愛はあまいと知っている 


*恋人設定。ヒロイン視点。
*バレンタイン。


***


2月12日。バレンタインデーが目前に迫っている今日、仕事終わりに私は桧山くんのお屋敷にお邪魔していた。
いつものように彼の自室へと足を運べば、「よく来たな」と言って桧山くんは一度私を優しく抱き締めてから、ソファーへとエスコートしてくれる。それに素直に甘えて、鞄と紙袋をソファーの下へと置いてから腰を下ろせば、桧山くんも私の隣へと腰を下ろしてくれる。

「仕事は落ち着いたのか?」
「あ、それなんだけど……」

桧山くんからの疑問に、少しだけ躊躇いながら話しを切り出す。
今年の仕事の進み具合は順調で、後は当日に店舗への応援へ行く事が今回の繁忙期での私のメインの仕事になっている。つまり、バレンタインデー当日は大切な人と一緒に過ごせないという事でもあって。
その事を桧山くんに話せば、目に見えて分かるくらいに悲しい顔をされてしまった。

「ご、ごめんなさい……」
「いや、なまえの繁忙期の事は理解しているつもりだったんだが。……クリスマスもだったが、一緒に過ごせないのは寂しいな。まあ、仕事だからしょうがない」

眉を下げて悲しそうに、寂しそうに言葉を漏らす桧山くん。本心で言ってくれているのであろうその一言は、大切にしてくれている、という事が言葉の端々から伝わってきて、不謹慎にもじわりと嬉しさが込み上げてくる。そして悲しい表情を浮かべたままの彼は、私の腰を引き寄せてきゅっと優しく抱き締めてくれた。桧山くんの胸に頭を預けながら、彼の背に腕を回して私からも抱き締め返す。

「バレンタインデーは一緒に過ごせないと思って……だから今日、こうやって時間を取って貰ったんだけど……ごめんね」
「いや、大丈夫だ。なまえは事前に連絡をくれていたしな。……それに、俺の方こそいつも忙しくしてお前に寂しい思いをさせてしまっているからな。時間が取れた時はお前との時間を優先したいんだ」

抱き締めていた身体を少しだけ離してから、桧山くんは優しく私の頭を撫でてくれる。そのまま愛おしげな瞳を私に向けて額にそっと口付けを落としてくれた。そのまま流れるように、至る所に口付けを落とされて、恥ずかしさと擽ったさに身を捩ってしまう。

「んっ、ま、ま、って」
「どうした?」
「あの、渡したい物がっ……」

口付けを首筋まで落とされた所で慌ててストップを掛ける。甘い雰囲気になるのは嫌な訳では無いけど、今日は渡す物があってここに来たからこのまま流される訳にはいかない。
ストップを掛けられて不思議そうにする桧山くんを横目に、私はソファーの下に置いておいた紙袋を手に取って淡いベージュ色の正方形の箱に、ブラウンのリボンを付けているそれを手に取る。

「それは?」
「バレンタイン、です。当日に渡せないって思ったから、今日渡そうと思って……受け取って、くれたら嬉しいな……」

桧山くんの綺麗なミルクティー色の瞳をじっと見つめながら、チョコレートが入っている箱をそっと差し出す。その箱を見つめてから桧山くんは嬉しそうに口元を緩め「ありがとう」と私の額にそっと触れるだけの口付けを落としてから、チョコを受け取ってくれた。

「開けてみても良いだろうか」
「あっ、うん……!今年も手作りなんだけど…去年とは種類が違うから……」
「そうか。なまえの手作りはどれも美味いからな。楽しみだ」

先程同様に口元を緩ませながら楽しそうにリボンを解いて、桧山くんは箱を開いていく。開かれた箱からは、手作りのトリュフが5つ、円を描くように並べてある。形も特に崩れている様子も無く、私はそっと胸を撫で下ろした。

「トリュフか」
「うん。大丈夫?食べれる……?」
「ああ、基本的に好き嫌いは無いからな。それに、さっきも言ったがなまえの手作りは全て美味いから、残さず食べるつもりだ。……今、一つ食べてみてもいいだろうか?」

桧山くんはトリュフを一つ摘まんだ状態で私に訊ねてくる。既に食べる気満々なその様子がなんだか面白くて、少しだけ笑ってしまった。彼からの質問に小さく首を縦に振れば、摘まんだトリュフをゆっくりと口元へ運んでいく。咀嚼して味わっているようで、桧山くんの表情からは綻んだ表情が浮かんでいる。
……美味しかった、って事で良いのかな?

「どうかな……?」
「ああ。お前の作る物はやはり美味いな。コーティングチョコと中に入っているガナッシュが、ちょうど良いくらいの甘さで食べやすい」
「そっか。……良かった」

表情を見ていればなんとなく感想は伝わっては来るけども、やっぱり本人の口から聞きたいと思ってしまう。だから、今直接聞かせてくれた桧山くんの感想に、私は小さく安堵の溜め息を吐き出した。口に合ってくれたなら、これ以上に嬉しい事はない。

「喜んでもらえて、本当に良かった……」

本心を零してから、今更ながら照れくさくなってしまって、それを隠すようにチョコを受け止めてくれた桧山くんの大きい手にそっと触れてみる。いくら恋人同士だからと言っても、やっぱり本命チョコを渡すのは緊張してしまう。桧山くんは返すように私の手をぎゅっと繋いでくれた。

「貴臣くん。……好きだよ」

普段あまり呼ばない彼の名前を呼んでから、いつも胸に秘めている想いを口にする。いつもは恥ずかしがって中々言えないけど、こんな日くらいは私から想いを伝えたい。

「なまえ、」
「たまには……想いを伝えたくて。いつも貴臣くんから言ってくれるけど、私も同じくらい、想ってるし……大好きだよ」

はっきりと桧山くんの瞳を見つめて想いを伝えれば、珍しく動揺したようにその甘いミルクティー色の瞳が揺れた。伝える事に慣れてないせいか、徐々に頬に熱が集中するのが、自分でも分かる。
桧山くんは少しだけ困ったように笑いながらも、繋いだ手を取ってから私の手の甲にそっと口付けを落としてから、赤くなっているであろう私の頬にそっと触れてくれる。

「貴臣くん……」
「……なまえから、チョコだけでなく素直な気持ちも聞けるのであればバレンタインも良いものだな」

ふっと口元を緩め笑みを浮かべて、頬に触れていた手がゆっくりと移動して、優しく私の唇をするりと一撫でしてくれる。

「っ、」
「……愛してる」

腰を引き寄せられて鼓膜に直接囁くように、耳元で愛の言葉を囁かれる。そのまま手で触れていた唇をなぞるように桧山くんは私に触れるだけの口付けを送ってくれる。なんとなく離れるのが名残惜しくて、繋いだ手にぎゅっと力を込めれば、唇が離れた一瞬で「可愛いな」と囁かれて、今度は蕩けるような口付けを交わされる。甘い口付けに思考が蕩ける中、甘い吐息と共に離れた桧山くんとの口付けは、ほんのりと甘かった。


prev next

[]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -