色づいた夜の鼓動 


*恋人設定。桧山視点。
*誕生日。


***


静かな部屋の一室で仕事を進めている中、ポケットに入れていたスマホから通知音が鳴り響く。取り出して確認してみれば、恋人であるなまえからLIMEが届いていた。そこには「今、電話しても大丈夫かな?」という一文と疑問符を浮かべている猫のスタンプが押されている。
書類は片付け終えた所でタイミング的にはちょうど良い。付け足すように「忙しいなら大丈夫だから」というメッセージも既読してから通話ボタンを押して、スマホを耳に当てた。

『もしもし……?』

二、三回目のコール音が鳴り終わったタイミングで、電話越しに愛しい彼女の声が俺の鼓膜に響く。

「俺だ」
『うん、お疲れ様』
「ああ。……一ヵ月振りくらいになるか?」
『そのくらいかな……?仕事大丈夫……?もしも忙しいなら、落ち着いてからでも……』
「いや、ちょうどきりが良かった。それに、久し振りにお前の声も聞きたかったからな」
『……私も。最近声も聞けてなくて寂しかったから、聞けて嬉しいよ……』

恥ずかしそうに返してくれた一言に、「俺も同じだった」と小さく言葉を零す。
ここ最近、彼女は繁忙期に向けての新商品の企画会議や資料作り等に勤しんでいて全くバーにも顔を出せていなかった。一方の俺も、いつもよりも大きい企画での打ち合わせやパーティー等が多く、彼女と会える時間や電話する時間が取れなかったから寂しい思いをさせていたという事は分かっていた。
だから、俺と同じ気持ちを持っていてくれたという事に嬉しさで心が暖かくなっていき、つい口元が緩んでしまうのが自分でも分かる。本当は声だけでなく会って今すぐ抱き締めたいが、仕事が片付いてない今、それは難しいだろう。

「所で、どうした?何か急ぎの件か?」

思考をなまえとの会話へと戻し、掛けてきた用件を確認すべく問い掛ける。この間のRevelの仕事はまとめて羽鳥に任せたので、彼女への負担は無いはずだ。
何かを言い惑っているのか、少しだけ間が空いてから『あのね、』と彼女は話しを切り出した。

『次の日曜日の夜、予定どうかなって……』
「日曜日?」
『うん。…今年も、当日会えるか分からないから……桧山くんの誕生日を先にお祝いしたいからご飯でもどうかなと思って。私も仕事で忙しいは忙しいんだけど、そこはお休み貰えたから。あ、でも無理にとは言わないから……!可能であれば……』

不安気な声で語尾をどんどん小さくしていく彼女はそこまで伝えてから、短く息を吐き出す。俺としては彼女からこうして食事に誘ってくれた、という事実だけで充分嬉しいし、断る意味などない。

「……日曜か。それまでには、今進めている仕事は全て片付けよう」
『さっきも言ったけど、仕事立て込んでるなら無理しなくても大丈夫だよ……?』
「いや、お前からの誘いを断る事などしない。大丈夫だ、片付く目途は既に立っている。それに、次はなまえが忙しくなり、また会えない期間が今と同じくらいかそれ以上になる可能性もあるだろう?」

確認するように問い掛ければ『そう、だね』と言葉を詰まらせ小さく呟かれた一言と共に『ごめん』と申し訳無さそうな謝罪の言葉も聞こえる。
互いに仕事が忙しいのを承知で交際を始めたのだし、彼女の仕事の事も理解はしている。繁忙期が冬場なのだからしょうがない事だろう。

「お前が謝る事など一つも無い。むしろ、こうやって誕生日前に祝おうとしてくれている。その気持ちが俺は嬉しいんだ」
『桧山くん……』
「ちなみに、食事の場所は決めているのか?」
『あ、ううん。桧山くんの返事を聞いてから決めようと思ってたから……』
「そうか。ならば場所の予約は俺が取ろう」
『え、でも、』
「お前と一緒に行きたい所があるんだ。任せてくれないか?」

電話越しで少しだけ言い淀む彼女の様子を脳裏に思い浮かべてつい苦笑を零してしまう。
言葉を続けようとするのは恐らく、あちらから食事に誘ったから場所も自分が、と言いたいのだろう。だが、そこは俺も譲れない。その意思をはっきりと口にすれば、また言葉を詰まらせた彼女だったが最終的には折れてくれて『そこまで言うなら…お願いします』と俺に委ねてくれた。

