優しいイタズラ 


*恋人設定。槙視点。ハロウィンの話し。
※柔道教室部分、捏造あり


***


机の上には、柔道教室の子供達に渡す為に購入した個包装のお菓子が何種類かと、なまえが作って来てくれたクッキーが並べて置いてある。それを一つずつ、彼女が持ってきてくれたラッピング袋に丁寧に入れる、という作業を二人で黙々と続けていた。

「なんか悪いな。手伝わせて」
「ううん。慣れてるし、元々こういう作業好きだから大丈夫だよ」

ラッピング袋にお菓子を入れてビニタイで袋を閉じる。出来たものを用意しておいた箱に入れていきながらなまえは楽しそうに口元を緩ませていた。



事の始まりは数時間前。
今年のハロウィンは平日だから、それより前の土日に子供向けのハロウィンパーティーをするのが多いと聞いた。それは、俺が教えに行ってる柔道教室も一緒だった。
なんだかんだ毎年、ラッピング袋に詰めたお菓子を柔道教室での稽古が終わったあとに渡すのが恒例になっている。それを受け取って嬉しそうに喜び笑う子供達に、渡して良かったと心底思ってしまうから、ハロウィンという行事も悪くないと思ってしまう。


稽古しに行くのは明日。
仕事をギリギリまで詰めていたせいか時間が取れず、お菓子を詰めれるのは前日である今日だけ。ただ、今日は恋人のなまえと休みが同じで、俺のマンションに遊びに来る日だった。
久し振りに二人でゆっくりしようと思っていた休みだったから、お菓子を詰める作業をしてしまえばその予定は崩れてしまう。楽しみにしていた彼女に申し訳ないと思い、電話越しで予定を再度調整しようと提案すれば「手伝っていいなら、私もやりたいな」と言ってくれて。その厚意を素直に受け取って、今、彼女は俺の手伝いをしてくれている。



二人で世間話しをしながらも手は止める事なく進めていく。結構な量を作ったし、これくらいあれば足りない、なんて事は無いだろう。余ったら余ったで、会社の人間に配り渡せば良い。
漸く最後の一つが詰め終わって、箱に入れ終わる。俺となまえは同時に溜め息と伸びをして、「お疲れ」と言い合った。

「無事に終わって良かった」
「本当、助かった。サンキュ」
「ううん。さっきも言ったけど、こういう作業好きだから大丈夫。それに、一人より二人でやれば早く終わるから」
「…そうだな」
「だから、本当に気にしないで?」

てきぱきとテーブルの上を片付けながらなまえは俺の事をじっと見つめて笑みを浮かべる。その優しさと厚意に感謝して、俺も一緒にテーブルの上を片付けたり、出来たお菓子を入れている箱を別の場所へと移動させたりした。

「今年のハロウィンは平日だから、当日にパーティとかやるっていうのは難しいんだね」
「そうみたいだな。子供達だけにやらせるわけにはいかないだろうし、休日の方が親とかも休み取りやすいんだと思う」
「そうだよね。…そうやって配慮する所もあるけど、それでもハロウィン当日も人が溢れ返るくらいに賑わうから、イベント事って凄いな、っていつも思っちゃう」

そう言いながら毎年ニュースで報道されているごった返しの風景を思い出しているのか、小さく苦笑いを浮かべる。それには同意だなと思いながらコーヒーを淹れてなまえの前に出せば「ありがとう」と嬉しそうに口元を綻ばせた。そんな彼女の隣に腰を下ろし、続けられる言葉に耳を傾ける。

「それにしても…」
「どうした?」
「仕事始めてからは、ハロウィンとかイベント事って、中々楽しめないなー…って思って」
「あー…」

両手でカップを持ちコーヒーを啜りながら、溜め息混じりに零すなまえの一言に思わず俺も小さく声を漏らす。
互いにイベント事が繁忙期の会社に勤めているから仕方の無い事ではある。そもそも、そうでなくてもこういう行事にはあまり積極的に参加する方では無かったはず。不思議に思いながら彼女をじっと見つめて、探すように言葉を繋ぐ。

「そんなこと言うなんて珍しいな。…なんかあったのか?」
「あ、ううん。特に何かあったわけじゃないんだ。ただ、友達に誘われたりするんだけどね、毎年参加出来ないから。出れる時に出てくれれば良いから、とは言われてるんだけど、ここ最近は立て続けに出れてないから、ちょっと申し訳無いかなって」

