凍える夜にあまい熱を 


*恋人設定。ヒロイン視点。
*学生時代の同級生・病院勤務の内科医。九条家を出入りしてるのでメンバーとは顔見知りではあるが、内情はそこまで知らない。


***


12月30日。自室のソファーに座り、机に置いたスマホをじっと眺めていた。そしてLIMEを開き、先程から何度か同じ文章を打っては消し打っては消し、を繰り返している。その送り先の相手は恋人である新堂だ。

「(年始だし忙しいかな。…というより、初詣とか興味無さそう)」

もう一度消した文章を打ってから、深い溜め息を吐き出す。一言「もしも空いてたらで良いんだけど、初詣行こうよ」の文章が中々送れずにいた。


年末年始に差し掛かる時期。どこもかしこも忙しいのは、どこの病院も変わらなかった。
いつでもどんな時でも忙しいのは、この職業に携わってからはしょうがない事だと思っている。休みなんて期待せず、今回の年始も毎年恒例で当直医なんだろうって。かといって、別にどうしてもそこの休みが欲しいという訳でも無かったんだけど。まあ、出来たら…新堂と初詣とか行けたらいいな、とかそんな事を考えていたのはつい先程だった。
仕事休憩の合間、改めて自分のシフトを確認してみれば、来月の1日、2日という世の中では年始と呼べる日が休みになっていて、思わず二、三度見してしまった。上司に確認してみた所、ここ数年私は何回か当直医を担当していたから、今年は違う人に任せてくれた、という事を言われて驚いたのもつい先程だ。そしてそれと同時に、これならもしかして初詣行けるのでは…?という考えに至り、今現在、こうしてLIMEを開いて文章を書いては消し、を繰り返し格闘中である。


「あー…、どうしようかな」

思考を目の前のLIMEに戻し、打った文章をもう一度確認する。
変な所は無い、至って普通の誘い方、だとは思うんだけど問題はあの新堂が初詣なんかに興味があるかどうかである。これで断られたら、友達と行くか、もしくは家で一人悲しくテレビを見ているか、どっちかだ。とりあえず、今はこの文章を彼に送る事が優先である。送信ボタンを押し、メッセージ画面に表示されたのをちゃんと確認する。

「あ、既読付いた」

机に置いていたスマホを手に持ち弄りながら待っていれば、案外早く送ったメッセージにぴこんと既読のマークがつく。この様子から仕事はもう終わってるみたいだ。なんて返信が来るのか、あまり期待せずに待っていれば、メッセージの代わりに着信画面に切り替わり、持っていたスマホが震える。着信画面に表示されているのは勿論、先程メッセージを送った相手だ。

「もしもし?」
『年始は、仕事じゃないのか』
「いきなりだね」

慣れた手付きで受話ボタンをスライドし耳にスマホを当て応対すれば名乗りもせず、すぐに会話が始まる。そもそも電話自体珍しい。そんな事をぼんやりと思いながら視線を部屋の壁に掛けてあるカレンダーに移して新堂からの疑問に答えていく。

「珍しく1日、2日休みくれたんだ。だから新堂が都合合えばと思ったんだけど…。あ、でも忙しいなら別に断ってくれてもいいよ」
『…1日の昼間は、九条達と行くことになっている』
「あ、そうなんだ。じゃあ、やめておく?」
『……』
「新堂?」

私からの呼び掛けに、暫く無言の状態が続く。そんなに困らせるような事を口にしただろうか。不思議に思いながらも返答を待っていれば、漸く、といった感じで彼は小さく言葉を口にする。

『二度も行くのは気が引けるが…会っておかなければ次にみょうじと会うのは随分先になるだろう』
「あー…まあ、その可能性は否定できないかな」
『…待ち合わせ時間は23時50分。一番近い神社の最寄り駅だ』
「え、待って。結局一緒に行ってくれるの?」

否定の言葉は無いにしても、はっきりとした肯定の言葉も口にされずどんどん話しが進んでいく。淡い期待を少しだけ抱いてから訊ねれば溜め息を吐き出された後にはっきりと言葉を紡がれる。