「では、日曜日の夜に。また近くなったら連絡する」
『うん。……会えるの、楽しみにしてるね』

先程よりも嬉しそうな声で紡がれた一言と「それじゃあ」と互いに言ってから同時に電話を切る。部屋にはまた先程のような静けさだけが戻ってくる。

「楽しみにしている、か」

なまえが最後に嬉しそうに紡いでくれた一言を静かな部屋で小さく繰り返す。楽しみにしているのはお前だけじゃなくて俺もなんだ。今から彼女に会えるという事実だけで、先程から緩みきった頬は中々戻りそうにない。

「(なまえの為にも、終わらせなければな)」

手にしていたスマホをポケットへと戻し、途中だった仕事を進める為に机へと向き直る。彼女に会うまであと数日。今から会える事を楽しみに、俺は仕事を着々とこなしていった。



約束をした当日。彼女を家まで迎えに行き、有名な展望レストランへと足を運んだ。名前を伝え、予約していた個室へとスムーズに案内される。

「こちらになります」

扉を開いてボーイに案内された個室は、窓がガラス張りになっており夜景が一望できるようになっている人気の展望レストランだ。今の時期は冬のイルミネーションでシャボン玉やバルーンを使う演出も施されているらしく、ここからでもきらきらとライトが反射して幻想的な冬のイルミネーションを見ることが出来る。
ボーイが部屋から出て行くのを見送り彼女の方に視線を向けてみれば、窓の外をきらきらとした表情で見つめている。…喜んでくれたようで何よりだ。


「お疲れ様」

料理の準備が整い、赤ワインが入ったグラスを合わせて小さい音を鳴らし、グラスを傾け口に含む。そのままこくりと一口だけ喉に通した所で、なまえが俺の方に視線を寄越していた事に気付く。

「どうした?」
「ううん。桧山くんと一緒に過ごせて嬉しいなって思って。この時期だから会うの難しいかなって思ってたんだけど…予定が合って良かった……」

嬉しそうに笑顔を浮かべて、彼女も一口ワインを口に含む。その可愛らしい笑顔と伝えられる想いに、こちらも自然と頬が緩んでしまう。

「あ、そうだ。忘れない内に……。ちょっと早いけど…これ誕生日プレゼントです」

持っていたグラスをテーブルに置き、バッグから綺麗に包装された袋を取り出して、それを俺に差し出してくれる。

「ありがとう。開けても良いか?」

差し出されたそれを受け取ってから問い掛け、なまえはそれに小さく首を縦に動かした。綺麗に包装されているラッピングをといていけば、そこにはグレーのマフラーと、シンプルなタイピンが収められていた。
市販で売っている正規品とはどこか手触りが違う感じに思えた。これは……

「もしかしてこのマフラーは……手編みか?」
「うん。友達に教えてもらいながら手編みで作ってみたんだ。……初めてだし不器用だから歪になっちゃったけど…貰ってくれたら嬉しいな…」

恥ずかしそうに言葉を零すなまえは、そっと俺から視線を外してしまう。歪というほど、形が変な訳ではない。むしろ、忙しい時期に差し掛かるにも関わらず手編みで作ってくれたという事、彼女の気持ちが込められているのならば、プレゼントとしては充分なものだ。口元を緩ませたまま、もう一つのプレゼントへ視線を向ける。

「タイピンか。ちょうど新しいものを買おうと思っていた所だったんだ」
「本当に?ちょっと悩んだけど、一番つけやすいシンプルなやつにしてみたんだ」

彼女が言うように、確かにこういったものは選ぶのが難しい。だけど彼女が選んでくれたものはそこまで色味が強い個性的な物でなく、シルバーでクリップ式のシンプルなタイプの物だ。これなら俺の持っているネクタイにも付けやすいだろう。
不安そうな表情を浮かべている彼女を安心させるように「ありがとう、両方とも大切に使わせてもらう」と伝えれば、小さく安堵の溜め息を吐き出した。

「俺からもプレゼントがあるんだ」
「え?わ、私プレゼント貰うような事なんて……」
「これはクリスマスプレゼントとして、なまえに贈らせてほしい。こちらへ来てもらっても良いか?」

慌てるなまえの言葉を遮りながら席を立ち、彼女にも同様に立ち上がるように促し、そのまま彼女の手を取り窓際へとエスコートする。
夜景が見える窓際へと移動してから、ジャケットのポケットに忍び込ませていたシンプルな淡い色の小さいジュエリーケースを取り出し、そっと開いて見せる。

