あまいをすくう 


*恋人設定。神楽視点。
*誕生日。


***


「急ぎの案件の仕事が入らなければ、誕生日はなまえと一緒に過ごしたいって思ってるんだけど」

少しだけ気恥ずかしさが生まれながらも僕がこの提案をしたのは、自分の誕生日の一ヵ月程前だ。毎年律儀に「亜貴くんの誕生日、なにか欲しいものとか、やりたい事とか…あるかな?」と聞いてきてくれる彼女へ対しての返答を考えて、色々悩んだ結果一緒に過ごせるだけで充分だから、という意味合いも含めてこう答えた。
実際は特にこれがしたい、とか何かをやりたい、とかは一切考えてなくて。ただ、彼女と一緒に過ごせれば良いなって思って答えた事だったんだけど、僕のこの提案になまえは少しだけ驚きの表情を見せた後に嬉しそうに笑ってくれたから、その笑顔に釣られてつい僕自身も嬉しさで口元を緩めてしまったのは、秘密だ。



当日。休みだけどどうしてもやらなきゃいけない仕事を終わらせた僕は、そのまま彼女の家へと足を運んでいた。予定よりも着くのが遅くなってしまった(と言っても、まだ明るい時間帯だけど)僕を迎えてくれたなまえは、いつもおろしている髪の毛を後ろに一つに纏めて、前に僕が彼女の誕生日の時にプレゼントした、レースが端にふんわりと施されているピンクのエプロンを着けてくれていた。

「…あの、亜貴くん。見られてるとちょっとやりづらい…かな」

僕を部屋の中へと迎え入れた後キッチンに立った彼女は、僕の方を向き少しだけ困ったように苦笑いを浮かべて小さく言葉を零す。その手には今から作ろうとしているお菓子に必要な器具を持っていて、キッチンには材料が色々並べ置かれている。

「なまえが僕の為にお菓子作ってくれるって言ったから、それなら作る所見てようかと思って」
「…う、まあ…確かにそう…なんだけど」

僕の言葉に、なまえは歯切れ悪く言葉を濁して困惑した表情を浮かべてしまった。

「誕生日当日は一緒に過ごしたい」という漠然な希望しか言わなかったせいもあって当日ギリギリまでどうするかを決めていなかった僕達。結局、「たまには私の部屋で…ゆっくりするとか…どうかな?」と提案されたその言葉が決め手だった。大体デートと言っても僕の家か、二人でどこかに出掛けるとかが多かったせいか、彼女の部屋で過ごすというのは新鮮だったのもあり、更にはそんな中で彼女の方から「当日、手作りでなんかお菓子作るね」と言ってくれたから、今に至るという訳なんだけど。

「作ってる所、見られてると緊張しちゃうんだよね…」

小さい溜め息と共に零された彼女の言葉に、確かにそれは分からなくはない、と納得する。集中してやれば問題無いんだろうけど、見られていると分かった上で始めるのはやりづらいものがあるんだろう。本当はなまえがお菓子を作ってる所を見た事が無いから、見てみたい気持ちがあるけど本人がそこまで言うなら仕方ない。それに多分、なにを作っているのかは出来るまでのお楽しみにしておきたいって事もあるんだろうなと思う。彼女の言葉に納得した僕は、いまだに困惑した表情を浮かべたままの彼女をじっと見つめ返して、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「まあ、緊張して失敗されても困るしね。こっちで出来るまで待ってる」
「ご、ごめんね…あの、良ければ、テレビとか雑誌とかDVDとか、好きに見てて良いし、疲れてるなら寝てても大丈夫だから…」

