そこにはきみの愛がある 


*恋人設定。菅野視点。
*マトリ所属の同期。夢主≠泉玲


***


「あ〜…疲れた…」

オフィスに誰もいないのを良い事に自分の机に置かれている書類の山を見て、つい机に突っ伏して嘆いてしまう。どうして、なんでこんな事になってしまったのか。
捜査一課総出で追ってた案件は昨日、漸く犯人を無事逮捕して解決した。無事に終わったと思ったら報告書を任されたのがつい先程だ。報告書を書き終わった後には耀さんから「ほい、次これね」と言って任されたのが、恐らくその案件の間にたまってしまっていた書類の束で。普段からためていた分の書類も合わせると、結構な量になってしまった。

「日頃からためてたのも悪いけど、でもこんなにどっさりなんてキツイって〜!いやでも、これ終わらせたら定時で上がって良いって言われてるんだよな〜…」

一人で文句を零しながらも、書類の束を見つめる。まあ、見つめた所で減る訳では無いんだけど。一人でそんなツッコミをしながらも、もう一度深い溜め息を吐いた所だった。

「失礼します」
「ん?…あ、なまえ」

聞き覚えのある声が入口付近から聞こえたと思い、突っ伏していた身体を起こしてから視線をそっちに移す。そこには自分の恋人であるなまえの姿。手に茶封筒のようなものを持っている所を見ると、関さんから耀さんへの何かしらの書類を届けに来たんだと推測する。

「夏樹。…服部さんは?」
「見ての通り、席外してる…っていうか、俺も耀さんの居場所分からないんだよね〜」

なまえは部署内に俺だけしかいないのを確認すると、中へと入って来て俺の傍へと近付きながら質問してくるから、見た状態のままを説明する。そう、今は丁度俺だけしかここに残っていなくて、みんな外出してる。と言っても、司さんと蒼生さんは外回り、秀さんは違う案件の調べもの、耀さんは相変わらず居場所が分からず仕舞い、って感じなんだけど。
俺の簡易説明に納得がいったのか、それとも何度か遭遇しているこの状況に最早慣れて来てしまっているせいなのか、なまえは苦笑いを零すと茶封筒を手に持ちながらどうしようかと悩み始めてしまった。

「そっか。うーん…まあ、直接渡してくれって言われた訳じゃ無いから…机の上に置いておくでも良いとは思うんだけど…」
「じゃあ、それで良いじゃん。なんかあるの?」
「ううん、大丈夫だとは思うけど…なんとなく、ね。でも、いつ戻ってくるか分からないからずっと待ってる訳にもいかないし…」

本格的に悩み始めてしまった彼女は、顎に手を添えて唸りながらどうしようかと悩んだまま。机に置いておいたとしてなんかあったら不安なんだろうな。こういう所見てると、真面目で固いんだよなあ…って思うんだよね。まあ、そこがなまえの良い所の一つでもあるんだけど。

「そんなに不安なら、俺が預かっておこうか?耀さんに渡せば良いんでしょ?」

悩んだままの彼女を見かねた俺は、彼女の中の悩みを解決してあげられる方法の一つをそれとなく提案してみる。なまえ的には俺に任せるのは悪いと思ってそれを言わなかったのかもしれないけど、別に渡すくらい大した事じゃないし、ここで待ってる方が大変だしなー。…まあ、一緒にいられるから別に俺はそれでも良いけど、真面目な彼女にこんな事言ったら怒られそうだから言わないでおこうっと。

「…夏樹が迷惑じゃ無ければ、お願いしてもいい?」
「ん、オッケー。耀さんが戻ってきたら、渡しておく!」
「ありがとう」

茶封筒がきちんと封をされてるのを確認してから、なまえは俺にそれを手渡し安堵の息を吐き出して表情を柔らかくする。

「(あ〜…やばい。限界…)」

連日の事件から徹夜続きで、更に書類の山の処理のせいで疲れがピークだったせいか、柔らかい表情の彼女を見ていると抱き締めたい衝動に駆られてしまう。俺は受け取った茶封筒をそのまま自分の机へと置いてから、カタンと音を立てて椅子から立ち上がり彼女の方へと身体を向ける。俺の行動になまえは瞳をぱちぱちと瞬かせて、柔らかい表情から驚きの表情へと変えていく。

「…夏樹?」
「ごめん。…ちょっとだけ、充電させて?」

いまだに俺の言葉に不思議そうにしているなまえの肩に、ぽすんと頭を預け小さく溜め息を吐き出す。「え…!?」と慌てる彼女の声が少し上から聞こえてくるけど聞こえない振りをして、瞳を閉じて暫く彼女の肩に頭を預けたままにする。いつもと違う様子の俺に戸惑っているのか、それでもそのまま何も言わずに、彼女は小さい手で俺の頭を優しく撫でてくれる。

「…大丈夫なの?」
「ん、ちょっと徹夜が続いて疲れがピークになってた。けど、お前に会えたし少し回復したから、へーき」
「なら、良いけど…」

顔を上げて近距離でなまえと視線を合わせて笑みを浮かべて見せれば、渋々と納得したような表情を浮かべてくれる。それと同時に、俺の頭を撫でてくれていた彼女の手が離れていく。だけど、今度は俺がその手を引き止めた。

