ゆるやかにたゆたう 


*恋人設定。ヒロイン視点。
*若干年齢操作あり(大学卒業して働いてる設定)
*元瀬尾研究室の一員。可愛と同い年


***


「なまえさんっ。あ、あの…来月の休み…お、俺と一緒に蛍を見に行きませんか…?」

きっかけは、必死に声を振り絞りながら伝えてくれた潔くんの一言だった。
最初はびっくりして瞬きしか出来なかった。そんな私の様子から断られると思ったのかみるみる内に潔くんの表情が曇っていくのが私の瞳に映っていく。違う、嫌とかじゃない。蛍を見に行くのも楽しみだけど、どちらかといえば潔くんが一生懸命誘ってくれたという事実が嬉しくて、私は曇っていく表情の彼の手を取り、ぎゅっと握りながら「行きたい、です」と答えていた。



夜の20時少し前の時間。私と潔くんは、宿泊予定の旅館に荷物を置いてから旅館から少し離れた所にある森を歩いている。
元々到着時間が夕方なのもあって、着いて直ぐに潔くんが「…時間帯的にも…見に行くのにちょうど良い、タイミングだと思います」と言ってくれたので、二人で蛍が見える川に向かっている。

「やっぱり、このくらいの時間帯だと夏とはいえ真っ暗になってるね…」
「そう、ですね…元々ここの場所が山に近い所でもありますから…。で、でもこの先をもう少し行った所が、蛍が見える川がある所です。…なまえさん、あ、足元危ないですから…気を付けてくださいね…」
「ありがとう、潔くん。蛍見れるの、楽しみだね」
「……はい」

彼は片手に懐中電灯、もう片方の手は緊張からなのか少しだけ震えながらも私の手をきゅっと繋いでくれている。私の言葉に、潔くんは小さく、それでもしっかりと優しい声色で頷いてくれる。彼自身、生き物が好きだから今日を凄く楽しみにしていたという事が伝わってくる。

「でも潔くん、やけにこの辺の事に詳しいね…?」
「あ、ええっと…す、すみませっ、実は…数年前に何度か…来た事があって…」
「そうなんだ。だから蛍見に来るのも初めてじゃないんだね」
「は、はいっ。す、すみません…一人で勝手に…来てて…」

焦ったような声色に、少しだけ握られていた手が強くなるのを感じた。その表情は私に背を向けているから分からないけれど、たぶん眉を下げて泣きそうな表情を浮かべているんだと思う。…何も悪い事なんて無いんだけどな。

「潔くん」
「は、い」
「潔くんは自分で見に行くくらい生き物が好きで、だから一人で蛍見に行ったりしてたんだよね?」
「…は、はい、」
「それならそれは別に良い事だと思うから、謝らないでほしいな。潔くんが謝る事なんて何も無いよ」

私の歩幅に合わせて歩いてくれる潔くんの手をそっと握り返す。本当に、謝る事なんて何も無いんだよ。控え目だけど、彼はいつだって優しさに溢れている。そんな潔くんだからこその理由にはすごく納得出来る。それに、

「…今年はこうやって一緒に連れて来てくれたし、迷いなくリードしてくれてる。そんな潔くんは素敵だよ」
「っ…!」

素直な気持ちを告げてみれば、少しだけ前を歩いていた潔くんの足がぴたりと止まってしまって、その後ろを着いて歩いていた私の足も自動的に止まってしまう。
紛れもなく、私の一言に動揺してしまったんだと思いながら少しだけ高い彼の顔を見上げれば、暗闇に慣れた視界に困惑したような表情を浮かべている潔くんの様子が瞳に映る。

「潔くん…?」
「あ、ああのっ、俺なんかにそんな言葉は勿体ない、です…」
「そんなこと…」
「…で、もっ」

一旦言葉を止めてから、潔くんは視線だけをこちらに向けてくる。先程まで浮かべていた困惑したような表情では無くなっていて、代わりに恥ずかしそうにしている表情を浮かべている。

「…なまえさんに言われる、その言葉は…凄く嬉しい、です。…少しだけ、自信が湧いてきます…」
「…!」
「す、すみませっ、今の言葉は忘れてください…!…早く行きましょう…!」

自分の発言に驚いたのか、潔くんは慌てて私の手を引っ張って止まっていた足を再度進ませた。ちゃんと聞こえた彼の発言に、思わず嬉しくて口元が緩んでしまうのが分かる。出会った当初や付き合い始めた頃とは想像も付かないような、前向きな発言だ。

「(忘れられる訳、ないよ…)」

繋がれている手を優しく握り返したまま、そっと心の中で呟く。私の前を歩く潔くんは、暗闇の中だけどきらきらと輝いて見えた。



ほんの少しだけ奥に進んでいくと、蛍がいると聞いていた川が見えてくる。草むらに隠れつつ潔くんは懐中電灯の光をゆっくりと消しながら、私と繋いだ手の力をさっきよりも強めて音を立てないように川の方に二人で近付いていく。近付いていく途中、ぽつりと暗闇の中でふわりと一つの黄緑色の光が飛んだのが見えた。

