きみの温度を独占したい 【前編】 


*恋人設定。桧山視点。


***


仕事での長期間の出張、そしてなまえの仕事の都合でおおよそ一ヵ月くらい、お互いに触れ合えない日々が続いた。電話やLIMEで日常的なやり取りなどはする事は多々あったが、触れ合えないというのはこんなにも辛いものだったか、と考えてしまう。
スマホを操作し、スケジュールを確認する。確か、今日か明日には彼女の仕事も落ち着くと言っていた筈だ。自分の方の仕事も、今の所取り急ぎの案件は無い。
LIMEを起動し彼女との個人メッセージを開き、そこに短く「明日は空いてるか?」と送信してみれば直ぐに既読が付く。もう仕事は落ち着いているのだろうか。不思議に思っていれば「明日の夕方まで仕事だけど、それ以降は空いてるよ」と可愛らしい猫のスタンプ付きで返事が返ってくる。

「ははっ……なまえらしいな」

可愛らしいスタンプ付きの返信に思わず頬を緩めて、つい笑みを零してしまう。このくらいの事だけで愛おしく思うなんて、余程重症なのだろうか。彼女からの返信を見つめながら、「明日、仕事が終わる頃に迎えに行く。なまえに会いたい」と手早く打ち込めば、暫くした後に「私も会いたかったから、楽しみにしてる」と短い一文と今度は違う猫のスタンプが返ってくる。俺と同じ気持ちを持っていてくれたという事実が嬉しく、先程よりも笑みを深めて彼女からの返信を何度も見返した。
……明日の夜は、離してやれそうにないかもしれないな。



昨日の約束通り、なまえを迎えに行き他愛もない会話をしながら帰路へと向かった。
自身の屋敷に着いて直ぐ車から降りてなまえの手荷物はメイドに渡し、彼女が泊まる部屋に運んでおくように指示を出した。いつもはこのまま応接室か食堂に向かうが、今日はどちらでもない。
不思議そうに首を傾げているなまえの手を取り、屋敷内を歩き誘導する。自分の部屋の前に到着し、扉を開いて手を繋いだままの彼女も連れて中に入り、誰にも邪魔されないように鍵をガチャッと閉めた。

「桧山く、」

名前を呼ばれる前に、繋いでいた手を離して正面からなまえの事を抱き締めた。急な事に驚いたのか、ぴくりと微かに肩を震わすのが一瞬の振動で伝わってくる。

「あの……」
「この一ヵ月、お前に会えなくて、触れられなくて辛かった。……それは、俺だけだろうか」

片手でそっと柔らかい彼女の髪に触れて耳に掛けてから、瞳をじっと見つめ問い掛けてみる。口を閉ざしていたなまえは俺の問い掛けに、少々恥ずかしそうにしながらもゆっくりと言葉を紡いだ。

「……私も会えなくて辛かったから、桧山くんだけじゃないよ」

小さく紡がれる言葉は、素直な彼女の気持ちだろう。言い終えたかと思えばあまり口にしない言葉に恥ずかしくなってしまったのか、俺の胸に顔を埋めてしまった。
彼女を慈しむように優しく髪を撫でていれば、視界に映るのは彼女の綺麗な首筋で。色っぽいそこに惹かれるようにそっと唇を這わせキスを落とせば、驚きを含んだ甘い声が部屋に響く。

「ひ、やまくんっ。ちょ、ちょっと待って……!」
「なんだ」
「なんだ、じゃなくてっ!あの、私シャワーとか浴びてない……からっ」
「そんな事か。俺は気にしない」

左腕で腰を固定し抱き締めた状態のまま、首筋に口付けを落としていた唇を耳朶に移動して今度はそっちに口付けを落とす。久し振りの感覚のせいで敏感になっているのか、そんな小さい刺激にさえなまえはぴくりと身体を小さく反応させた。
俺から離れようと必死に胸を押すが力の入っていない彼女からの小さい抵抗など無力に等しい。必死に抵抗する理由が先程のような事であれば、そんな事くらいで今の俺は彼女の言葉に耳を貸すことはできない。

「あの、今日仕事してきたし、少しだけど汗も掻いたし……この状態のままじゃっ」
「構わない。先程も言ったはずだ。一ヵ月も会えず、俺はお前に触れたくてしょうがなかったと。俺は今、お前を抱きたいんだ」
「っ、」

はっきりと本心を口にすれば、なまえの頬が先程よりも赤く染まっていく。俺の言葉一つ一つにこんなにも動揺し、反応してくれる彼女がただ愛しいと感じる。
彼女に素手で直接触れたい。そんな思いから、口元に手袋の裾を持っていきその裾を咥えて引っ張り手袋を外す。我ながら不作法な真似だと思ったが、片手を彼女の腰に回している今、この方法で手袋を外すのが一番手っ取り早い。咥えた手袋を床に落とし、素手で彼女の頬をそっと撫でてみせた。

「……なまえ」

頬を撫でていた手を顎に添えてから、そっと唇を重ね合わせた。角度を変えて口付けを繰り返し、酸素を取り込もうと開いた彼女の口内に舌を進入させて、口内を堪能するかのように舌を絡め取る。

「ん、んんっ……はぁっ、」

唇から漏れるくぐもった甘い声が聴覚を刺激するのと同時に、なまえから徐々に力が抜けていくのを感じ、腰に回していた腕を更に強く固定する。唇をゆっくりと離せば、肩で息をしながら微かに熱と欲を孕んだ瞳がこちらを見つめていた。

「はぁ……ひ、桧山、くん……ずるいっ」
「ずるい?」
「……そんなはっきり言葉にされたら、拒否なんて出来ないよ……」

きゅっと俺の服を掴み溜め息と共に吐き出される一言。普段素直に肯定出来ない彼女なりの同意の一言なんだろう。少しだけ困ったように見上げられている潤んだ瞳も、上目遣いにしかならない今では俺を煽る要因にしかならなかった。


彼女を抱え上げ、ベッドに寝かせてその上に覆い被さる。その拍子にベッドのスプリングが二人分の重みにギシリと音を立てた。邪魔なもう片方の手袋も外し、その手の指を絡めてベッドの上へと縫い付けて、視線を目の前のなまえに移す。頬を赤く染めて潤んだ瞳のまま先程と同じようにこちらを見つめていた。

「桧山くん、」

瞳を瞬かせながら、繋いでない方の手でなまえは俺の頬にそっと触れる。熱の籠った彼女の手は熱く、その手に自分の手を重ねた。

「すまない。優しくしてやれないかもしれないが善処はする。……こんな風に性急にお前を求める俺は、嫌だろうか」

重ねる手に少し力を込める。一ヶ月も触れていなかったから、最後まで優しくしてやれる自信が無いのは事実だった。俺の情けない問い掛けに彼女は首を横に振り、笑みを浮かべてから言葉を紡いだ。

「どんな桧山くんでも大好きだから。だから……大丈夫だよ」

はっきりと言い切ったその言葉と共に、重ねた手を小さい手が更に握り返してくれる。そんな可愛らしい事を言われてしまったら、やはり今夜は離してやれそうにない。
溢れてくる想いを伝える為に、なまえの耳元で「愛している」と囁いてそのまま首筋に一つキスを落とした。彼女との長い夜は始まったばかりだ。


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