「ちょっと待った」
「え?」

離れていってしまう彼女の手を掴んで、自分の両手でぎゅっと握り締める。さっき茶封筒貰う時に触れた時も、頭を撫でてくれていた時も思ったけど、やっぱりなまえの手、冷たい。外に出ていたからしょうがないとは思うけど、それでもこの冷たさって…。

「どうかした?」
「さっき触った時も思ったけど、お前…手、冷たすぎだって!」
「あ…ご、ごめん…」
「いや、別に謝らなくても良いんだけどさ。…あ!もしかして俺にあっためてほしくてわざと手袋しないで来たの?」
「ちが、そんな訳ないでしょ…!」
「えー…。じゃあ、なんで?」
「…持ってる手袋、あんまり使い勝手が良く無くて…新しいの買おうと思ってた所だったの」

唐突な俺からの質問に、なまえはどこかバツが悪そうに俺から視線を逸らして、小さく言葉を零していく。
…使い勝手が悪いなら早めに買うべきだろうけど、そんな事たぶん言われなくても彼女が一番分かってるだろうし。でも、流石に今日は買いにいけないだろうから、また手袋しないまま仕事に戻るって事じゃん?そしたらもっと手、冷たくなって赤くなっちゃいそうだし。…あ、良い事思い付いた。

「じゃあ、俺の貸すから!それ、着けて」
「え?!」

自分のコートの上着からガサゴソと紺の手袋を取り出して、彼女の小さい手にそれを着けていく。俺の発言と行動の両方に驚いているのか、慌てて「待って」と上げるなまえの声も無視して、気にせずに両方の手に俺の手袋をはめさせる。

「私が着けたら夏樹が着けて帰れないよ…!」
「良いから良いから。おっ、やっぱり俺のやつ着けるの見ると、お前の手ちっちゃいね」

ちゃんと着けた事を確認してもう一度彼女の手をぎゅっと握ってみれば、指先の辺りが若干ぶかぶかとしていて生地が余っているんだという事が分かる。まあ、男物のやつ着ければ当然なんだけどさ。でも、その姿が可愛くてつい口元が緩んでしまった俺を見て、なまえは小さく溜め息と共に言葉を紡いでいく。

「夏樹と比べたら…そりゃあ小さいとは思うけど…」
「うん。でも、そんなお前を守るのは俺の役目だから。…だから、これは着けてって」

本心でもある言葉を彼女に伝えながら、俺の手袋をはめた彼女の手を優しく握る。もうこれ以上俺が折れるつもりが無いのが伝わったみたいで、なまえは小さく頷いてから「ありがとう」と小さく零してから俺の事を見上げた。

「あの、借りたからにはなんかお礼したいんだけど…」
「お礼なんて気にしなくても……。あー、でもちょっと待って。それなら、久し振りにお前の手作りのご飯食べたいかも」

思いがけない彼女からの言葉に、気にしなくても良い、と言いかけた言葉を喉元でストップさせて、少し考えてから自分の希望を伝えた。俺の提案が予想外だったようで、少しだけ驚きの表情を見せている彼女に向かって、俺は言葉を続ける。

「今日は定時で上がる予定なんだ。だから、帰りお前んち寄るから!その時に手袋も返してくれればいいよ」
「…分かった。だけど、終わるまで待ってるよ」
「え?」
「料理作るなら、夏樹の好きな物作りたいから。一緒に買い物してからが良いかなって」

笑顔でそう言ってくれるなまえに、心臓がぎゅっと締め付けられるのが分かる。色々不意打ちすぎない?俺の好きな物作りたいから一緒に買い物とか。普段はあまり口にしないような事ばっかり言われて、先程から緩んでいた口元がもっと緩んでしまう。

「お前さ〜…それ……ずるいって…」
「え?私、なんか変な事言った?」
「…いーや、俺のテンション上げるには充分すぎる言葉、貰えたなって思って!」
「…そうなの?」
「そうそう。…んじゃあ話し戻すけど、帰りは買い物してからお前んちな。でも、迎えに行くのは俺の役目!だから、ここ出る時連絡入れるから、暖かい所で待ってて?」

握ったままだった手をなまえの柔らかい頬に移動させてそっと撫でながら伝えれば、小さく頷いてくれた。そのまま手を握り返されて「ありがとう、夏樹」と笑顔で感謝の言葉を告げられる。…感謝したいのはこっちの方。笑顔のなまえからの嬉しいご褒美の言葉に、さっきよりもやる気が格段に上がっていくのが自分でも分かる。単純だって言われても仕方ない、それくらい彼女の手料理(しかも自分の好きな物)は俺にとっては嬉しいものって事!

暫くしてから、なまえは、そろそろ仕事に戻る、と言ってオフィスから出て行ってしまった。
そしてまた一人になったオフィスには静寂が訪れる。たぶん、そろそろ司さんと蒼生さんが戻ってくるはず。その前に少しでもこれ…進めておかないと!

「さってと、…残り、頑張りますか!」

彼女の事を見送ってから椅子に座り直し、深い息を吐き出してから自分の頬を軽くパチンと叩いて、改めて書類に向き直る。定時で帰らなきゃいけない理由も出来たし、彼女との大事な時間を過ごす為にはこれを片付けなきゃ帰れないからな。頭の中で数時間後の彼女との時間の事をシミュレーションしながらも、俺は目の前にある山積みの書類を手に取り始めた。



 

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