僕のしあわせ君のかたわら 


*恋人設定。神楽視点。
*誕生日。


***


「え、仕事…?」
「そう。明日、どうしても外せない取引先相手と打ち合わせが入っちゃって」

7月19日、23時30分過ぎ。本当はこんな遅い時間に呼びたくなかったけど、説明をしなくちゃならないと思って、恋人であるなまえを呼んだ先は実家の僕の部屋だった。
僕からの言葉に、なまえは驚きの声を上げて瞬きをしながら僕の事を見つめてくる。そんな彼女からの視線が少しだけ居心地悪くて、僕は思わずなまえから視線を逸らした。


事の始まりは7月上旬。彼女から「20日、予定が空いてたら誕生日祝いたいんだけど、どうかな…?」と言ってきてくれたのが始まりで。
Revelのみんなも毎年変わらず祝ってくれる約束をしたけど、それは翌週で、という事になっている。それも僕となまえが付き合っている事を知ってる慶ちゃん達(主に羽鳥)が「当日はなるべくなら二人で過ごした方が良いんじゃない?」と気を遣ってくれたからなんだけど。別に僕達は一緒でも気にしないんだけど…まあ折角の厚意を無駄にするのも悪いし、そこは互いに口を噤んでから「ありがとう」の一言を三人に伝えた。
その事を前提に、壁に掛けてあるカレンダーを見て予定を確認してみた。何度確認しても、20日は珍しく自分の仕事も家の方での予定も入っていない。彼女からの誘いに内心嬉しい想いを隠しながら「まあ、別にいいけど」と伝えれば、僕からの返事を聞いたなまえは嬉しそうに笑って「誕生日は、一緒に過ごせるね」と言ってくれたのだ。

だけど、その予定を少しだけ崩されたのが、今日。むしろさっきだ。急遽、どうしても外せない取引先相手との打ち合わせに出席する事になってしまって、それが僕の誕生日でなまえが一緒に過ごしたいと言ってくれた日だった。


逸らしていた視線をもう一度なまえへと向ける。考えてる事が顔に出やすい彼女は見て分かるくらい、落ち込んでいるのが良く分かる。まあ、そういう顔をするとは思っていたし、…想定内ではある、だからちゃんと悩んだ上で取引先の相手には返事をしてきたわけだし。どう言葉を切り出そうか悩み、なまえに視線を向けたまま僕はゆっくりと口を開いた。

「あのさ」
「仕事なら、しょうがないもんね。…今年は当日じゃなくて残念だけど、また別日に二人だけでお祝い出来たらさせて、欲しいな」
「…は?」

言葉を発したのとほぼ同じタイミングで、なまえが眉を下げて寂しそうに笑いながら伝えてきた言葉に、驚きと苛々がこもった声が出てしまいそれと共に少しだけ苛立ちも覚える。
そんな顔をさせてしまったのは確かに僕だけど、でも別に無理とは一言も言ってない。不安そうに表情を曇らせている彼女を見て深い溜め息を吐いてから、彼女の腕を優しく引っ張りその小さい身体をそっと自分の胸に抱き寄せた。いきなりの事に驚いたのか、困惑した表情を浮かべて彼女は僕を見上げてくる。

「あ、亜貴くん…?」
「あのさ、いつも言ってる事だけど…言いたい事があるならちゃんと言って」
「え、」
「確かにそんな顔させたのは僕だけど…寂しそうな顔で「しょうがない」って言われたって、どう見ても納得してないでしょ。そういう風にしか捉えられないし、隠すの下手すぎ」
「うっ、」
「約束を先にしてたのはなまえなんだから。文句とか不満とか、あるならちゃんと言いなよ」

抱き寄せた彼女の頭に手を乗せて優しく撫でながらそっと耳元で言葉を伝える。それに応えるように彷徨わせていた彼女の腕はぎこちなく僕の背中に回してくれて、僕の胸に顔を埋めてくる。

「…本当はあまり言いたくないけど…やっぱり、誕生日当日にお祝いしたかったから…悲しいなって思った」
「うん」

顔を埋めたままの彼女がポツリポツリゆっくりと言葉を紡いでいく。
不満とか文句とか、あってもいつも言わずに溜め込んで他人を優先してしまうし、特に恋人相手だとそれが余計に出てしまう。だから今回も、誕生日に仕事が入った僕にそっちを優先してくれって言ったんだろうし。…まあそもそも僕達の仕事とか家の事とか立場的にも急に予定が入ったりしてもおかしくないって分かっているからあまり言わないっていうのもあるんだろうけど。…なまえの、そうやってなんでもかんでも背負い込もうとする所は慶ちゃんに似ているから、つい心配になってしまう。

「あ、でも…仕事だからしょうがないって思う部分もちゃんとあるから…!だから亜貴くんは仕事に、」
「…取引先との打ち合わせは確かにあるけど、夕方からだから」
「え?あの…それって、」
「だから…夕方までなら、一緒に過ごせるんだけど」

