深い甘い愛され方 


*恋人設定。ヒロイン視点。


***


「あれ……?」

珍しい。率直にそう感じて、視線をじっとその方向に送り続ける。私の視線の先には、ソファの背に凭れ掛かり寝息を立てて眠っている羽鳥くんの姿があった。


久し振りに休みが重なった週末。恋人である羽鳥くんに誘われて、私は彼の部屋へと泊まりに来ている。
夕方頃までの予定だった仕事が長引いてしまい結局彼の部屋に辿り着いたのは夜の19時過ぎ頃だった。そんな私を気遣ってくれたのか、彼の部屋に到着して早々に羽鳥くんは「お疲れ様。お風呂沸いてるから先に入ってきなよ。バスタオルはいつもの所に入ってるからね」と言ってくれて。夕飯の準備をしている彼の手伝いが何も出来ない事に内心もどかしい気持ちになりながらも、優しい彼からの労いに素直に甘える事にした。


一時間後。お風呂を先に入らせて貰い、泊まり用のルームウェアに着替えてドライヤーで乾かした髪を整えながらリビングに戻れば、冒頭の彼の姿。あまり無防備な姿を見せない彼にしては珍しくて、ついその姿に瞳を瞬かせてしまう。

「……羽鳥くん?」
「……」

本当に寝入っているのか疑問に思い、ゆっくり近付いて彼の隣に腰掛けて小さく名前を呼んでみる。出てきた私をからかう為にわざと寝たフリをしている可能性も否めないのが、羽鳥くんだからそこはしょうがない。だけど名前を呼んでも特に反応は無く、返ってくるのは規則正しい寝息だった。

「(寝ちゃってる……?もしかして、結構疲れてるのかな…?)」

彼の膝の上に置かれた手にそっと触れて綺麗な横顔を見つめながら、ふと、疑問を抱く。
彼だってIT企業の若社長だ。日々の業務だけじゃなくて従業員への気遣いもあるだろうし、社交パーティーとかにだって出席するし、その際に嫌な事や苦労だっていっぱいしていると思う。
それにRevelの仕事に関してだって誰よりも深い所まで探りを入れて情報を得るために行動をしている分、私よりは遥かに疲弊している内容が多いはず。

「(それだけじゃなくて、ちゃんと私との時間もこうやって作ってくれてる。中々休みが合わなかったりしても、羽鳥くんが会いに来てくれたりしてるし……)」

無防備な頬を優しく突っついても、少し唸って身を捩るだけでそれ以上は特に何も反応しない。いつもは格好良いと思える彼も、こういう姿を見れば可愛く見えてしまってつい笑ってしまった。

「(疲れててもあまりそういう姿は見せようとしないから、こっちは心配しちゃうんだけどな……)」

フェミニストで女の子に優しくて、それでもどこか飄々としている彼は、からかう部分は多くとも仲間を大切に大事にしている。そんな羽鳥くんはいつだって他人に弱い所を見せようとしない。
でも今、こんな風に私の前で安心しきっている姿を見せてくれた事に嬉しさと愛しさが募ってきて、つい口元が緩んでしまう。

「……いつもうまく伝えられないけど、仕事している所は凄く尊敬できるし、優しい所も、仲間を大事に大切にしてる所も、私にはこういう姿を見せてくれる所も。全部含めて……大好きだよ…」

寝入っている時に、いつもうまく伝えられない言葉を紡ぐなんてずるいとは自分でも思う。だけどこうでもしないと直接なんて中々伝えられないから、と言い訳を頭の中で並べて、そのまま彼の唇に触れるだけの口付けを落とす。その後直ぐに、普段は自分からしない行動にどんどん恥ずかしくなってきて、触れていた手を離して慌てて羽鳥くんから顔を背けた。

「(ね、寝てる相手に何してるんだろう私……」

自分の行動に、恥ずかしさで体温が上昇していくのが分かる。そっと振り返って様子を伺っても羽鳥くんはまだ起きていない。上昇していく体温を落ち着かせる為に小さく深呼吸を繰り返していれば、寝ていたと思っていた人物からの笑い声が聞こえてきて、その声に肩をびくりと強張らせた。

「なまえからそんな事してくれるなんて、大胆だなぁ」

後ろから聞こえてくる声に反応して振り向けば、そこにはにこにこと楽しそうに笑みを浮かべている羽鳥くんの姿。

「は、羽鳥くん。寝てたんじゃ……」
「少しだけね。ああでも、なまえが俺の手に触れた辺りから起きてたかな」
「え、」
「起きようと思ったんだけど、俺の手に触れ始めたからちょっと様子見てて。そしたら告白とか、キスもしてきたからびっくりしちゃった」

