あたたかい陽気に誘われて 


*恋人設定。ヒロイン視点。


***


目が痒くて、くしゃみが止まらなくて、鼻も詰まり上手く息が出来ないせいで喉も痛くなってくる。この時期だからこそしょうがないとは思うんだけど。

「(……苦しい)」

鼻が詰まって上手く呼吸が出来ない息苦しさの中、ゆっくりと目蓋を開いていけば見慣れた天井がぼんやりと視界に映る。そこは何度か目にしたことがある、桧山くんの部屋の天井で。…ここは、桧山くんの部屋のベッド?

「起きたか。……大丈夫か?」
「桧山くん……?」

横になったまま混乱している私の顔を覗き込みながら声を掛けてきたのは、まさにこのベッドの持ち主の桧山くんで。彼は私が目を覚ました事に安堵したのか、小さく息を吐き出してからベッドの直ぐ傍に置いてあった椅子に深く座り、端正な顔を歪めながら私に優しく声を掛けてくれる。

「私、どうして……」
「先日お前に任せていたRevelの仕事の資料が纏め終わったと昨日連絡を寄越してくれて、今日それを渡しに来てくれたんだろう?」

小さく零した私の疑問に答えるように、桧山くんは淡々と説明をしてくれた。説明されたその言葉に、先程までの記憶が朧げに思い出されていく。



今日はそう、数日前にRevelとして請け負った仕事の情報の資料を纏め終わり、それをリーダーである桧山くんに届けに来て。彼の屋敷に到着し、執事である藤林さんにいつもの様にリビングに通されるのと同時に「貴臣様から、もう直ぐ時間を空ける事が出来るから、少しの間ここで待っていてほしいとの伝言を預かっております」と優しい笑みで伝言を受け取ったんだ。私としては、忙しいのにわざわざ時間を空けてくれるのが申し訳ないから、信頼を置いている藤林さんに資料を渡してそのまま帰ろうと思っていたんだけど、そんな伝言を受け取ってしまっては待つ以外の選択肢は無くなってしまって。実際に、私も桧山くんと会える時間が少しでもあれば嬉しいと思っていたから、その伝言は私の気持ちを高揚させるには充分なものだった。
伝言をくれた藤林さんにお礼を伝えてから、受け取った伝言通りリビングのソファに腰をおろして座って桧山くんを待っていた。



「えっと……ここまでは覚えてるんだけど、」
「その後の事だな。藤林がお前に伝言した通り、仕事を終わらせてからリビングに足を運んだら、お前がソファで眠っていたんだ。ぐったりとしていたからな、心配でちゃんと休ませる為にここまで運ばせてもらった」

自分が覚えている範囲の記憶を伝えれば、桧山くんがその続きを落ち着いた声色で説明してくれる。彼から発せられる言葉に、更に記憶を思い出していく。
桧山くんを待っている間、リビングに差し込む柔らかい陽射しが当たりそれが心地良いなとは思っていた。その後、花粉症の薬の副作用が効いてきたのか強い眠気がやってきて、うとうとしてしまったのがなんとなく思い出されて、そして…その後の記憶が無い。

「(そっか、私……そのままソファで寝ちゃったんだ)」

桧山くんからの説明と自分の記憶を手繰り寄せて、途中で意識が途絶えてしまった事から寝落ちしてしまったという事実に気持ちが沈んでいく。人様の家に来て寝てしまうなんて、なんて失態をしてしまったのか。

「なまえ」

不意に凛とした声で名前を呼ばれて、びくりと肩が強張ってしまう。なんとなく桧山くんと顔が合わせづらく直ぐには顔を上げる事が出来なくて、ベッドの上でぎゅっと布団を固く握り締めた。

「……別に怒っている訳じゃ無いから、顔を上げてくれ」

優しく宥めるような声が聞こえてきて、俯かせていた視線を恐る恐るゆっくりと桧山くんに移す。私を見つめるミルクティー色の瞳はしっかりとこちらを捉えていて、その瞳には心配をした、という意思が込められているように感じた。

「具合が悪いならそう言ってほしいだけだ。リビングで寝ていたお前はぐったりとしていて……そんなお前を見て、何かあったのではないかと心配した」
「あ……」
「無理してここまで来て、悪化させたらどうする」
「ご、めん。でもあの、これは……くしゅっ!」

ただの花粉症だから。心配そうにこちらを見つめ私の片方の手を優しく握ってくれる桧山くんに対して、慌てて説明をしようとしたタイミングでくしゃみが出てしまい、握られてない方の腕の袖口でそれを抑え込むけど、何度か連続で出てしまった。こんな姿を見せてしまったら余計に体調が悪いと心配させてしまう。その予想は当たってしまい、私の様子を見て更に心配に思った桧山くんはもう一度椅子から立ち上がり、顔を近付けて私の額と自分の額をくっ付けて熱を測るような仕草をしてみせた。