なまえが失敗する事なんてまず無いとは思うけど。そんな事を内心思いながら、リビングの方のソファーに座り直した僕に、なまえはテレビのリモコンや雑誌やDVDを目の前のローテーブルに広げてくれた後、そのまま急ぎ足でキッチンの方へとぱたぱたと戻っていった。その後ろ姿を追うようにそっと視線を向けてみれば、手慣れた様子で計量器を取り出して、楽しそうに準備を始めている。今回は、「プレゼントする」という前提もあってか、いつも以上にはりきってくれているし、貰う側としては悪い気はしない。頑張って作ってくれるって言うんだから僕は素直にそれを受け取れば良いだけだ。

「(どうしようかな。…とりあえず、次の作品のデザインが思い付いた時に直ぐ描けるようにスケッチブックは手元に置いておくとして)」

視線を彼女の方から自分の手元へと戻し、頭の中でどうしようか悩みながらも持ってきた鞄から筆記具とスケッチブックを取り出してローテーブルの上へと置く。そのまま机の上に置いてくれた雑誌とかDVDを手に取って見てみるけど、あまり興味が惹かれなくてそっと元あった場所へと置き直した。
そして先程言われた彼女からの「疲れてるなら寝てても良い」という言葉に甘えるように少しだけ深めにソファーへと腰掛ければ、寝るのに丁度良い体勢になる。

「(……この体勢だと、本当に寝ちゃうかも)」

仕事で溜まった疲れもあるのか、ソファーに身体を預けた途端にじんわりと睡魔がきて小さく欠伸を零してしまう。ちょうど窓から入る陽射しが心地良くて、重くなってくる目蓋をゆっくりと閉じるのと同時に、僕の意識も段々と途切れていった。



「ん…」

どのくらい時間が経ったんだろう。薄っすらと目蓋を開いてぼんやりとする思考の中、真っ先に僕の視界に映ったのは、心配そうな表情を浮かべているなまえと、自分が寝起きだからか余計に眩しさが際立つ間接照明だった。

「……なまえ?」
「あ、…おはよう、亜貴くん」

優しい声で名前を呼ばれて、思考がまどろんだままの状態だったけどそれにどこか安心感を覚えながらも「おはよ」と僕も小さく返事をする。視線を少しだけ彷徨わせれば、さっきまで明るかった外は既に暗くなり始めていて、数時間は経ったんだという事が窺える。
起きて一番に彼女の顔が見えたのにはちょっと驚いたけど、なんでこんな体勢になったのか理由を聞いたら寝てる間に体勢がどんどん不安定になっていたから、膝枕をしてくれていたらしい。…してくれるのは悪く無いんだけど、慣れないせいかちょっと恥ずかしいんだけど。

「ごめん。勝手に寝ちゃって」
「あ、全然…!私も「寝ちゃっても良いよ」って言ったし…!むしろ、起こしちゃったかな…?」
「それは無いから。…ありがとう。体勢気遣ってくれて」

首を痛めなくて済んだのは彼女のお陰だから素直にお礼を告げれば、「大したことじゃないよ」と言って首を横に振ってくれた。その行動に安堵するも、さっきからどこか心配そうな表情を浮かべている事が気になってしまう。そっと手を彼女の頬に添えれば、いきなりの事に驚いたのかなまえは身体を僅かに揺らして僕の事を不思議そうに見つめてきた。

「亜貴くん…?」
「なんで、そんな顔してるの」
「え?」
「不安そうというか…心配そうな感じの顔、してるなって思って」
「そ、そんな事…」

僕の質問に、なまえはなにかを言い惑ってから、結局口を固く引き結んで黙ってしまった。その行動に顔を顰めて小さくため息を吐き出す僕と、口を開かないままの彼女とで重い沈黙が続く。けど、その空気に先に耐えられなくなったのは彼女の方で、なまえは僕と視線をしっかりと交差させながら、恐る恐る言葉を紡いでいった。

