各々のチョコレートの所に記載されている説明文を読めば読むほど、深く悩んでしまう。味で選ぶべきか、見た目で選ぶべきか。見た目が宝石のようにキラキラしているものも見ていて楽しいだろうし、彼女が好きな味がたくさん入った物でも悪くない。店員さんが他のお客さんに説明しているのをなんとなく耳にしながらも、少しだけ混んできた人混みを避けた時だった。

「あれ、亜貴くん…?」

聞き慣れた声に思わず進めていた足を止めて、声のした方を振り向く。そこには、チョコが入っているであろう紙袋を提げて僕の方に視線を送っているなまえの姿。いつも大体私服姿を目にする事が多いから、スーツ姿で凛としているその様子がなんだか珍しく見えて、視線を交差させてからも何度か瞬きを繰り返してしまう。

「なんでここに…?」
「それは僕のセリフなんだけど」

不思議そうにしながらも僕の方に駆け寄って話し掛けてくる彼女に、少しだけ気まずさを感じる。君に渡すチョコを探す為にここに来たという目的を話すかどうか、それを悩んでいる間、彼女からの言葉を僕からも同じように返した。なまえは、提げていた紙袋を僕に見えるように抱え直して、言葉を続ける。

「今日、この近くのビルの会議室でバレンタインに向けての打ち合わせだったんだ。それが終わって、ここで催事場をやってるって聞いたから…」
「買ったのは自分用って事?」
「ううん。これは、会社の仲の良い人達用に。毎年、お互いに交換し合ったりしてるの」
「ふーん……なるほどね」
「あの…亜貴くんのは手作りなんだけど…今年も貰ってくれる…かな?」

紙袋を大事そうに抱えながら、少しだけ表情を不安そうにしてなまえは問い掛けてくる。質問の答えなんて決まりきっている、そもそも僕が君からのプレゼントを拒否するなんて事無いのに。

「そんなの、ちゃんと受け取るに決まってるでしょ」
「あ、ありがとう…!」
「まだ受け取ってもないのに、お礼言うの早すぎだから」

僕の回答に不安そうにしていた表情に笑顔が戻ってきて、そんな彼女を見ていたら僕もつい口元が緩んでしまう。こうしてちゃんと伝えてくれる彼女だからこそ、僕からも渡したいって思うし、喜ぶ顔が見たいって思う。…絶対、口には出せないけど。
安堵している彼女の紙袋を手にしていない方の手を引いて、ゆっくりと人混みの中を僕は歩き始める。突然の事になまえは「亜貴くん?」と僕の名前を呼びながらも、歩幅を同じくらいにして着いて来てくれた。

「どうしたの?」
「これから時間ある?あるなら、少し買い物付き合って」
「あるけど…。買い物って?」
「……僕も君にチョコ渡そうと思ってここにいたから。だから、なまえが欲しいチョコを選んで。それを贈らせてよ」

照れが生じて少し早口になったけど、ちゃんと言葉は届いていたみたいで、なまえからは驚きの声が上がっている。「そんなの悪いよ」って慌てて言われたけど、毎年それをしてくれているのはなまえなんだし、お互い様だと思うけど。

「あの、亜貴くん…!」
「良いでしょ、たまには。…君が僕を想ってくれてるのと同じように、僕だって同じくらい想ってるんだから、…贈らせて」
「っ、」

手を引いてる状態から、改めて手を繋ぎ直して聞こえるように零すと、言葉に詰まったのかそれ以上の言葉は返ってこなかった。その後、なまえからも手を握り返してくれて、僕はそれを肯定と受け取りながらも二人で催事場の中をゆっくりと歩き回る。
…見た目が宝石のようにキラキラしているものでも、好きな味のものでも、その両方でも。彼女が選んでくれる物を贈れるなら、たまにはこういうのも悪くない、かな。

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