言っている割には全く驚いた様子は無く、ただただ嬉しそうに笑みを浮かべている。
手に触れた時って事は最初の方からずっと起きていたという事で、変な発言をしていないか必死に思い出してる中、今度は羽鳥くんが私の手に触れて指を絡めてきゅっと繋がれて、そのまま優しく手の甲に口付けを落とされる。

「っ、」
「ね。続き……してくれないの?」
「つ、づき、って……」

艶っぽい声色で問い掛けられて、思わず身体を縮こませて言葉に詰まってしまう。返答に困っている私に構わず、羽鳥くんは私の逃げ場を無くすようにソファの端にじりじりと私を追い詰めていく。端まで追い詰められたかと思えば、そっと顎に手を添えられた。

「なまえから、あのキス以上の続きは無いのかなって。俺、期待しちゃったんだけどな」

顔をわざと寄せて、熱の孕んだ瞳でこちらを見つめてくる羽鳥くんに動悸が早くなるのが分かる。彼から紡がれた言葉の意味を理解するのと同時に頬に熱が集中して、拒否の意味を込めて首を横に振ってから途切れ途切れに言葉を紡いでいく。

「続き、なんて……む、無理だよ……」
「どうして?いつも俺がなまえにやってあげてる事を、やってくれればいいんだよ?」
「でもっ……」

今の時点で私が限界に達している事はきっと本人は分かってる。恥ずかしさに泣きそうになりながら、羽鳥くんの金色の瞳を見つめて口を噤んだ。そんな私を優しい瞳で見つめ返しながら、彼は楽しそうに笑みを浮かべている。

「……な、なに?」
「ううん。なまえ、可愛いなって思って」
「そ、んな事……」
「だって俺が寝てると思っていたとはいえ、普段言わないような告白までしてくれて、触れるだけだったけどキスまでしてくれて、」

一つ一つ確認するように言葉を紡ぎながら、顎に添えていた手を私の唇に移動させて綺麗な指先でつつ、となぞっていく。その動作が擽ったくてぴくりと身体が震えてしまう。

「普段は絶対にしてくれないような事だったから、なまえの大胆な行動が嬉しかったんだよね。……俺の事、凄く好きっていうのも伝わってきたし」
「ぁ、」

言葉を続けながら流れるように口付けをされたと思ったら、今度は首筋に移動して唇を落とされる。柔らかいその感触に先程よりも過剰に反応してしまいつい小さく声が漏れてしまう。

「いつも控えめななまえが、こんな可愛い事してくれるなんて思わなくて驚いたけど……たまには、こういうのも良いなって」

首筋を行き来していた唇はいつの間にか耳元に移動していて、羽鳥くんの率直な気持ちを囁かれる。そのまま彼の指が優しく私の髪を耳に掛けたのと同じタイミングで耳朶に優しく口付けを落とされれば、全身が粟立つのを感じた。

「く、擽ったいっ……」
「なまえから続きしてもらえないのは残念だけど、代わりに俺が続きしてあげる」

羽鳥くんの言葉に、え、という自分の声と視界が反転したのは同時だった。視界の先には熱を孕んだ瞳で私を見つめ続ける羽鳥くんと明るい間接照明が見えていて、それを見て漸く彼に組み敷かれたという事に思考が追い付く。

「なまえから続きを、って言ったけど。キスだけでもこれだけ顔真っ赤にしちゃうから当分、無理かな」
「も、その話しはやめて……」
「まあでも、そういう所がなまえの可愛い所の一つでもあるからさ。今も言ったけど、続きなら俺がしてあげればいいし」
「っ、は、羽鳥くん、まっ、て」
「なまえから誘ってきて、散々可愛い事して俺の事煽ったんだよ?その責任は取って欲しいな」

優しく目を細めて笑い、繋いだ手をそのままにして囁きかけるように「なまえ、好きだよ」と口にしながら、額に、頬に、鼻先に、目元に、中心に優しく唇が置かれていく。擽ったいけど優しいその一つ一つの口付けに酔いしれて、言葉に込められた想いが心に響いてじわりと心を温かくしていく。
いつも素直な想いを伝えてくれて、たまに意地悪もするけど、こうやってなんだかんだいつも羽鳥くんのペースに持っていかれるのも心地良いって思ってしまうのは、やっぱり好きだからっていう気持ちが大きいから、で。蕩けるような口付けを受け取って上手く回らない思考の中でそんな事を考えて、もうこのまま流れるままに身を任せようと思い、彼からの甘い施しを受け止めるようにきゅっと絡めた指を握り返した。

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