キスと幸福 


*恋人設定。ヒロイン視点。
*ある日の朝ちゅん。


***


ゆっくりと重い目蓋を開けば柔らかい陽射しがカーテンの隙間から注ぎ込んで、反射的に目を細めてしまう。もう朝なんだとゆっくりと瞬きを繰り返し、ぼんやりとする思考を覚醒させる。隣に視線を向ければ、恋人である亜貴くんの寝顔が視界に映る。

「(…私より寝てるなんて、珍しい)」

いつもだったら休みでもそうでなくても、私より先に起きて寝顔を観察されてしまうのに。この間なんか「いつも思うけど、ほんと呆れるくらいに幸せそうに寝てるよね」なんて言われてしまった。それは亜貴くんの傍にいれるからだよ、って返事をすれば「…あ、そ」と相変わらずの反応が返ってきたけど、それも全部素直じゃない彼の裏返しの言葉って事で受け取っている。

気持ち良さそうに眠る亜貴くんを起こさないようにじっと観察してみる。まじまじと見つめながら柔らかな髪に手を伸ばしてそっと触れて、優しく頭を撫でてみても、今の所起きる気配は無い。

「…ふふ」
「ん…」
「あ、」

撫でていた事に気付いたのか、漏れる小さな声に反応すれば亜貴くんの瞳がゆっくりと開かれて、いまだに眠そうな瞳でこちらに視線を向けている。

「おはよ…」
「おはよう。…ごめんね、起こしちゃった?」
「…うん。まあ、別に気にしてないけど。…にしても、なまえの方が先に起きるなんてね」
「わ、私だってたまには早起きするよ…」
「ふーん…。まあ、本当に「たまには」だよね」

受け答えはしてくれるものの、小さく欠伸する亜貴くんはまだ眠そうで。その様子をじっと見ていれば視線に気付いたのか「なに」と不機嫌そうに返ってくる。

「今日お休みだから、まだ寝てなくていいのかなって。起きるには早いし…」
「起こした本人がそれ言うわけ?」
「そ、それに関してはごめん…」
「それに、その言葉そっくりそのまま返すんだけど。なまえだって今日休みでしょ」
「でも亜貴くん、ここ数日ちゃんとしたお休み取れてないって言ってたし…もう少しゆっくりした方が…」

じっとこちらに視線を送りながら話しに耳を傾けている亜貴くんの顔は少しだけ顰められている。身体を気遣う事しか言ってない筈なんだけど、何か気に障る事を言ってしまったのだろうか。
顔に出ていたのか、私の疑問に答えるかのように分かりやすく溜め息を吐き出した後、彼は私の鎖骨辺りに視線を送りながら言葉を続ける。

「…昨日無茶させたのは僕なのに。本当、なまえは人の心配しかしないよね」
「え?…あっ」

彼の零された言葉に一瞬理解が遅れたけど、その後直ぐに腰に手を添えて優しく撫でてくれる彼の行動に昨夜の情事を思い出す。そのまま彼の視線を追ってみれば鎖骨の真下辺りにうっすらと残っている痕。腰を少し動かせば鈍い痛みも微かに走り思わず顔を顰めてしまうのと同時に、すべての事に対し遅れてやってきた恥ずかしさに自分の頬に熱が集まるのを感じた。

「っ、ま、待ってっ。今更だけど恥ずかしくなってきた…」
「今更その反応ってどうなの。…もう何回もしてるんだし、いい加減慣れなよ」

言葉とは裏腹に亜貴くんは優しく笑いながら、私の頬に触れるだけの口付けを落としてくれる。そのまま腰を撫でていた手は私の腕を掴んで少しだけ力を込められれば、上体を起こしていた私の身体は、布団に逆戻りしてしまった。

「…亜貴くん?」
「やっぱりもう少しだけ寝る…」
「え、じゃあ私は退いた方が…」
「良いから大人しくしててよ。…なまえ、ちょうど抱き心地が良いんだから」

私の言葉なんて聞こえないかのように亜貴くんは先程同様欠伸を零すと、私の身体を優しく抱き締めてくれる。亜貴くんと同じように私も届く範囲で彼の背中に腕を回せば、彼から抱き締められる力が強くなった。

「……」
「なに、なんか不満?」
「違うよ。幸せだなって思って…亜貴くんとこうやって朝からゆっくり出来て…」

間近にある亜貴くんに向かって嬉しくなってつい緩んだ頬のまま本心を零せば「…あ、そ」という一言だけ呟かれた。その声には呆れと同時に照れが含まれているように聞こえる。

「ほんと、単純なんだから」
「だ、大好きな亜貴くんと一緒にいれるから、だよ」
「…もう良いから、黙ってよ」
「え、…ん、」

呆れたような、それでも優しさが少し込められている彼の言葉と共に唇が塞がれるのは同時で。それは直ぐに離れてしまったけども少しだけ名残惜しく感じて、もう一回の意味を込めて「亜貴くん」と小声で名前を呼んでみれば、はあ、と小さく溜め息を零されてしまった。

「…今のはずるいでしょ」
「え。ごめっ」
「謝らなくていいから。…ほら」

亜貴くんの言ってる事がなんなのか分からないまま謝ろうとすれば、言葉は遮られてベッドに入ったままもう一度優しく口付けを落とされる。今度は耳朶・額・目元・頬と順々に唇を置かれていく感覚がなんだか擽ったくて恥ずかしくて目を瞑れば、先程みたいに最後は唇に優しく口付けを落としてくれる。そのまま瞑っていた目をゆっくりと開けば、頬を少しだけ赤く染めて私から視線を逸らしている亜貴くんが視界に映る。

「ほんと、朝からそういう甘えた声で名前呼ぶとか…反則なんだけど」
「そ、そんなつもりじゃ…」
「…でもまあ、別にいいけど。そういう風に甘えた感じ見れるのも」

反射的に出た言葉は、亜貴くんの言葉と唇によって塞がれて直ぐに離れてしまう。優しい言葉と一緒にされる口付けはいつだって優しい。そのまま抱き締められてから、頬っぺたを緩く引っ張られる。

「なに…?」
「僕以外にそんな風に甘えないでよね。…なまえが甘えていいのは僕だけなんだから」
「い、言われなくても亜貴くん以外にはこんな風に甘えられないよ…」
「…なら良いけど」

私の一言に安心したのか、私を抱き締めたまま亜貴くんはそっと目蓋を閉じて、少ししたら寝息を立てて眠ってしまった。…なんだかんだ今一番私を甘やかしてくれるのは亜貴くんなんだから、他の人にこんな風に甘えるなんて、出来る訳ないよ。
ぼんやりそんな事を思いながら目の前の愛しい彼の頬に軽く口付けを落として、彼の腕に抱かれて私もゆっくりと目蓋を閉じていく。二人して起きるのはきっと、お昼頃だろうなあ。

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