「ネックレス……?」
「お前に似合うと思って用意したんだ」

ジュエリーケースの中には、スノークリスタルデザインのホワイトゴールドのネックレスが綺麗に収められている。一目見た時から、なまえに似合いそうだと思っていて次にプレゼントを贈るならこれだと前々から決めていたものだ。
ネックレスを手に取り、なまえの後ろにまわってから留め具を外してそっとネックレスを付けてみせる。付け終えてから彼女にも見えるように窓ガラスに反射する姿で確認すれば、彼女の胸元できらりとホワイトゴールドが輝いた。目の前で輝いている夜景やイルミネーションの景色とはまた違った美しさを放っていて、思わず見惚れてしまう。

「やはり、お前に良く似合っている」
「わ、私には勿体ないくらいだよ……。でも、ありがとう…大切にするね」

俺からの言葉に謙遜の言葉を並べるなまえだったが、それでも嬉しそうに笑って見せてくれる。だが直ぐに何かを思い出したかのように、あ、と小さく声を上げた。

「どうした?」
「私、誕生日プレゼントは用意したけど、クリスマスプレゼントは用意できてないなって思って……。何か欲しいものとかある……?」
「俺がプレゼントしたかっただけだから気にしなくて良かったんだが。……いやでも……」

言葉を遮り一瞬だけ思考を巡らせ考えた結果は一つだけだった。俺の事を見上げ不思議そうな表情を浮かべているなまえの柔らかい髪を優しく梳きながら、慈しむような瞳で彼女をじっと見つめる。

「桧山くん……?」
「クリスマス期間が終わった最初の休みの一日を、俺にくれないか?」
「え……?」
「なまえの事を労いたい。……本音を言えば、俺がなまえと一緒にいたい、というだけなんだが」

胸元に置いていた彼女の手を取り、指先に口付けを落としながら言葉を紡いでいく。これを約束しておかないと、また一ヵ月間近く会えなくなる事があるのは経験済みだ。それを避けるためには、こうやって先手を打っておくしかない。

「なまえとの時間が欲しい。…これがクリスマスプレゼントではダメか?」へ
「……ダメじゃ、ないよ。私も、桧山くんとの時間が欲しい…」

小さく紡がれた一言は俺と同じ気持ちを持った、肯定の意思だった。
俺に聞こえるように告げてくれたかと思えば触れていた手を握り返されて、はにかんだ笑みを浮かべてくれる。その笑みに、一瞬心臓が高鳴ったのが分かり、それと同時に彼女の返答に嬉しさの気持ちと愛しさが込み上げてきて、彼女への溢れる気持ちが抑えきれず、形の整った可憐な唇に優しく口付けを落としていた。一瞬だけ触れるような口付けに、なまえの頬がほんのりと赤く染まっていくのが分かる。

「桧山、くん」

赤くなっている頬に指を滑らせて額や火照った頬に口付けを落としていれば、合間に彼女から小さく名前を呼ばれる。恥ずかしそうに宙を彷徨わせていた視線がしっかりと交差されて、ほんの少し震える唇がゆっくりと言葉を繋いでいく。

「ちょっと早いけど……誕生日、おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう。桧山くんとこんな素敵な場所に来れて凄く嬉しいし、幸せだなって思うよ。……これから先も傍にいさせてくれたら嬉しいな……」

恥ずかしそうに潤んだ瞳は直ぐに伏せられ、紡がれた言葉と共に送られたのはなまえからの触れるだけの一瞬の口付けで。そのまま擦り寄るようにぎゅっと抱き付いてきたなまえは、俺の胸に顔を埋めてしまった。

「俺も、今この時間をお前と過ごす事が出来て良かったと思っているし、これから先もずっとお前に傍にいてほしいと思っている。……なまえ、愛してる」

彼女からの想いを返すように、俺自身の想いをしっかりと彼女の耳元で優しく言葉に乗せて紡いでいく。
来年も、その先も、こうして彼女といられる事が出来ればそれだけで充分幸せだ。片頬に手を添えてそっと顔を上げさせて、恥ずかしそうにしながらも頬を染めたまま幸せそうに笑うなまえを愛おしいと思い、彼女の温もりを感じながら溢れる想いを伝えるように、もう一度触れるだけの口付けを交わした。

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