温もりに包まれるのは 


*恋人設定。槙視点。
*ヒロインの身内表現少しあり。


***


「お邪魔します」

靴を綺麗に揃えてから、久し振りに彼女の部屋へと上がる。玄関先で出迎えてくれたなまえは嬉しそうに「来てくれてありがとう、慶くん」と満面の笑みで俺を中へと迎えいれてくれた。



まだ寒さが残る一月下旬。なまえへLIMEで連絡をしてみればたまたま休みと言われたのはつい昨日の事だ。何か予定があるのか聞いてみれば、「少しだけ持ち込みの仕事があるけど、量はそんなに無いから。…来れそうなら、来てほしいな」と返事をくれた。
この間のハロウィンの時みたいだ。まあ、あの時はなまえが俺の所へ来てくれたんだけど。数ヶ月前の事をぼんやりと思い返しながらも、スマホを動かす手は止めずに返信をしていく。「じゃあ、明日。13時頃にそっち行くから」そんな簡単な内容を送信すれば、すぐに既読マークが付く。その後直ぐに来た返信は「綺麗にして待ってるね」という一言と可愛らしい猫のOKスタンプだった。



スリッパを履き、なまえに案内されてリビングへと足を進める。いつも見慣れたそこへと向かってみれば予想外のものがあって、思わず瞬きを繰り返してしまう。
最後に来たのが今から一ヵ月前くらいだっただろうか。その時には無かった筈の淡いクリーム色のこたつ布団が、中心部のテーブルに敷かれていた。今までも何度か彼女の部屋に来た事はあったけど、あまり見慣れないそれに首を傾げてしまう。

「どうかした?」
「いや、大した事じゃないんだけど。…このこたつ布団って、」

俺の様子がおかしかったからなのか、俺のコートをハンガーに掛けながらなまえは不思議そうに首を傾げてこちらの方へと視線を向けてくるもんだから、素直に答えてみる。だけど、なんとなく見覚えのあるそれにどこで見たのか、ゆっくりと思考を巡らす。俺の反応は想定内だったのか、小さく笑みを零してからなまえは言葉を続けた。

「そのこたつ布団ね、実家に置いてあったやつなんだ」
「…あぁ、だからか。なんか見覚えあるのは」
「うん。兄さんに聞いてみたら、もう使わないって言ってくれたから。小さいし私一人使うならこれで充分かなって思って」

彼女からの答えを聞き、漸く納得してもう一度こたつの方に視線を向ける。言われてみれば、なまえの実家に遊ぶに行ったときに見たこたつ布団だったと記憶が蘇る。そのまま話しを区切る事なく、なまえはキッチンへと足を向けてお湯を沸かし始める。その様子を後ろから眺めながら、俺は履いていたスリッパを脱いで、こたつの中へと足をもぞっと潜り込ませた。既に暖かいそこは冷たい足をじんわりと暖めてくれる。

「そういう事だったのか」
「うん。でも、暖房とかストーブとはまた違った暖かさがあるから、たまに寝落ちとかしちゃうんだよね。良くないって分かってはいるんだけど…」
「いやでも、それは分かる気がする…」

彼女の返答につい俺も苦笑いを零す。現に今、足を入れて暖まっている状態だけど、この状態がずっと続けば離れがたくなるのも分かる。

「まあ、寝落ちとかは風邪引いたりする可能性もあるし良くないから。気を付けろよ」
「うん。あ、でも今日は寝落ちしても慶くんいるから大丈夫かな…?」
「そういう問題じゃないだろ。…というか、持ち込みの仕事あったのに、本当に来て大丈夫だったのか?」

紅茶を淹れ終えたなまえはお盆にマグカップを二つ乗せて、こちらへと運んでくれる。俺からの質問に、机の上に色違いでお揃いのマグカップをそっと置いてから小さく首を縦に振って、言葉を続けた。

「仕事って言っても会議で使う資料作成だったんだ。でも、ついさっき終わったから大丈夫だよ。…むしろ慶くんに会いたかったから、会えて嬉しい…」

少しだけ照れたように笑う彼女からの不意打ちの一言に、単純にも心臓は小さく音を立てて、少し頬に熱が集中するのが自分でも分かる。…今のは完全に不意打ちすぎる。

「慶くん?」
「…なんでもない」

俺の名前を不思議そうに呼ぶなまえに短く言葉を返してから、頬が赤くなっている事を悟られないように、紅茶を淹れてくれたマグカップの取っ手を持って小さく「頂きます」と零してからゆっくりとそれを啜る。そのまま心を落ち着かせるために深く溜め息を吐き出した。



