したごころと甘い罠 


*恋人設定。大谷視点。
*ハロウィンの話し。


***


「羽鳥くん、トリックorトリート」

仕事帰り。彼女であるなまえの家に足を運び、合鍵を使って家に入ってリビングへ向かうと、そこには赤ずきんをモチーフにしたようなフード付きのポンチョを纏っているなまえが俺に向かってハロウィン特有の言葉を告げてくる。彼女がこんな格好をするとは思っていなくて少しだけ驚いてみせれば、嬉しそうな笑みを浮かべたなまえが俺の隣に駆け寄ってくる。

「驚いた?」
「うん、少しね。まさかリビング入って早々に言われるとは思ってなかったから」
「…そう言いながら、全然驚いてる風には見えないんだけどな」

フードを取りながらなまえは膨れっ面を浮かべる。ハロウィンって仮装で驚かしにくるものとは思っていたけど、彼女の場合はただ可愛らしいポンチョを着てただけだったから、そういった意味での驚きは特に無いのはしょうがない。どちらというと、「トリックorトリート」って彼女が言ってきた事に驚いたんだ。
膨れっ面を浮かべたままの彼女を横目に、俺は手に持っていた紙袋から綺麗に包装されている小袋を取り出して彼女の目の前に差し出した。俺の行動が予想外だったのか、なまえは俺と小袋を交互に見つめてくる。

「これって、」
「ちょうど良かった。前言ってた所のクッキー、久し振りに行ったから買ってきたんだよ。なまえにあげたくて」

俺の説明に、少しだけなまえの肩がぴくりと反応したのが目に見えて分かる。そう、前にたまたま洋菓子店で買ったクッキーが意外に美味しかったんだ、そんな話しを彼女にしてあげたら「機会があれば、是非食べてみたい」と言っていたものだから、今回仕事の帰り際に寄って買ってきたものだ。
「貰っても良いの?」と遠慮がちに訊ねてくる彼女。そんな彼女の掌にそっと小袋を乗せてあげれば先程の膨れっ面から一転、満面の笑みと「ありがとう、羽鳥くん」と一言。単純で素直だなあ、なんて思うのは俺の内心だけに留めておく事にした。そういう所が、なまえの良い所で可愛い所でもあるからね。
渡したクッキーを机の上に置いているなまえに視線を送ったまま、俺も紙袋を机の上に置かせてもらう。クッキー一袋渡しただけでこんなに喜んで貰えて良かった。先程と一転して上機嫌な彼女に思わず笑いそうになってしまう。

「どうかした…?」
「…いや、その格好なまえに似合ってるよ。可愛いなって思って」

俺の視線に気付いた彼女から話しの話題を変えようと服装に視線を送り、ジャケットを椅子の背凭れに掛けながら素直に思った事を告げてみれば、分かりやすく彼女の頬はほんのりと紅潮していく。その様子に思わず頬が緩みそうになるけども、その前に感じた疑問を彼女にぶつけてみる。

「で。それどうしたの?」
「えっと、亜貴くんのブランドでハロウィンをモチーフにした衣装の一つなんだ。赤ずきんってハロウィンって感じがあんまりしないってなったらしいんだけど、狼男もいるからあっても良いんじゃないかな、って話しが進んで。それで、作って出来たのがこれなの」
「へえ、神楽から…」

説明を終えたなまえはくるりと一周して全体を見せてくれる。回答の内容はなんとなく予想はしていたけど、それをどこか楽しそうに話すなまえがあんまり面白くなくて、内心もやっとした気持ちが生まれたのが自分でも分かる。まあ、別に今回に限った事じゃないし、神楽だけじゃなくて槙もだけど二人は幼馴染みだ。だから、話題に出る事が多いのは付き合ってからも分かっていた事だし、…いつまでも嫉妬してたってしょうがないしね。
小さく息を吐き出してから、良く出来ている赤ずきんモチーフのポンチョを纏う彼女に視線を向ければ、俺の事を見上げるなまえと視線が交わる。赤色は彼女のイメージにはあまり無かったけど、こうして着てるのを見ると中々似合っていると思う。ハロウィンって魔女とかが仮装の定番だけど、彼女には赤ずきんの方がしっくりくるなと、見ていて感じた。