慌てて訂正するように言葉を口にしてから「仕事が楽しいから、それはそれで良いんだけど」と付け足す。仕事が楽しいって言うのも本当なんだろうけど、ほんの少しだけ残念そうにするその表情は、見逃せなかった。

「Revelのみんなでやるのも楽しそうだとは思うんだけど、私も慶くんも忙しいしみんなと予定合わせるのも大変だなって思うから…」
「そうだな。でも、それ提案したら、桧山くんがパーティーとか開きそうだけど」
「た、確かに…。私的にはもっとこじんまりした感じので良いんだけどね…」

苦笑いを浮かべ、なまえはマグカップを目の前のローテーブルに置く。こじんまりした感じ、か。それってつまり個人間でするくらいがちょうど良いとか、そういう解釈で良いんだろうか。

「……」
「慶くん?」
「…なまえが良ければだけど」
「え?」
「トリック・オア・トリート」

黙ってしまった俺を不思議に思ったなまえは小首を傾げて俺の顔をそっと覗き込んでくる。そんな彼女を見て悪戯心を少しだけ含めてからハロウィン特有の一言を告げれば、彼女は大きい瞳を丸くさせた。

「…ま、まさか慶くんからそれ言われるとは思わなかった…」
「楽しめてないって言ってたから。…こじんまり楽しみたいのなら、今俺が付き合えるな、って思って。…で、お菓子か、イタズラか。どっち?」

覗き込んできた瞳をじっと見つめ返せば、なまえは観念したように小さく溜め息を吐き出してから自分の鞄の中を確認している。だけど、お菓子は見つからなかったのか、複雑そうな表情で俺の事を見上げてくる。

「その様子だと、持って無い?」
「…うん」
「じゃあ、イタズラか。…どうするかな」
「ハロウィンするって分かってたら、ちゃんと用意してきたのに…」
「俺だってするつもり無かったって。…なまえが誘って来たのが悪い」
「作業の流れから話したから、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど…!あの…デコピンとかならせめて力弱めてね…?」

眉を下げて俺の腕をぎゅっと掴んでくるなまえの言葉に、思わず苦笑いを浮かべる。ハロウィンのあの一言を告げた時から何をするかは決めていたし、痛い事なんてするはずないのにな。

「分かった。…目、閉じててくれるか?直ぐに終わらせるから」
「う、うん…」

恐る恐る綺麗な瞳がきゅっと閉じられていく。さらりと前髪を一撫でしてから、その前髪を一瞬だけ上げて、無防備に晒された額に優しく自分の唇を押し当てて直ぐに離れる。

「っ」

なまえは閉じていた瞳をゆっくりと開いていく。何が触れたのか理解したのか、徐々にその頬がほんのりと赤くなっていく。その反応に釣られるように、俺の頬にも熱が集中していくのを感じた。

「慶くん、」
「痛い事なんてするはず、ないだろ。…それとも、こんなイタズラは嫌だったか?」

拒否をされるとは思っていないけども、つい、もしかしたらを考えてしまう。少しだけ募らせる不安から疑問を零せばなまえは首を横にゆっくりと振ってくれる。

「…こんな風にハロウィンに付き合ってくれるのも、イタズラって言いながら酷い事しないのも、全部慶くんらしいな、って」
「なんだ、それ」
「お、思ったままの事言っただけだよ」

赤い頬のまま、恥ずかしそうにしながらも俺を見つめて紡がれる言葉に、先程よりも頬に熱が集中するのを感じる。ああ、あまりらしくない事とか、するもんじゃないな 。

「…ありがとう、慶くん」

色んな意味を込めての「ありがとう」の一言に、思わず口元が緩むのが自分でもわかる。嬉しそうに微笑むなまえの姿を見たら、らしくない事をやるのも悪くないって思えたのは、俺だけの秘密だ。
恥ずかしそうにしながら、次は彼女から発せられるハロウィン特有の一言を待つ。素直にお菓子をあげるべきか、それともイタズラを受けるべきか。どっちを選んだとしても彼女が少しでもこの時間を楽しんでくれるなら、それだけで俺は充分満足だ。



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