曖昧な独占欲 


*恋人設定。ヒロイン視点。


***


重いまぶたを開けば柔らかい陽射しがカーテンの隙間から注ぎ込んできて反射的に目を瞑ってしまう。いまだに心地良いまどろみの中に浸っていれば、暖かい温もりに包み込まれている事に気付く。視線を上に移動させて確認すると、恋人である桧山くんが私を抱き締めながら静かに寝息を立てて眠っていた。

「(え、っと……なんで桧山くんが……?)」

今の状況に、まどろんでいた思考が一気に覚醒する。何故桧山くんがここにいるのか、自分が今いる場所がどこなのか。見える範囲で視線を彷徨わせてみれば、漸くここが桧山くんの部屋のベッドの中だという事に気付いて、更に疑問点が増えていく。
とりあえず一旦落ち着こうと短い溜め息を吐き出してから、目の前で珍しく寝入っている桧山くんに視線を移す。ショートスリーパーである彼が私と同じくらいまで眠っているのは珍しい。そんなに遅い時間まで仕事していた……?もしくは、

「(……なんか迷惑……掛けちゃったのかな)」
「……ん。なまえ……?」
「あ、」

覚えてないからこそ、ついそんな風に思ってしまう。沈んだ気持ちに重い溜め息を吐き出したのと同時に、桧山くんがゆっくりとまぶたを開いて私の名前を呼んだ。綺麗なミルクティー色の瞳と視線が交差する。

「……おはよう」
「お、おはよう……桧山くん……」
「ああ。……こうして朝起きて最初にお前の顔が見れるのは、嬉しいものだな」
「っ、」

まだ少しだけ眠そうな目を細め、私の目尻に優しく口付けを落とし嬉しそうに笑いながら言葉を零す桧山くんの発言に動揺を隠せない。なにがどうなってこんな状況になってしまったのか。動揺している私に、桧山くんは不思議そうにしている。

「どうした?」
「あの……私、どうしてこういう状況になったのか覚えてなくて……説明してくれたら嬉しいな……」

申し訳無さと恥ずかしさで小さくなっていく自分の声。桧山くんは思考が冴えてきて私が伝えたい事を理解してくれたのか頷いてくれた。寝ていた体勢から少しだけ身体を起こして、話し始めてくれる。


「昨日の夜の事は覚えているか?」

桧山くんからの言葉を始めに、昨日の記憶を少しずつ辿って思い出していく。
確か、仕事帰りにスマホを確認したら桧山くんから「今日うちで夕飯を食べないか?」というお誘いが入ってて。今日は私も休みだったし、遅くなっても大丈夫だと思って二つ返事でOKしてここに足を運んだ。それから……、

「あ、えっと……ワイン、飲んだ……?」
「そうだ」

紐解いていく記憶の中で、ぼんやりと浮かんだのはワインボトルだった。問い掛けるように呟けば肯定するような返事が返ってくる。…確かに、美味しいワインを何杯か飲んだ後から記憶が飛んでしまっている、気がする。
頭の中が混乱し、黙ってしまった私の髪を桧山くんはゆっくりと優しく梳いてくれる。そのまま、短く息を吐き出したと思ったら小さく「すまない」と謝罪を零された。

「え……?」
「なまえが美味しそうに飲むものだから、つい何度も勧めてしまった。俺の責任だ」
「え、ううん。桧山くんは悪くない……!確かにあのワイン美味しかったし……だから謝らないで……?」

する必要のない謝罪に慌てて言葉を返せば、眉を下げて表情を曇らせる桧山くんの表情が自分の瞳に映る。

「……あの、飲んだ後迷惑掛けたりしなかったかな……?気分悪くなったりとか……」
「いや、気分が悪くなったわけではなかったからな。ワインを飲んだ後に寝てしまったから、ここに運ばせてもらったくらいだ」
「ご、ごめんね。充分、迷惑掛けちゃってる。……ちなみにベッドに運んでくれたのって、」
「俺しかいないだろう」

答えはなんとなく分かっていた。それでも聞かずにはいられなくて訊ねてみれば、桧山くんはさも当然だというように返答をくれる。迷惑を掛けてしまった事に申し訳無さを感じている私に、桧山くんは言葉を続ける。

「ベッドに運んだあとで俺はソファーで横になろうと思ったんだが、なまえが珍しく俺に抱き付いて中々離れてくれなかったので今朝みたいに抱き締めて寝てしまった、といった所だな」
「っ、ほんとごめん……!あの、無理矢理にでも起こしてくれても良かったんだけど……!」

