しあわせな約束事 


*恋人設定。ヒロイン視点。
*繁忙期のヒロインを労う話し。
*Revelの仕事内容など捏造あり。


***


今日も新作の案に悩まされている所に桧山くんから電話が掛かってくる。その内容は、この時期のRevelとしての仕事をどうするか、との事だった。
毎年この時期は繁忙期である。その事はRevelの全員が知ってくれている事で、この時期になると、リーダーである桧山くんからわざわざ気遣いと同時に確認の連絡が来る。私は申し訳なさでいっぱいになりながらも「ある程度を越えない限りはそっちの仕事は難しい」と伝えれば、すべて分かっているのか「そういうと思っていた」という桧山くんの言葉がいつも返ってくる。その後少しだけ会話してから通話ボタンを切り、彼からの電話を終えたスマホを机の上にそっと置く。

「…申し訳無いな」

零れた独り言は、一人しかいない部屋の中で小さく木霊するだけだった。弱気になるわけじゃないけど、この時期は毎年気持ちが落ちてしまう。
だけど、まだ資料の整理や簡単な作業工程を纏めきれていないので、机に置いてあるパソコンを起動させる。と、同時にインターホンが鳴る音が聞こえた。

「こんな時間に誰だろう…」

壁に掛けてある時計をちらりと見れば、長い針は夜の22時半を過ぎた所だった。不思議に思いながらも玄関に向かいドアホンから外にいる人物を確認すれば、そこには予想外の人物が立っていて、慌てて扉を開いた。

「慶くん…?!」
「…お疲れ」

扉の前に立っていたのは幼馴染みで恋人でもある慶くんだった。コートを羽織り、マフラーを巻いていても身体を震わせているその様子から、外がどれくらい寒いのかが分かる。いきなりの恋人の訪問に驚きながらも、外から入ってくる冷たい風が私の頬を撫でると同時に身体を震わせた。

「とりあえずここじゃ寒いし中に…」

寒さに震えながら慶くんの手を取り中へと招く。招き入れた時に小さい声で「こんな時間に悪い」と零された。

「それは全然良いんだけど…。いきなりって珍しいね…」
「いきなりでも無いけどな。一応なまえにLIME送ってから来たし」
「えっ」

リビングに入りマフラーを取りながら呟くように言った慶くんの一言に、慌ててスマホを確認してみれば、確かに慶くんから「今から行くから」と一言だけのLIMEが届いていた。

「桧山くんと電話した後にスマホそのままにしてたから気付かなかった…ごめん…」
「いや、別に良い。それに、俺もさっきまでバーに居て電話してたの知ってるから」
「…そうなの?」
「たまたま亜貴に用事があって約束してから行ったんだけど、その時に桧山くんも羽鳥もいたから仕事の話しになってな。その流れでなまえにも連絡してくれたんだ」

ホットミルクを用意しながら慶くんの言葉に納得する。そのまま話しを聞きながらホットミルクを慶くん専用のカップに注いで手渡せば、「サンキュ」という言葉と共に慶くんが少しだけ頬を緩めてくれる。

「…えっと…慶くんはどうしてここに…?」

自分用にもホットミルクを注いで彼の隣に腰を下ろしながら訊ねてみれば、少しだけ沈黙が流れた。と、思えば慶くんは目の前のローテーブルにカップを置いて私に視線を送ってくる。慶くんからの視線に戸惑いながら私もローテーブルにカップを置いて、彼からの言葉を待っていれば、小さく息を吐き出してから慶くんは口を開いてくれる。

「なまえの事が心配だから見に来た」

率直に告げられた言葉に一瞬理解出来なくて、つい呆気に取られてしまった。一方の慶くんは顔を顰めながら私の両頬を優しく両手で包み込み、ぐいっと顔を近付けてくる。

「隈が出来てる。…ここ数日ちゃんと寝てないだろ」
「…そ、そんな事・・・」
「何時間寝た?」
「…今日は、寝てない。で、でも昨日は三時間寝たから…」
「…それはちゃんと寝てるとは言わないだろ」

私の目をしっかりと見てから今度は呆れたような溜め息を吐き出し、再度まっすぐな視線を送ってくる。その視線に、自分の中でどんどん言葉が詰まってしまうのを感じた。

「色々一人で悩んでたりしてるんだろ?」
「…うん」
「だと思った。俺だけじゃなくて、亜貴と羽鳥も心配してたぞ。さっき、桧山くんにも言われてなかったか?無理はするな、って」