「赤ずきん、か」

首を傾げている彼女に少しだけイタズラ心が芽生えて、小さな彼女の両手をそっと掴む。唐突な俺の行動に驚いたのかなまえは大きな瞳を瞬かせた。その瞳には少し不安が入り交じっているようにも見える。

「羽鳥く、」
「なまえ。トリックorトリート」

俺の名を呼び掛けた彼女の言葉を、先程と同じように俺からのハロウィン特有の一言で遮れば、不安な表情から一気に驚きの表情へと変わっていく。言葉の意味を理解して慌てて俺の手から逃れようとしている彼女だけど、力をこめているから簡単には振りほどけない。そんな風に焦る姿を見ても、余計にイタズラ心しか煽られないんだけどなあ。

「なまえ、お菓子くれないの?…くれなきゃイタズラになっちゃうかな」
「だ、だって、羽鳥くんが手を離してくれないから…!」
「まあ、俺はなまえにイタズラしたいなって思ってるからね」

顔を近付けて焦るなまえを横目にさらりと本音を耳元で伝えてから耳朶に優しくキスを落とせば、彼女は小さく肩を震わせる。続けて首筋に唇を這わせると、擽ったそうなくぐもった甘い声が彼女から微かに漏れた。

「っ、」
「なまえ、声抑えないで」
「ん、だって…んんっ、」

頑なに口を閉ざそうとする強情な彼女の顎を持ち上げて、一瞬触れるだけのキスを唇に落とす。そのまま角度を変えて何度か啄むようなキスをしてから、隙間が出来た彼女の口内へと自分の舌を進入させていく。彼女の舌を捕らえて柔く吸い上げたり、ちゅっと小さいリップ音を響かせてキスを続けていけば、掴んでいた彼女の手からは徐々に力が抜けていくのを感じた。

「んぁ、は、ぁ…」

苦しそうな吐息に彼女の限界を感じてそっと唇を離せば、少しだけ潤んだ瞳で睨み付けられてしまった。そんな顔しても可愛いだけなんだけどね。

「も…羽鳥くんの、バカっ…」
「お菓子くれなかったのはなまえじゃなかった?」
「あ、あんな状態じゃ誰もあげられないよ…折角お菓子作ってあったのに…」

その場に崩れ落ちそうになるなまえの腰を支えてから抱き上げて、近くにあるソファーへと移動させる。その合間に零された文句に言葉を返してると、頬を紅潮させたまま表情を歪めてしまった。苦笑いを零しながらソファーに座る彼女の隣へと腰を下ろして、紅潮した頬に手を添えてから、その双眸を見つめた。

「羽鳥く、」
「ごめんね、ちょっとやりすぎちゃったかな、とは思ったんだけど」
「けど…?」
「焦るなまえが可愛かったから、ついイジワルしたくなっちゃって」
「っ、」

俺の話しを真面目に聞いてくれているなまえに対して言葉を紡いでから、もう一度優しいキスを唇へと落とす。不意打ちのそれにも驚いたみたいだったけどもう反論する気も無くなったのか、きゅっと瞳を瞑りなまえはキスを素直に受け止めてくれる。

…後でもう一回、「トリックorトリート」って言ってみようかな。それで次はちゃんと彼女が作ってくれたお菓子を受け取って、二人でお菓子を食べるのも悪くないかもしれない。

繋いでいる手に少しだけ力をこめて瞳をきゅっと瞑ったままの彼女を見つめながら、この後過ごすであろう彼女との甘い時間に想いを馳せるのだった。



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