その言葉を聞いたなまえは、そっと僕の胸から顔を上げてこちらを見上げてくる。先程とは打って変わって泣き出しそうな瞳と緩んだ口元が視界に映って、そのアンバランスさが可笑しくて思わず小さく笑ってしまった。

「ちょっと、泣かないでよ」
「な、泣いてないよ…。それよりも、もっと早く言ってくれても良かったのに…」
「確かに言葉不足だったのは悪かったけど、ちゃんと説明しようと思ったら先に勘違いしたのはなまえで、相変わらず文句とかも言ってきそうに無かったし。…たまには、ちゃんと本音を聞きたいっていうのもあったから」
「ご、ごめん」
「違う、謝って欲しいわけじゃないから。…僕の誕生日を「誕生日は、一緒に過ごせるね」って嬉しそうに笑ってくれた君の気持ちを無駄にしたくないって思っただけ」

抱き締めていた身体を少しだけ離して、僅かに目尻に溜まっている彼女の涙を親指の腹で優しく拭い取る。まだ何かを言いたそうにしている彼女は僕の事を見上げたままだ。

「何?」
「あ、の。もし亜貴くんの都合が大丈夫なら…なんだけど」
「どうしたの」
「一番早くに祝いたいから…泊まりたいな、って思って…。そ、その方が一緒に居られる時間も長くなるし…」

「も、勿論ダメなら帰るから…」とほんのりと頬を染めながら紡がれる言葉に動揺したのは、今度は僕の方で。なまえが頬を染めながら口にした言葉の意味をどう捉えるべきか。色んな意味で危なっかしいなまえの無防備さに、少しだけ頭を悩ませてから動揺を落ち着かせる為にまた小さく息を吐き出して、彼女の瞳をじっと見つめ返してから口を開いた。

「…別に、いいけど」
「本当に…?」
「そもそも、恋人で家が近いからって遅い時間に呼び出して、もう日付が変わる時間帯になるまで話し長引かせちゃったのは僕なんだし。それに、僕だって…少しでも長く、なまえと一緒に過ごしたいと思ってるから」
「そ、そう思ってもらえてるなら嬉しい…。…あのちなみにプレゼント…欲しいものは考えてくれた…?」

僕の事を見つめてくる彼女は、嬉々とした笑みを浮かべて幸せそうに口元を緩ませている。数週間前から彼女からプレゼントの話しはされてきていたけど、ずっと悩んだままだった。だけど、さっきの会話で答えはもう固まっている…まあ、らしくないとは思うけど。
解答を待っている彼女をもう一度優しく抱き寄せれば、小さい身体が緊張で固くなっているのが分かった。

「プレゼントは、いいや」
「え…?」
「さっきも言ったでしょ、少しでも長くなまえと過ごしたいと思ってるって。プレゼントはそれで充分だって事」
「っ、」
「…いちいち言わせないでよ。そんな事、言わなくても分かるでしょ」

自分で口にしておいて恥ずかしくなってきて、頬に熱が集まるのが分かる。本当、普段言い慣れない事をこんなにも言うなんて…僕らしくないかも。
だけど、僕の様子を下から見上げているなまえは先程と変わらず嬉しそうに笑ったままで、ただその頬はほんのりと赤く染まっていて。そんな彼女に僕も口元を緩ませて、はあ、と短く息を吐き出した。

「あ、」
「今度はなに」
「日付が、変わったなって思って」

短く声を上げた彼女は、壁に掛けていた時計に視線を向けている。彼女にならう様に僕もそっちに視線を送れば、そこには確かに0時ぴったり示す時計が視界に映る。
そして背中に回されていた腕に少しだけ力が込められたと思った瞬間、そのままほんの少しだけつま先立ちをしたなまえから、一瞬、触れるだけの柔らかい口付けが唇へと送られた。

「なっ、」
「亜貴くん、誕生日おめでとう。…大好きだよ」

言い終わってから自分のした行動に恥ずかしくなったのか、なまえはそのまま僕の胸に顔を埋めてくる。そのまま「…ありがとう、亜貴くん」と小さく零した言葉はしっかりと僕の耳に届いていた。その一言には色んな意味の感謝が含まれてるんだろうけど、…感謝の言葉を言うのは僕の方だと思うんだけど。そう思いつつも、視線を僕の胸元に埋めているなまえへと移す。傷みのない黒髪から覗いている耳を真っ赤にしている彼女が愛おしくて、そこに今度はこっちから優しく口付けを落としてから「こちらこそ、ありがと」と伝えてみせた。
ちょっとだけ問題も発生したけど、でも無事に今彼女は僕の誕生日を一番に祝ってくれたし、彼女の本音も聞けて僕も満足だし。この後の時間もなまえと一緒に過ごせると思ったら充分幸せだし(絶対、本人には言わないけど)
…まあでも、たまにはこんな誕生日も悪くないかな。


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