「…ん」

暖かい温もりの心地良さを感じて、薄っすらと重い目蓋をゆっくりと開いていく。意識がはっきりしない中視界に映ったのは、俺の隣で机に身体を預けて寝入ってるなまえの姿と、繋がれたままの俺と彼女の手だった。

「あれ…どうしたんだ?」

机に預けるようにして寝ていた身体を起こしてから、いまだに覚醒しない頭で今の状況を整理する。なまえの持ち込みの仕事は俺が来た時には終わっていて、いつものように他愛の無い会話をしていた。その後、前に俺が見たいって言っていた映画を観賞するって事になって…。

「…映画を観てる間に二人して寝落ちしたのか」

今の状況に漸く鈍っていた思考と共に理解が追い付き、確信に近い独り言が漏れる。そして視線をテレビの方へと向ければ、流していたであろう映画は既にエンドロールまできていて、終わりを告げようとしていた。途中まではなまえと話しながら観ていた記憶が残ってるけど、半分くらいから記憶が無いって事は完全に寝落ちしたという事なんだろう。繋がれたままの手は、寝落ちする前に繋いだものなのか互いに指を絡めている状態で、それになんだか気恥ずかしさを感じながらも、彼女から伝わる温もりに安心感を覚える。そのまま、いまだに気持ち良さそうに寝入っているなまえへと視線を向ける。
こたつに入って観てたのは良いけど、その心地良さに二人して寝落ちするとは予想外で。話していれば寝落ちする事も無いだろうと思っていたけど、甘かったみたいだ。彼女は、寝落ちしても俺がいるから大丈夫なんて言ってくれてたけど、結局は俺もこうして寝落ちしてしまったんだから、大丈夫じゃないだろ、とつい心の中で呆れてしまう。

「…おい、なまえ」

繋いだままの手をそのままにして、小さく彼女の名前を呼んで身体を揺すってやる。だけど眠りが深いのか、一瞬身じろぎ少し唸っただけで一向に起きる気配が無い。その様子にどうしたものかと思考を巡らせた。仕事で疲れているだろうから、起こしてやりたくない気持ちも少なからずはある。だけど、このままこたつで寝入ったままだとさっき話していたみたいに風邪を引く可能性もあるし、体勢的にもつらそうだ。…それに何より、

「無防備すぎ、だろ…」

起きる気配がない彼女の頭を優しく撫でながら、溜め息が零れ落ちる。彼氏である俺相手だから安心して見せてくれる姿なんだろうけど、あまりにも無防備に寝入るその姿に少しだけ不安になる。…まあ、それくらい俺の事は信頼してくれてるって事なんだろうけど。

「…俺も寝てたから人の事言えないけど、こんな無防備で寝るなよ。…襲われても、文句言えないだろ」

なまえの方に視線を向けたまま、聞こえないと分かっていても言葉を続けてしまう。発した言葉自体は本心では無いけど、少しはそういう事も考えて警戒心を持って欲しいっていうのが俺の本音だ。男なんて単純で、好きなやつが目の前で無防備に寝ていたら何するか分からない。…勿論、俺だってそうだし。

「(…傷付くような事はしたくないし、大切にしたいから…こんな形で手を出すような事なんて、絶対にしないけどな)」

彼女の穏やかな寝顔を見つめたまま、改めてそんな誓いを自分自身の中で繰り返す。なまえは優しいから素直に受け入れてくれるとは思うけど、それでも今はまだそういう時じゃないと、俺自身は思ってしまう。…彼女自身に触れた時に、傷付けてしまうんじゃないか…それを考えると、触れる事自体に躊躇いが生じてしまう。

「なまえ、」

それでも、少しだけ触れたいって思う気持ちも同時にあって。顔を少しだけ彼女へと寄せて、無防備に眠るなまえの頬に優しく触れるだけのキスを落とす。彼女の方を見れば、擽ったそうにまた小さく身じろいでから無意識に俺の名を口にした。それが嬉しくてつい口元が緩んでしまう。

「あと少しだけ、な」

触れ合いたい。そう互いに自然に思う時がくる日までは、たぶんもう少しだけ掛かりそうな気がするから。だから、今だけはこうして、少しだけ触れさせてほしい。
そんな想いを僅かに込めながら、近付けていた顔を離してぽんぽんと頭を撫でたまま、絡めていた小さな手をきゅっと握り締めて、彼女を起こすあと少しの間、気持ち良さそうにこたつで寝入っているなまえを隣で見つめ続けた。



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