『当日の夜なら付き合ってやってもいいと言ってる』
「いや、言われてないから…!付き合ってくれるならちゃんと言ってよね。…でもまあ、ありがとう」

思わず零れた感謝の気持ちを伝えて、緩みそうになる頬を抑えるのに必死になる。年末年始に彼に会えるのはなんだかんだ嬉しかったりする辺り、私にとって新堂の隣はとても居心地が良いんだなと再認識してしまう。
その後、少しだけ仕事の話しとくだらない話しをしてから、また明日、と言って互いに電話を切った。まさか本当に一緒に行けるとは思わなくていまだに緩んだ頬は戻らないまま、明日を楽しみにしてベッドへ入り、ゆっくりと瞼を閉じた。



翌日。自分にとっては仕事納めとなる今日、ある程度仕事を片付けていこうと思い残業をしながらも終わらせる。遅番出勤のせいもあって、タイムカードを切れたのは時計の針が22時を回った頃だった。
一旦家に帰り、身支度を整えてから少しだけゆったりとしていれば、直ぐに家を出る時間になる。再びコートとマフラーと手袋を付けてから貴重品を鞄に入れ、暖房器具の消し忘れが無いかの確認をし、ゆっくりと家を出た。


「遅い」
「待ち合わせ時間の3分前だからセーフだよ」

待ち合わせ場所に着いたと同時に告げられる一言に思わず反論をすれば、新堂は呆れたように小さく溜め息を吐き出した。私が着いたのは確かに待ち合わせ時間ぎりぎりだ。寒かったから、行く道の途中にあったコンビニに寄っていたのが原因ではあると思うけどちゃんとぎりぎりには着いたんだからそこは許してほしい。

「まあいい、さっさと行くぞ」
「あ、ちょっと待ってよ!」

私の方を見ずに真っ直ぐ前を見て歩き出す新堂に慌てて着いていく。神社にはどんどん人が集まり、余所見をすれば見失ってしまう。身長が高くて目立つは目立つんだけどね。バレないように新堂のコートを緩く握り締めて、逸れないように歩幅を合わせて着いていく。

「…おい、コートがのびるだろう」
「いや、だってこうでもしないと逸れそうだし」
「弁償してもらうぞ。10万だ」
「高すぎだからね。…じゃあ、手繋いでも良い?」

いつもの様に軽口を言い合ってから出た言葉に、自分自身驚いてしまった。言った直後に恥ずかしくなってきて、反射的に謝りながらコートから手をゆっくりと離せば、その手を私より一回り以上大きい手に優しく握り締められて、思わずドキリと心臓が高鳴った。

「っ、」
「これで満足か?」
「あ、りがと…」
「…いつもなら高いが、今日は特別だ」

口にしながらもほんの少しだけ顔が赤くなったのを私は見逃さなかった。新堂も私と同じ気持ちなのかもしれない、そう思えば嬉しくなってきて握り締めた手をぎゅっと握り返す。
それと同時に、除夜の鐘が鳴るのがゆっくりと聞こえた。左手首に付けている時計を確認してみれば0時丁度を時計の針が指している。良いタイミングで年が明けたみたいだ。

「…昨年はお世話になりました。今年もよろしく」
「ああ、明けたのか。おめでとう、と言っておくべきか。そして言うほど、俺はみょうじの世話をした覚えはないがな」
「まあ、それを言うなら私もそこまで新堂のお世話してないけどね」

手を繋ぎ、除夜の鐘を聞きながら私の歩幅に合わせてくれる新堂と二人で神社の境内へと入っていく。初詣に来ている人の波に攫われそうになれば、それを新堂が力強く引っ張って自分の方へと引き寄せて留めてくれる。

「ごめん。ありがとう…」
「全く。これ以上疲れるのはごめんだ。気が済んだらさっさと帰るからな」
「あ。じゃあお参り終わったら、私の家にきてお酒飲もうよ。貰った日本酒あるけど一人で飲めないからさ」
「…君から誘ってくるなんて珍しいな」
「そう言えばそうかもね。でも、たまにはこんな新年も良くない?」
「…悪くない誘いだ。が、酔っ払ったみょうじを前に俺だって素直にちゃんとした介抱をしてやれるかは分からないが」
「は、」
「それでもいいなら付き合ってやる」

隣にいる新堂を見上げながら尋ねれば、予想外の答えを返されてしまった。
頭の中で新堂が口にした言葉の意味を理解してから「バカじゃないの」と口にする私と、「そうやって軽率に誘ってくる君こそ、バカじゃないのか」と言いながらも繋いだ手を離さないようにぎゅっと握り締めてくれた新堂の頬が赤くなっていくのは同時だった。


 

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