【後編】 


*恋人設定。ヒロイン視点。


***


うっすらと重い目蓋を開けば、自身の部屋じゃない天井が視界に映る。でもどこか見覚えもあって眠たいままの思考を覚醒させようと少し身じろいでみれば、腰に鈍い痛みが走るのを感じた。

「っ、」

鈍い痛みと共に身体におとずれるのは倦怠感で、ゆっくりと上体を起こしてみれば少し大きめのシャツを身に纏っている事に気付く。

「おはよう。起きたか」

色んな事に対して不思議に思っていれば扉の方から声が聞こえてくる。
声のした方に視線を向ければ丁度シャツを着直している桧山くんの姿。その姿にここが彼の部屋で、彼のベッドの上、そして身に纏っているのが彼のシャツだということに漸く理解が追い付く。その後に昨夜の出来事が脳裏に蘇って、恥ずかしさで頬に熱が集まるのを感じた。

「お、おはよう…」
「身体は大丈夫か?昨日は無理をさせすぎた。すまない」

心配そうに顔を顰める彼からの気遣いの一言に「大丈夫、だよ」と伝えれば桧山くんはこちらに近付いてきてベッドの端に座り、優しく私の髪を梳いてくれる。
無理をさせすぎた、とさらりと伝えられた一言に、頬の熱は引かないまま。昨日だけに限らず、いつも彼と身体を重ねて過ごした翌日の朝は、どうしても恥ずかしさが拭えないままでこんな風に動揺してしまう。
赤くなっているであろう頬を隠すように両手で顔を覆えば、桧山くんは不思議そうな声で「どうした?」と訊ねてくる。

「……あ、の、恥ずかしくて…ごめん…」
「ああ。…もう何度も身体を重ねているんだ、そろそろ慣れて欲しいものなんだが。いやまあ、それもお前らしいというべきか」

少しだけ苦笑いが含まれた声色で桧山くんは小さく言葉を零す。ベッドの端の方に座ったまま、両方の手を取り払われて簡単に顔を隠していた砦は崩されてしまった。動揺している私を余所に、流れるような仕草で顎を優しく持ち上げられて唇を優しくなぞられる。

「っ」
「なまえ」
「え、…んっ」

なぞられた唇に沿うように私の名前を呼びながら、何度も啄むような甘い口付けを送られる。
見つめてくる眼差しも、声も、口付けも、全てが優しくて眩暈すら感じるくらいで。でもそれが心地良く感じるのは、これが全て彼の愛情表現だからだって思えるから、その心地良さにそっと目蓋を閉じて口付けを受け入れる。

音を立てて口付けをされて、ゆっくりと唇が離れていく。そのまま労わるように腰を撫でられてから桧山くんの方にゆっくりと引き寄せられた。いきなりの事に少し驚いたけど、腰を撫でてくれる手は温かくて、大人しく彼の身体に凭れ掛かるように身を委ねる事にした。

「なまえ」
「…なに?」
「昨日無理させた分、今日は一日お前を甘やかしたいんだが…良いだろうか」

ミルクティー色の瞳を見つめていれば桧山くんは優しい声色のまま問い掛けてくれる。
無理をさせた、というのは恐らく昨晩の事で。確かに昨夜は性急な感じで求められたけども、それはそれで離れていた時間が長かったからしょうがないとは思う。恐らく、この提案も彼なりの気遣いと心配してくれての事なんだと理解する。
いつも充分、甘やかしてくれてると思うんだけどなあ…。内心こっそりと思いながら、腰に添えられている手に自分の手を重ねて彼の事を見上げる。

「えっと…なんでも良いの…?」
「ああ。俺に出来る事ならば」
「じゃあ…今日一日…傍にいてほしい…かな…」

望んでいる事を語尾が小さくなりながらも素直に伝えれば、不思議そうな表情を桧山くんは浮かべる。な、何か変なこと言ったかな…。

「そんな事だけでは足りないだろう。もっと甘えてくれ」
「え、っと…これでも精一杯甘えてるんだけど…。…どこかに一緒に出掛けたりするのも好きだけど、傍にいてほしくて…」
「前から思っていたが、お前は欲が無さすぎる」
「…そんな事無い。私は充分、欲張りだよ…」
「どういう意味だ?」

