心音に触れるとき 


*恋人設定。ヒロイン視点。
*捜査一課・服部班。菅野と同い年。


***


時刻は夜の22時30頃を過ぎたくらい。いつもの通り、恋人である関さんのマンションの部屋に寄る。中に入り、定位置であるローテーブルの前に座り、目の前にあるおつまみとお酒を眺める。

「…ちょっと、買い過ぎましたかね?」
「いや、良いんじゃないか?余ったら冷蔵庫に入れておけばいいし」
「なら良いんですけど」
「うん。それじゃあ、乾杯」
「お疲れ様です」

缶ビールを開けてこちらに缶を寄せる関さんに、私も開けていた缶チューハイを小さく当てて乾杯する。明日はお互いに休みで休日出勤も無い。取り立てて急ぎの案件も無い。という事で久し振りに関さんと小さく飲み会を開いている。

「にしても、ここ数日はほんと疲れました…」
「ああ。捜査一課の方は、厄介な案件があったんだって?」
「そうなんですよ…!って、私、言いましたっけ…?」
「いや、なまえの口からは聞いてないかな」

缶ビールをぐいっと飲む彼の言葉に思わず首を傾げてしまう。たぶん、私が問い掛けた所で関さんはこういった事はあまり話してはくれないと思うからこちらも深くつっこまないでおく。…にしても、関さんの所には、恐ろしいくらいに色んな情報が入るって事を改めて再確認する。
捜査一課といえば。思い出したように缶チューハイをテーブルに置いて、関さんの方に視線を向ければ「ん?」と優しく見つめ返してくれる。

「…少々、愚痴っても良いですか」
「珍しいな。どうした?」
「今日、耀さんから頼まれてた仕事を片付けようと思ってたんですよ。でも、その仕事の前にいつもの通り外の巡回もあったので、それを先に夏樹くんと一緒に済ませようと思ったら、首根っこを掴まれて「なまえはこっち」って言って山積みの書類の前に座らせられたんですよ?!私が書類整理苦手なの知ってるくせして…!」

思い出す今日一日の出来事に喋るスピードも速くなっていく。私が事務所に座って書類整理とかするの苦手なのを知っていて耀さんはわざと私にやらせたに決まっている。上司のそんな愚痴もつい零してしまったけど、関さんは構わず私の話しを黙ってずっと聞いてくれていた。
いつの間にか、彼が手にしていた缶ビールは二本目になっていた。

「助けを求めようと夏樹くんに言っても「じゃあ俺、外回りしてくる!」って言われて逃げられるし、蒼生さんに視線を向けても逸らされるし、司さんにもヘルプを求めてみたんですけど、「…俺は別案件があるので。失礼」とか言ってどっか行くし…!」
「…それで?」
「結局、耀さんに逆らったら怖いですから。山積みの書類を嫌々ながら片付けました。…まあ、片付けた後に追加でまた書類積み重ねられたんですけど…!ちゃんとそれも片付けて…今に至る、って感じです」
「そうだったのか。…お疲れ様」

散々、他部署の愚痴を聞かせてしまって申し訳なさが募ってしまったけども、関さんは労いの言葉と共にぽんぽんと頭を優しく撫ぜてくれる。その優しさにじわりと心が温まる。
…耀さんみたいな上司より関さんみたいな上司が良かった、なんて思ってしまうのは、彼が私の恋人だからなのかな。
別に、耀さんが嫌いとかいうわけじゃないけども。

「…服部さんも悪気があってなまえに書類整理を任せたわけじゃないだろう。君に任せれば、という信頼感のもとでの行動だと思うから」
「…分かってます。あの、こんな事勢いだったんですけど…愚痴ってすみませんでした」
「良いよ。吐き出せる時に吐き出してもらえるなら、聞く甲斐があるからね」

頭に乗せられていた手はいつの間にか離れていて、苦笑いを零しながら缶ビールを飲み干す。それにならって私も残っていた缶チューハイの中身を飲み干した。そのまま、ふと疑問に感じた事を問いかけてみる。

「関さんは、こういう愚痴とかって無いんですか?」
「愚痴?」
「はい。まあ、立場上の問題とかもあるのかもなんですけど、関さんはこう…不満に思ってる事とか無いのかな、と思いまして。いやまあ、私如きが生意気な事聞けないんですけど…!」

黙ってしまった関さんに慌てて弁解を伝える。私如きがこんな事聞くなんて失礼だったかな。でも、たまには弱音的なものを言ってくれても良いと思うんだけど…甘えて、もらえないのかな。
不安に思いながら関さんの言葉を待っていれば、零されたのは長い溜め息だった。そのまま関さんは私の隣に移動してくると、私の手を引っ張って自分の胸の中に私をぽすんと抱き寄せたと思えば、ふわりと関さんの匂いに包まれる。いきなりの事に驚きが隠せない。

「せ、関さん…?!」
「……」
「あ、あの、えーっと…どうされたんですか…?」

私の言葉に、ただただ抱き締める腕に力が込められたのが分かった。予想外の行動にどう反応していいか分からずにいると、そのまま関さんが小さく言葉を紡いだのが聞こえた。

「……服部さん達は名前で呼んでるのに、俺は名前で呼んではくれないのか」
「え、」

まさかの言葉に驚いて変な声を上げてしまうと、それ以上はなにも言ってくれなくなってしまった。不満に思ってる事とか無いかってさっき聞いたけど、まさかのその事…?
恐る恐る自分の頭上にある関さんの表情を盗み見れば、頬を赤く染めて瞳も若干潤いを増している。
…関さん、これって酔っているんじゃないんですか。もしかして、嫉妬して酔った勢いでさっきの言葉を言ってくれたんですか。自意識過剰かもしれないけど思えば思うほど、関さんに対しての愛情がどんどん募っていくばかりだ。

「関さん、酔ってますか…?」
「…酔ってない」
「その様子だと酔ってるようにしか見えないですよ。…大輔さん」
「!」

名前で呼ぶ事なんて滅多に無くて、恥ずかしさが募ったけどもそれよりも驚いた表情の関さんを見れた事につい頬を緩めてしまう。

「大丈夫ですよ、服部班のみんなは確かに名前で呼んでますけど、大輔さん以外に心が揺れ動く事なんて、ありませんから」
「……なまえ」
「大輔さん、大好きです。…あと、嫉妬してくれて嬉しい、」

「です」、と言葉を続ける前に関さんの形の良い唇に言葉をとめられてしまった。
そのまま長く続けられる口付けの合間に「君は、ずるいな」なんて言葉を吐き出される。ずるいのはいつだって関さんの方じゃないですか。これが本当に酔っているかも分からないのに、そんな事言ってくるなんてずるい。
お互いにお酒の甘ったるい匂いが漂う口付けを交わしながら、これから始まるであろう長い夜にゆっくりと目を瞑った。


 

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