説明を聞いて、自分の子供のような行動に恥ずかしくなって頬が熱くなるのを感じる。アルコールを摂取するのが久し振り過ぎたせいなのか、自分でこんなになってしまうとは思わなかった。悪酔いとかじゃないからまだ良いのかもしれないけど、結局は彼に迷惑を掛けてしまったのは変わらない。

「疲れていただろうし、起こしてしまうのは悪いと思ったからな」
「でも、迷惑掛けちゃって……」
「お前はいつも迷惑を掛けたと思っているみたいだが、俺は迷惑だと感じた事は無い。…それに、俺としては、その行動が甘えられているみたいで嬉しかったんだが……ダメだったか?」
「そ、それは……」

普段自分からあまり甘える事をしないからなのか、気遣いと優しさと少しだけ嬉しさが込められている問い掛けに首を横に振って「ダメじゃ、ない」と小さく言葉を漏らせば、彼は「そうか」と小さく呟いてから安心したような、嬉しそうな表情を浮かべていた。

桧山くんの寝室のベッドに座り一部始終話しを聞き終わり、気持ちを落ち着かせる為に小さく息を吐き出す。
今更になって抱き締められて寝てしまった、という事実に動悸が早くなるのを感じる。顔を見るのも恥ずかしくて俯かせていれば、桧山くんは私の頬にするりと手を添えてじっと瞳を覗き込んでくる。いつもは手袋越しの手が素手で私の頬に触れて、直に触れられる熱に心臓が高鳴った。

「言い忘れていた事があった」
「な、なに?」
「あまり飲まない事は分かっているんだが、これからアルコールを摂取するときは、俺の前だけにしてくれ」
「……え?」

彼の予想外の一言に思わずを目を丸くしていれば、じっと視線を絡ませたまま言葉が続けられる。

「なまえが眠ってしまった後の話しだ。普段、言わない言葉をたくさん言ってくれたんだ。俺としては嬉しかったんだが、」
「わ、私なに言ったの……?」

心なしか、嬉しそうに話す桧山くんにこちらは不安な心で問い掛けてみる。そのときの事を思い出しているのか、彼の口元が少しだけ緩んだのが見えた。

「好き、と。俺の名前を呼びながら何度も言ってくれた」
「……!」
「普段、なまえは滅多にこういう言葉を言ってくれないだろう?酔って寝惚けながらという事は分かっているが、それでも素直に嬉しかったし、お前は可愛らしかった」
「うっ……」
「だが、あまりにもその姿が無防備に感じたんだ。酔ってそのまま寝てしまうなんて、なにをされても文句が言えないだろう」
「……そ、それは……そうだね……」

桧山くんからの言葉が正論すぎて返す言葉もない。確かに、いつもはRevelのみんなとお酒を飲んでるから良いけど、他の人と飲むとなったときに、今日みたいな事態に発展したら桧山くんは眉間に皺を寄せて怒ってきそうな気もする。そう考えたら、自然と口も噤んでしまった。

「……まあ、そうは言ったんだが、俺の前で無防備な姿でいられてもそれはそれで困ってしまうんだがな」
「え、」
「酔って寝ているなまえを目の前にして、俺だってそんなに我慢が利く訳じゃない」

少しだけ困ったように、だけどはっきりと桧山くんは言葉を紡ぐ。そのまま頬に触れていた手は顎に添えられたかと思えば、桧山くんの整った顔が近付いてきて優しい口付けを送られた。だけど、いつもされる口付けよりは少しだけ長くて、それだけで思考が蕩けてしまいそうになってしまう。

「んっ……」
「好きな女性には、いつだって触れたいと思っているんだ。無防備だとこんな事も簡単にされてしまう。だからせめてもう少しだけ、危機感を持ってくれ」

口付けから解放されて身体の力が入らない私を、桧山くんはそっと抱き締めてくれる。そのまま唇を耳元に寄せて囁かれる言葉に、一気に体温が上昇するのが自分でも分かった。
まどろんでいる思考の中で言葉の意味を理解して頷いてみせれば「分かってくれたなら、それで良いんだ」と零されて額と額をくっつけてから優しい眼差しで見つめられた。
今度からお酒を飲むのは誰の前でも程々にするから。心に誓ってから、桧山くんから再度送られてくる甘い口付けを受け取りながら、ゆっくりと目を瞑った。


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