幸福色に染め上げて 


*恋人設定。槙視点。
*誕生日。


***


亜貴、羽鳥、桧山くんの三人が俺の誕生日をバーで祝ってくれた。亜貴が持ってきたシャンパンをみんなで飲んだ後も羽鳥が持ってきた酒も飲んで、タクシーを呼んで帰る頃には若干記憶が曖昧になるくらいに酔っていたと思う。
次に目が覚めた時にはいつの間にか昼頃になっていて、スーツを着たままベッドに横になっている様子からみて、帰って来てからそのまま眠りに落ちていたみたいだ。ぼんやりとする思考でゆっくりと起き上がって風呂場に向かい、シャワーを浴びる。

「…ん?」

シャワーを浴びてからリビングに戻り、机の上に置いてあるスマホに視線を移せば、ランプが点滅していて通知が来ている事に気付く。慣れた手付きでなぞるように操作して内容を確認してみれば恋人であるなまえからLIMEが飛んできている。
メッセージに目を通せば簡単なもので「今日、仕事終わってから慶くんの誕生日お祝いしに行っても良い?」というものだった。
断るわけ、ないだろ。内心ひっそりと思いながら小さく溜め息を吐き出して、手早く返信を返す。「仕事終わる頃、連絡くれ。迎えに行くから」と短く打てば、即座に既読の文字が付いた。付いたかと思えば、着信が鳴り響く。言わずとも、相手はなまえだ。

『もしもし…?』
「お疲れ」

スマホを耳に当てて応対すればなまえの声が俺の鼓膜に響く。控え目な声に相変わらずだ、と思いながら彼女の声に耳を澄ます。

『あの、迎えって…』
「そのまんま。車で迎えに行くから、終わる頃連絡ほしい」
『慶くんだって仕事で疲れてるんじゃ…?そんなわざわざ悪いよ…』
「俺は休みだから平気。…それに、俺が迎えに行きたいから、素直に応じてくれたら嬉しい」
『そ、その言い方はズルいよ…』

声のトーンが少しだけ恥ずかしそうに呟かれた一言は俺の耳にしっかりと届いていた。そのまま『20時30分頃には終わると思うから、それくらいに居てくれたら嬉しい』とはっきりとした口調で呟かれた後に「了解。また向かう頃連絡入れる」とだけ伝えて、通話ボタンを切りスマホを机の上に置いた。
今日までなまえは仕事が立て込んでいると言っていたから、正直会えるだけで嬉しいのは事実でつい口元が緩んでしまうのが自分でも分かる。その緩みを隠すかのように、少しだけ散らかっている自分の部屋を片付けながら、彼女を迎えに行く時間を心待ちにしていた。



時刻は20時ちょっと前。予定していた時間よりも早く上がれたなまえを迎えに行き、他愛のない会話をしながら俺の住むマンションへと到着する。
三月上旬であるこの時期の夜は昼間よりやっぱり寒く、車から降りてからも冷え切っているなまえの手を温めるようにきゅっと握って俺の部屋へと足を進めた。


「お邪魔します…」

声を潜めながらなまえは恐る恐る俺の部屋に入る。久し振りに入るせいなのか、その面持ちは少しだけ緊張していて、そんな様子が面白くてつい小さく笑ってしまう。

「そんな緊張しなくても良いだろ」
「ひ、久し振りに入るからなのかな。なんか緊張しちゃって…」
「でも、俺の部屋には変わりないし何回か来てるんだから。もう少しリラックスしろって」

リビングに入り、自分の分のコートを脱いでハンガーに掛けてから、なまえにもコートを脱ぐように促す。漸くリラックス出来てきたのか、いつも俺の部屋に来たときに荷物を置く場所に仕事のカバンやらを置いてからコートを脱いで俺に手渡してくる。

「ありがとう」
「別に、大した事してないだろ」
「慶くんにとって大した事じゃなくっても、私にとっては大事な事だと思ったから…」

渡されたコートをハンガーに掛ける俺と、そんな俺の様子を見てなまえはお礼を告げてくる。
緊張しているような表情を浮かべたかと思ったら今はもう笑顔になってお礼を言ったりころころと変わる表情に素直だなと正直に思う。元々感情表現が豊かで、見ていて飽きないと思っているのは昔からだけど、今はその気持ちにプラスして可愛いという感情も募っている。…まあ、それは彼女の事が好きだと自覚したから、と言った方が正しいか。

「慶くん?どうしたの?」
「…ん、ああ。悪い。ちょっと考え事してた」

じっと彼女を見つめながらぼんやりと考えていれば、名前を呼ばれて反応する。
今はなまえと一緒にいるんだし、余計な考え事は不要だ。一人で納得して、不思議そうにしているなまえに向かって笑って見せた。



「そうだ。プレゼント、何が良いか決まった?」

リビングのソファに座り、紅茶とコーヒーを淹れてなまえが作って持ってきてくれたフルーツケーキを食べていた時、思い出したようにふと、彼女の口から出たのは誕生日プレゼントの話しだった。
前に彼女から「誕生日プレゼント、何が欲しいか決めておいて欲しい」とずっと言われ続けていて、とうとう今日を迎えてしまった。ケーキを食べる手を止めてフォークを皿に置き、大きい瞳が俺の方をじっと見据えてくる。