「…!」
「…なまえさん、ここで止まってください」

川のほとりの手前。光につられてそっちの方に足を向けようとした私を、潔くんは冷静に繋いでいた手を痛くないように引っ張って引き止めてくれて、思わず踏み出そうとした足をその場に留まらせて、潔くんの方に視線を向けて首を傾げて見せる。

「…潔くん…?」
「きゅ、急に…すみません。でも……人の気配を感じて蛍が逃げてしまう可能性があったので。こっちにその気が無くても…驚かせたりする可能性もあるので…」

不安そうに小声で話す彼の言葉に分かった、という意味を込めて小さく首を縦に動かす。それを確認して安心したのか、そして何かに気付いたように潔くんは川のほとりの前に視線を移した。そんな彼の視線をなぞるようにそっちの方に視線を動かしてみれば、目の前にはたくさんの蛍が黄緑色の光を灯しながらふわりと飛んでいた。

「…!」
「…今がちょうど、蛍が集まって光る時間帯、なんです…」

小声で零れた潔くんの言葉に耳を傾けながら、じっと目の前に広がる光景に視線を向け続ける。光るタイミングが決まっているのか、数秒おきに揺れるように光を灯し、ふわりと飛んでいる神秘的な光景に目を奪われて思わず息を呑んでしまう。

「(綺麗…)」

ずっとこの光景に釘付けになってる私の手を、潔くんは優しく繋ぎ直してくれる。その事に一瞬彼の方に視線を向ければ、彼は穏やかな優しい表情で蛍を見つめた後に私に視線を向けた。暗闇の中でも蛍の光に照らされて見える潔くんはいつもよりも大人びて見えて、蛍に向けていた優しい表情がこちらにも向けられて一瞬、胸がドキリと高鳴る。

「潔、くん」
「…あの時言っていたのを…叶えてあげたいと思っていたんです…」

優しい表情を向けられたまま、ゆっくりと話し始めた彼のその一言に何の事だろう、と首を傾げてしまった。少し考える素振りをしていると「…お、覚えてないかも…しれないんですが」と潔くんは小さい声で言葉を続けてくれる。

「なまえさんが…大学を卒業した時。いつか二人で蛍を見に行きたい、と言っていたんです…。それを実現したくて…」
「あ…」

潔くんのその一言に、自分の記憶が蘇る。卒業間近、確かにそんな事を話していた気がする。
大学卒業間近に付き合い始めたからなのもあって、大学を卒業してからだと会う機会が減ってしまう。予定を合わせて会う事は可能ではあるけど、社会人に先になってしまった私にはそれが難しい事に思えていて。それもあって、長期の休暇の時には少しだけ遠出したいなと思っていた。

「夏に、いつか二人で蛍を見たいねって言われて…なまえさんに、喜んでもらいたくて。何回も確認の為にここに訪れたんです…。自分の仕事もなまえさんの仕事も落ち着いた時を見計らって、ってやっていたら今日になってしまったんですけど…」
「潔く、ん」
「なまえさんに…蛍の光を…自然で神秘的な姿を見て欲しくて…」

自信無さげに、それでもどこか嬉しそうに潔くんは笑顔を浮かべた。私と話した一言の為に数年掛けてここまで計画を立ててくれて、そんな彼の想いが嬉しくて、色んな気持ちが込み上げてきそうになる。

「潔くん、」
「は、はい…」
「連れてきてくれて、本当にありがとう。一緒に見る事が出来て、嬉しいよ…」

泣きそうになるのをぐっと堪え、口元を緩めて精一杯の笑顔で彼に向かってその一言を伝える。なんとか涙だけは隠そうと思ったけど目尻に溜まった涙は彼にも見えてしまって、私の様子に慌てた潔くんだったけど「大丈夫だから」と伝えれば、不器用ながらも片方の手で目尻から零れそうになった涙を優しく拭ってくれる。

「お、俺も、…貴方と一緒にここに来れて嬉しいです…」
「潔くん…」
「…あ、あの…もしも叶うのであれば、来年もその次の年も…なまえさんとこうして一緒に蛍を見れれば良いな…って、そう思います…」

私と視線を交わしたまま、潔くんはゆっくりと言葉を紡いでいく。少しだけ照れくさそうに伝えてくれたその言葉が来年もそれ以降の夏も一緒に居てくれる事を確約してくれていて、嬉しさに頬を緩ませてしまう。そんな彼の想いに、私も一緒だよ、という意味を込めて頷いてみせれば、ふわりと近くまで飛んできた蛍の優しい光に照らされて見えた潔くんの頬はほんのりと赤く染まっていて、私の言葉に嬉しそうに笑みを浮かべてくれた。
その約束を胸に私達は手を繋いだまま、ふわりと目の前に広がる蛍の神秘的な光景を楽しむのだった。

 

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