「…寝ちゃう程疲れてるのに、予定を空けてもらっちゃったから…ごめん…」

小さく紡ぎ出された言葉と同時に、小さい手が僕の手をきゅっと柔く握り締めてくる。そもそも、今回の事は僕が言い出した事だし、なまえが気にするような事じゃないのに。

「それはなまえが謝る事じゃないでしょ、僕から一緒に過ごしたいって言ったんだし。…まあ、ここで寝ちゃったのは本当に悪かったと思ってるけど」

頬に添えていた手を一旦離して、身体を起こし彼女の方を向いて向き合う形になる。いまだに心配そうに揺れている瞳ともう一度視線を交えてから、ゆっくりと言葉を続けていく。

「一緒にいれる事自体が大事だと思ってるから、なまえは気にしないで。…むしろ、時間作ってくれてありがとう」

はっきりと伝えて触れるだけのキスを額に落とし、そのまま彼女の小さい身体を自分の腕に収める。なまえは一瞬の出来事に驚いたのか少しだけ身じろいだけど、それでも次第に大人しくなって返事の代わりにぎゅっと腕を僕の背中に回してくれた。

「亜貴、くん」
「なに?」
「誕生日…おめでとう。私も、今日を一緒にいれて、凄く嬉しい」

そう言って抱き締める力を僅かに込めてくれたなまえに、先程みたいな安心感と愛しさが募って思わず口元が緩みそうになってしまう。…まあ、絶対にそんなだらしない顔見せられないけど。

「…あ、そうだ。プレゼントのお菓子、出来てるんだ」

少しだけ名残惜しさを感じつつもゆっくりと彼女を離した後、思い出したようになまえは僕に向かって笑顔を浮かべてそう伝えてくれた。確かに、部屋には甘い良い香りが漂っているとは感じていたけど、僕が寝ている間にちゃんと作り終えていたらしい。
僕から離れたなまえは立ち上がってキッチンの方へと向かう。僕もその後を着いていって、テーブルに置かれているケーキをそっと彼女越しに後ろから覗き込んだ。

「桃のタルト、なんだけど。…どうかな」
「……見た目綺麗だし、凄く美味しそう」

完成されたそれを目の前でみて、零れた一言だった。タルト生地の上に乗っている桃は均一な大きさのものを一切れずつずらしながら重ねていってるのか、綺麗なバラみたいな形になっている。綺麗だし崩すのが勿体無い、とも思ったけど、それを口にしたら彼女を困らせてしまうと思ってその言葉は喉元で止めておいた。僕の言葉が素直に嬉しかったのか、なまえは首だけこっちに向けて「良かった」と安堵の溜め息と共に小さく零した。

「後で写真撮っても良い?食べる前に残しておきたい」
「うん、大丈夫だよ。あ、もう夕飯の時間になっちゃうから、食べるのは食後でも平気?その方がゆっくり食べれると思うし…。あ、えっと…今日泊まっていく、んだよね…?」

確認するようにこっちを見上げて僕に質問するなまえがどこかそわそわしているのは、普段は僕の家に泊まる事の方が多いから、落ち着かないんだと思う。僕を家に泊める事自体も普段無いせいか、明らかに動揺しているその様子が可愛くて、僕はもう一度今度は後ろからぎゅっと彼女の事を抱き締めた。

「亜貴、くん?」
「予定通り、泊まっていくけど。なんか都合悪い?」
「う、ううん。ただ、亜貴くんが私の家に泊まるの久し振りだなって思って。…じゃあ、タルトは食後のデザートにするね」
「楽しみにしてる」
「ふふ。亜貴くんの口に合ってくれれば、嬉しいな」

素直に伝えれば、なまえは幸せそうに頬を緩ませてそう言って笑ってくれるから「頬緩み過ぎでしょ」と言ってなまえの頬を優しく突っつきながら僕も笑ってしまう。彼女が作ったご飯とケーキを食べて、一緒に僕の誕生日を過ごす。頬を緩ませて幸せそうにしている彼女が単純で可愛いなって思ったけど、こう思ってる時点で単純なのはなまえだけじゃなくて僕も大概一緒なのかもしれない、…まあ、そう思うのは今日が特別な日だからって事にしておこうと思った。


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