「決まらない?」
「決まらない、というか…」
「…?」

煮え切らない返事をする俺に、なまえは不思議そうに首を傾げる。そんな彼女を見て俺も手に持っていたフォークを置いて思わず苦笑いを零した。
考えても思い付かないというのは本心でもあるが、それは彼女からのプレゼントがいらないという訳では無い。
好きだった相手と付き合える事が出来て、こうして俺の傍にいてくれて、付き合って初めての誕生日をこんなにも祝おうとしてくれていて、

「今この時間を、なまえと一緒に過ごせてる。…それだけで俺は充分満足だから」

はっきりと聞こえるように、じっとなまえの瞳を見つめ返してしっかりと言葉を伝える。
俺の体質の事を知っていてもなお傍に居たいと言ってくれた。諦めないといけないと思っていたから、彼女が俺の事を好きだって知った時は本当に嬉しかった。
だからこそなのだろうか。こうやって一緒に過ごせる時間だけで充分幸せに感じるのは。

「慶くん…」
「なまえが祝いたいって思ってくれてるのも分かるし嬉しい。だけど、こうやって傍で一緒に過ごしてくれてるだけで、凄い幸せだから」

言葉を選び、優しく頭を撫でながら本心を伝える。俺からの言葉にどこか擽ったそうに、だけど嬉しそうになまえははにかんだ笑顔を見せてくれる。

「(…あぁ、やっぱり好きだ)」

笑顔を見て改めて好きだと実感して。この気持ちを伝えるように、彼女の肩に手を置いて逸らされないままの瞳を見つめ続ける。そのまま、顔を寄せてみせれば少しだけ戸惑いながらも瞳をきゅっと瞑るなまえに、優しく触れるだけの口付けを送る。
緊張からなのか、彼女の身体が少しだけ強張るのを感じ、その緊張をほぐすように肩に置いていた手を後頭部へ移動させて髪を優しく梳く。唇が離れるのと同時に、甘い吐息も僅かに零れ落ちて瞑っていた瞳がゆっくりと開かれた。

「…慶くん」
「っ、」

恥ずかしそうに甘い声で俺の名前を零すなまえに、動悸が少しだけ早くなるのを感じる。
触れる度に大事にしたい気持ちが募っていくのは嘘じゃないし、そうしてきたつもりだ。だけど、それ以上に触れたい気持ちだって同等に持っているのも嘘じゃない。上目遣いで見上げられて、甘い声で呼ばれてそれに煽られてしまったのも、好きだからこそ…だ。

「あのな…俺も男だから、…そんな顔されると帰したくなくなるから…」

きっと彼女は明日も仕事だし、こんな事言ったら困らせてしまうと理解はしていたけどつい本音が先に零れ落ちてしまった。帰したくないという事はつまり…そういう意味でもあって。彼女の気持ちを確認せずに先走ってしまった事に後悔する。
悪い、と一言謝罪を告げようとすれば、それはなまえが俺の服の裾を引っ張った事によって喉元で止まった。

「なまえ…?」
「…明日、休みだから。慶くんが良いなら…」

泊まりたい、と最後は聞き取れるか微妙なくらいの声量でなまえは小さく呟いた。
伝えられた一言に一瞬耳を疑ったけど、彼女の耳が頬と同じくらい真っ赤になっているのを見れば、そういう意味で捉えてしまう。期待、していいのだろうか。

「…本当に良いのか?」
「付き合ってからも大事にしてきてくれてたのは分かってるから…。怖い気持ちはあるけど、それでも気持ちは慶くんと一緒だから…」

服の裾をぎゅっと握り締めて瞳を俺から逸らしてから、たどたどしく紡がれる一言にこれ以上ないくらいの幸福感を感じる。大事にしたい、大切にしたい、…それと同じくらいに触れたい。色んな想いがたくさん溢れてくる。

「…嫌ならちゃんと言えよ」
「い、嫌な訳ないよ。…大好きな慶くんだから、良いんだよ」
「だからそれ…煽るなって」

本心なんだろうけど、そんな事言われてしまったらこっちだって色々持たなくなりそうなんだ。
ほんのりと紅潮している頬に手を添えてからもう一度だけ触れるだけの口付けを送り、顔を寄せて近距離で視線を絡ませ合う。潤んでいる瞳が微かに揺れたかと思えば、「慶くん」と小さく名前を呼ばれた。

「ん?」
「誕生日、おめでとう。生まれてきてくれて、傍にいさせてくれて、ありがとう。私、慶くんの傍にいられて本当に幸せだよ…」

嬉しそうに、幸せそうに、口元を綻ばせて微笑むなまえに同じくらい幸せだという気持ちを持って俺も彼女の頬をそっと撫でれば、更に笑みを深めて笑ってくれる。
こんな些細な事で嬉しそうな表情を浮かべる彼女が好きで、この気持ちはずっと変わらないままだろう。
想いを確認するように彼女の事をじっと見つめる。俺の視線に気付いた彼女はほんの少しだけ欲の孕んだ瞳をゆっくりと閉じていき、それが合図だというように、俺は深い口付けを送った。

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