「ひ、桧山くん」
「……ふむ、熱は無いな。だが、頬は熱いし鼻が詰まっていそうな上、鼻声で苦しそうだ、瞳も潤んでいる。……どうみても風邪に見えるが、違うのか?」
「う、うん。風邪じゃなくて……」

私の体調を確認するように、手袋を外し頬に添えられた彼の手の冷たさが心地良い。そんな優しい彼の手にそっと自分の手を重ねて、風邪が原因じゃないという事を伝えてみる。鼻声で苦しそうに伝えられても納得はしてくれないのか、顔を近くに寄せたまま不思議そうに首を傾げている桧山くんに動悸が早くなるのを感じながらも「花粉症だから、」と息を落ち着かせてから明確な理由を伝えれば、漸く納得してくれたのか私から離れて椅子に再度座り直してくれた。

「花粉症か、なるほど。言われてみれば確かにそんな時期だが。……そういえば、今年は例年より酷い、と聞いた気がするな」
「うん……。だから私も薬を飲んだり対策はしてたんだけど、薬の副作用が強かったりすると眠くなったりして……。だからその、待ってる間、寝ちゃってごめんね。こんなに心配掛けるつもりじゃなかったんだけど……」
「お前が謝る必要はない、早とちりをしてしまったのは俺だからな。……だが、薬の副作用が効いて眠っていたにしても、ぐったりとされていてはやはり心臓に良くないな」

火照っている頬に手を添えられたまま、桧山くんは眉を下げて心配そうな表情を浮かべ私の事をじっと見つめてから、そんな一言を零した。先程から迷惑を掛け過ぎている事実と、彼からのその一言に、仕方ないにしても申し訳無さが募ってきてもう一度小さく謝罪をすれば「気にしなくて良い」と優しく頭を撫でてくれる。

「でも……」
「……そうだ。花粉症が落ち着いた頃で良いんだが、行きたい場所があるんだ」
「行きたい場所……?」
「ああ。もしも心配を掛けた事を気にするようであれば、一緒に行ってくれないか?季節によって年中色んな花が咲いている庭園なんだが」

頬に添えていた手を下ろしたかと思えば、さっきみたいに私の手にそっと触れて優しく指を絡め取ってきゅっと握り締めてくれる。唐突のお誘いに驚いたけど、嫌だなんて思う訳が無くて。承諾の意味を込めて小さく首を縦に動かせば、桧山くんは「ありがとう」と言って口元を綻ばせた。

「ここ最近、忙しくて二人で出掛けられなかったからな。だが、こんなにも花粉症が酷いのに、なまえを外に連れ出して辛い思いをさせたくはない」
「だから、落ち着いた時期に……?」
「ああ。その方が落ち着いて花も見れて、楽しめるだろう?」

窺うように訊ねれば、桧山くんはこくりと頷いてそう言葉を続けてくれる。私の事を気遣うその優しさに胸がじわりと温かくなっていくのを感じながらも、次の約束を確約してくれるその一言に嬉しさでつい私も頬が緩んでしまう。

「……ありがとう、桧山くん」
「いや、礼には及ばない。俺も、なまえと一緒に見に行きたいと思っていたからな」

そう言葉を零してから優しく私の額に触れるだけのキスを送ってから、桧山くんは嬉しそうにして私の事をじっと見つめてくる。その行動と彼からの視線に少しだけ恥ずかしくなって顔を俯かせた瞬間、

「は、くしゅっ」
「大丈夫か?」
「ぅ、ん、ごめん……」

顔を俯かせたと同時に出てしまったくしゃみに今度は持っていたタオルで鼻を覆い、そのままポケットからティッシュを取り出して鼻をかむ。その私の様子を見ていた桧山くんは私の頬を撫でてから、その手を私の背中に回して優しくさすってくれた。

「まだ落ち着いて無さそうだな。辛いなら、もう少し横になって休んでも構わないが」
「でも、桧山くんの貴重な時間を貰ってるし……そういう訳には、」
「俺の方は急ぎの案件は終わらせたばかりだから、ひとまずは大丈夫だ。……だから、落ち着くまで休んでいってくれ」

背中を優しくさすりながら紡がれた優しいその一言に、甘えたくなってしまうくらいには正直まだ鼻も目も辛くて。彼のその言葉と好意に甘えるように小さく頷けば、起こしていた身体はそっとベッドへと倒されて、優しく布団を掛け直してくれる。

「お前が寝ている間に、資料の方には目を通しておく。起きた時には、ハーブティーを淹れてこよう。確か、花粉症に効くと聞いた事がある」

そっと片方の手を繋いで、もう片方の手は優しく私の頭を撫でてくれた。彼が与えてくれる安心感と心地良さに、だんだんと目蓋が重くなっていくのを感じる。

「起きて体調が良くなったら、暫く会えなかった分の時間を共に過ごさせてくれ」

甘い声と視線と共に伝えられた言葉は、眠りに落ちそうになる私の耳にもしっかりと届いていて。寝て起きても桧山くんと過ごせる時間があるという事実が嬉しくて「もちろんだよ」と伝えてから、優しく繋がれている手を私もそっと握り返した。


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