慶くんの質問に電話越しの桧山くんの声が脳内で繰り返されて小さく頷けば「桧山くんも、心配してた」と返されてしまう。
心配させてしまっている罪悪感からなのか、ここ最近の疲労がピークに達してしまっているせいなのか、両方なのか。彼の言葉にじわりと涙が溢れてきて視界が微かに滲んでしまう。

「し、心配掛けちゃってごめ、」
「違う、謝って欲しいんじゃない。…もうちょっと甘えてほしいんだって」

私の言葉を遮りながら困ったような表情を浮かべて、慶くんは私の目尻にたまっている涙をそっと拭い取ってくれる。

「っ、」
「話せる範囲で良いから少しは頼れ。…なまえが一人で苦しんでる姿なんて、見たくないんだよ。忙しすぎると余計に溜め込むし話さないだろ…」

彼からの気遣いとその優しさに、またしても涙が溢れてきて何も言えなくなってしまった代わりに必死に首を縦に動かして頷く。

「全部じゃなくて良いから。…吐き出せる時に言いたい事、吐き出して」

包み込まれていた手はいつの間にか解かれて、気付けば私の頭をゆっくりと撫でてくれている。優しい彼の手に安心すれば、不思議と気持ちは落ち着いていて目の前の慶くんをじっと見つめる事が出来た。

「慶くん」
「ん」
「…ありがとう」

今、一番最善な言葉はこの一言だと思って告げれば、先程みたいに緩く口元を綻ばせる慶くんが滲んだ視界の先に映る。
そのまま、慶くんの胸に頭を預けるように寄り掛かれば、頭を撫でてくれていた手は背中に回って優しく抱き締めてくれる。

「あの…」
「ん?」
「少しだけ…甘えてもいいかな…?」
「なんでそんな遠慮がちなんだよ」

控え目な問い掛けに、苦笑いを返される。ダメ、なんて言うわけ無いとは思ってても、ついつい聞いてしまうのは自分の性格のせいだと思う。慶くんもそれを分かってるから深くはなにも言わないでくれる。そのまま視線で「それで?」と言葉を続けるように促されて、ゆっくりと言葉を続けていく。

「繁忙期がお互いに終わったらで良いんだけど…。二人で一日ゆっくり過ごしたいな、って思って…」
「…そんなんで良いのか?」
「私は、慶くんと一緒にいれるだけで幸せだから。繁忙期後って中々休み合わすの大変だから難しいと思うけど…ど、うかな…」

震える唇で精一杯のお願いを提案して返答を待っていれば、頭上からは小さな溜め息が吐き出される。不思議に思って顔を上げれば視界にはほんのりと赤く染めた慶くんが映る。

「慶くん…?」
「…繁忙期終わってから休み取ってゆっくりしようって考えてたのは俺も一緒。…なまえが思ってくれてるのと同じで、俺だってお前と一緒にいれるだけで幸せなのは同じだから」

手を取って少しだけはにかみながら慶くんは慎重に言葉を探して想いを伝えてくれる。それが嬉しくって、手をきゅっと絡めれば応えるように優しく指を絡めてくれた。

「ていうか、それって全然甘えに入らないからな」
「…さっきも言ったけど、私は慶くんの隣にいさせてもらってるだけで、充分なんだけど…」
「そうやってお前は。…じゃあ、ゆっくり過ごす日はそれで良いとして。その次、どこ出掛けたいか考えておいて」

呆れたような笑みを浮かべた後、次の約束も確約してくれてそのまま流れるような動作でふわりと額に優しく口付けを落としてくれた。いきなりの事に驚いて、だけど次第にじわりと頬に熱が集まるのを感じる。

「慶くん…ふ、不意打ちはずるいよ…」
「なんだそれ」

私の返答が予想外だったのか、可笑しそうに慶くんは笑う。そのまま額と額をくっつけて、絡めた手をきゅっと再度握り直してから優しい眼差しでこちらを見つめてくる。

「俺がしたかったから、しただけ。…なまえに触れたいって思うのはダメか?」
「…ダ、ダメなわけ、ない、よ」

私の精一杯の返答に「そっか」と優しく笑みを浮かべてから顔を寄せて、触れるだけの口付けをされる。交わされる口付けも、握ってくれている手も、目の前にいる慶くんの表情も全部優しくて。そんな慶くんが愛しくて「…好きだよ」と目線を合わせて小さく零せば、「俺も、好きだから」と返されて再び優しい口付けを送ってくれた。

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