小さく溜め息を吐き出すように言葉を紡いだ私に桧山くんは再度不思議そうに問い掛けてくる。それでも、彼は優しく目を細めて私を見つめているままだ。なんとなく、視線を交えたまま言葉にするのは戸惑って、そっと視線を外しながら言葉を続ける。

「…離れてた期間がちょっと長すぎたから、…やっぱり寂しくて…」
「……」
「お互いに仕事って分かってはいたんだけど…ごめんね。だから、今日一日くらいは久し振りに桧山くんと一緒に過ごしたい。…多忙な桧山くんを独占している時点で欲張りかなって思っちゃうんだけど…」

心の中に閉じ込めていた想いを口にすれば、つい本音は零れてしまう。
お互いに忙しいのも承知の上で付き合ってるのも理解はしている。ただ、長い期間会えなかった時間は電話やLIMEだけじゃ埋められなくて、余計に恋しくなってしまうのは自分でも自覚している。…だから、久し振りに会えた時くらいは二人でゆっくりとした時間を過ごしたいっていうのは、単純に私の我儘だ。だけど、不動産の社長という肩書きの彼自身を私なんかが独占しても良いのか。そこもいつもマイナスな方向に考えてしまう。

言いたい事が伝わってるか不安なまま、必死に探りながら想いを伝える。伝え終わった所で桧山くんの顔が見れなくて顔を俯かせていれば、片方の頬に手を添えられて顔を上げさせられて自然と視線が絡み合う形になる。私の瞳に映る桧山くんの表情は、どこか嬉しそうな面持ちだった。

「桧山くん…?」
「ああ、すまない。…嬉しくてな」
「嬉しい?」
「寂しい等と言われた事が無かったからだろうか。それと、そこまではっきり口にするのは初めてだろう?」
「そう、かな…」
「たまに甘えてくるような態度は何度かあったが、言葉にはしてくれなかったからな。俺はそれが嬉しいんだ」

桧山くんは口元を綻ばせて、一瞬だけ触れるように額に口付けを落としてくれる。それは直ぐに離れてしまったけど距離は近いまま顔を寄せられていて。近すぎる距離に、またじわりと頬に熱が集まるのを感じた。

「欲張り、と言ったか。恋人同士ならば多くの時間を共有したいと思うのは、当然の感情だと思うが。…少なくとも俺は時間が許す限りなら、なまえともっと一緒にいたいと思っている」
「…っ」
「一緒にいてほしい。それがお前の望みならば傍にいよう。もとより、今日は仕事も全てオフにしてある。お前との時間だ、邪魔は入らせない」

じっと見つめられながら言葉を続けられて、動悸が早くなるのを感じる。重ねた手は安心させてくれるように優しく包み込んでくれていて、その手をそっと握り返した。

「ありがとう…」
「礼を言われるような事は何もしていない。…他にやりたい事は無いのか?」
「…お話したい。桧山くんが淹れてくれた紅茶、久し振りに飲みたい。お菓子、昨日作ってきたから食べてもらいたい。桧山くんの庭のお花を一緒にみたい」

思い付く限りのしたい事を告げてみれば、桧山くんは静かに、それでも口元を緩めたままじっと私の言葉に耳を傾けてくれる。こんなの、他の人からすればそこまで甘えとか我儘に入らないんだと思う。だけど、私からしたらこれが精一杯で彼もそれを受け入れてくれる。

「では、着替えを終えてから朝食を一緒に摂ろう。午後のティータイムには、庭で花を観ながら、なまえが作ってくれたお菓子と俺が淹れた紅茶を一緒に出すようにしよう」
「うん…!」
「お前と過ごせる今日一日が、とても楽しみだ」

綺麗な微笑みを浮かべて嬉しそうに伝えられる一言に、頬が緩むのが自分でも分かった。そんな私を見て桧山くんは真正面からそっと抱き締めてくれる。伝えてくれたその一言は私も思っていた事で、「私も、同じ気持ちだよ」と小声で伝えてから腕を彼の背中に回して力を少しだけ込めて抱き締め返した。


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