指先に触れる熱 


*恋人設定。ヒロイン視点。


***


今日は久し振りに恋人である羽鳥くんが私の家に泊まりに来ている。二人でお酒を飲みながら他愛の無い会話に花を咲かせていれば、羽鳥くんが何かを思い出したように「ああ、そうだ」と小さく言葉を零した。

「どうしたの?」
「なまえ、指チューって知ってる?」
「指チュー……?」

彼が発した言葉を繰り返しながら首も同時に傾げて、尚且つ指チューなんて聞き慣れない単語に目を瞬かせてしまう。だけど、その言葉を口にした時の羽鳥くんの表情はなんとなく楽しそうで、ほんの少しだけ嫌な予感が過ってしまう。そんな予感を胸に抱きながら知らないという意味で首を横に振った。

「指チューって今流行ってるらしいんだけど。キスするときに唇と唇の間に人差し指を置いてキスをするんだって」
「そう、なんだ」
「うん。それで、キスしてないのにされてる感覚というか、触れてるのに唇自体に触れてない感覚がもどかしくなったり焦らされた気分になったり、あとはドキドキしたりするらしいよ」
「……それって、本当なの?」

人差し指を唇に当てながら楽しそうに説明する羽鳥くんについ訝しげに彼を見てしまう。
彼の説明を疑っているわけじゃないし、個人的に好きな人とする…キス、は嫌いじゃない。だけど、指を一本隔てただけでそんな気持ちになってしまうのか、素朴な疑問だった。羽鳥くんの説明につい首を傾げたまま問い掛けてしまう。

羽鳥くんはお酒が入っているグラスを傾けて飲み干し、空になったグラスをローテーブルにそっと置く。そのまま私の方に身体を向け片頬に手を添え、つつ、と私の唇を羽鳥くんの綺麗な人差し指がなぞる。いきなりの事に思わず身体が強張ってしまう。

「ちょっ、」
「なまえがそこまで言うなら、実践してみようよ」
「実、践……?」
「そう。指チューしてみて、キスしたくなるかどうか。その方が早いでしょ?」

ね、と楽しげに笑いながらウインクして言葉を続ける羽鳥くん。口にしてしまったのは私だけど、なんだか上手く乗せられたような、騙されたような思いを抱きながら、この状態のままじゃ上手く断る言葉も思い付かなくて、気付けば渋々と小さく首を縦に振っていた。



私の唇をなぞっていた羽鳥くんの人差し指が、私の唇の中心部で止まる。そのまま羽鳥くんは顔を寄せてそっと置いてある人差し指にキスを落としていく。啄むようなキスを繰り返してその度に小さなリップ音が部屋中に小さく響いた。
キスをする時はいつも目を閉じるけど、触れられてないその感覚に違和感を感じ、うっすらと目蓋を開けてしまった。

「っ、」

ぱちり。私を見つめながらキスを落としていた羽鳥くんと視線が交差する。その少しだけ欲の孕んだ色っぽい表情に動悸が早くなるのを感じた。そんな私に構わず、羽鳥くんはリップ音だけを響かせてキスを続けている辺り、彼は余裕なんだなと頭の片隅でぼんやりと考えてしまう。ほんの少しだけ、唇の端と端が触れてぴくりと身体を反応させてしまった。

「(こんなにも近いのに、触れてもらえない……)」

動悸が早くなってるのを隠すように、きゅっと自分の服の裾を握り締める。触れているのに唇に触れてくれないもどかしさに思わず小さく吐息が漏れてしまう。互いにアルコールを摂取したからなのか、羽鳥くんが吐き出す吐息も少し熱っぽくて、それにも充てられたみたいに次第に思考がぼんやりとしてくる。

「……っ、羽鳥、くん」
「どうしたの?なまえ」

耐え切れなくなって絞り出すように出した声に反応するように、羽鳥くんは一旦止めて顔を上げてこちらをじっと見つめている。空いている方の手は自然と彼のジャケットの裾をぎゅっと握り締めていた。

「え、っと……」
「……指チュー、どうだった?」

私の反応から見て分かっているのは明白で。羽鳥くんは先程同様、私の唇に人差し指を滑らせながら笑みを含んだ口調で聞いてくる。私が恥ずかしがって中々言えないのも分かっていてこうやって聞いてくる。…本当にずるい。

「言ってよ、なまえ。……キス、したくなった?」

優しく鼓膜に直接問い掛けるように耳元で囁かれる。その言葉に応えるように意を決して、深呼吸をして彼の瞳を見つめ返す。

「……キス、してほしい。こんなんじゃ、足りないよ……」

必死に自分が紡げる最大限の言葉を羽鳥くんの耳元で囁き返せば、満足したように笑って「うん、俺もだよ」と一言零してから、一つ優しいキスを唇に落とされる。
その後も変わらないくらい優しいキスを送られながら「なまえからその一言が聞けて嬉しかったよ」と言われて。ああ、やっぱり乗せられてしまったんだ、なんて、だんだん蕩けていく思考の中でぼんやりと思いながらも、目を閉じて彼からの甘いキスを必死に受け止めた。



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