そのぬくもりがただ愛おしくて 



*恋人設定。桧山視点。
*誕生日。


***


「それじゃあ、俺達はこれで」
「ああ、今日はありがとう。楽しかった」

玄関から出て行く羽鳥、槙、神楽の三人を見送り扉を閉めれば、騒がしかった先程と変わり、静けさが屋敷内に戻ってくる。
今日は、俺の誕生日パーティーの為に三人がわざわざ予定を合わせて来てくれて、充実した一日を共に過ごしてくれた。いつからだったか、誰かの誕生日の時はどこかで集まり、みんなで祝うのが当たり前になったな、と自室に戻る途中で思い返す。それが居心地の良いものになっていくのに、自然と口元が緩んでしまうのが自分でも分かる。

(……三人が祝ってくれたのも嬉しかったが、やはりなまえがいないのは寂しいと思ってしまうな)

自室へ辿り着き、ソファへと腰掛けながら自分の恋人を脳裏へと思い浮かべる。三人との会話の中でも度々名前が出たのは、同じRevelの一員でもあり自分の恋人でもあるなまえの事だった。
この時期が仕事の繁忙期だという彼女は、今日も一日仕事だから来れないと事前に言われていた。「ごめんなさい」の言葉と共に眉を下げて悲しそうな表情を浮かべる彼女に、「仕事だから仕方ないだろう」と言ったのは自分ではあるが、その話しを聞いた時内心落胆したのも事実だ。それを表に出さないよう先程のパーティーでは振る舞っていたつもりだったが、彼女の話題が出てきた時に羽鳥から「やっぱりなまえがいないから元気ないの?」と言われたのは予想外だった。……どうやら、彼女の事に関してだとあの三人には隠し事は難しいらしい。

先程の羽鳥からの言葉を思い返しながら短い溜め息を吐き出し、ポケットに入れていたスマホを取り出す。取り出したスマホはライトが点滅していて、気付かぬ内に着信が入っていたようだ。誰からだと思いながらも着信者の名前を見た瞬間に、折り返すように通話ボタンを押してスマホを耳に当てた。

「……」

コール音が何度か響くが出る気配を感じない。もう一度小さく溜め息を吐き出し、諦めて通話ボタンを切ろうとした瞬間、

『もしもし……?』

愛しい恋人の声が鼓膜に響いた。

「……なまえ?」
『ご、ごめんね、急に電話なんて……。もしかして、もう休んだりしてた?なんか、作業の邪魔しちゃったかな……』

俺の事を気遣っているのか、不安そうに尋ねてくる彼女に思わず小さく笑いを零してしまう。自分が忙しいにも関わらず、こうして他人の事を心配してくれるのは彼女の良い所の一つだ。忙しい時期だと理解はしているつもりだが、ついそんな彼女に会いたいと思ってしまうのは確実に俺の我儘だろう。そんな胸中を悟られないように、いつものトーンで彼女からの電話に対応する。

「つい先程羽鳥達が帰り、今は自室で休んでいた所だが、お前からの連絡なら電話だって嬉しい。……お前こそどうしたんだ?仕事は大丈夫なのか?」
『うん。今日はもう落ち着いたから……。で、あの……今、桧山くんの屋敷の庭にいるんだけど……』
「は、」

彼女からの予想外の一言に窓から庭を確認してみれば白のコートにグレーのマフラーを纏った彼女が電話をしている姿を捉える。それを見た瞬間に「すぐ向かう」と一言告げ通話ボタンを切り、スマホをポケットに入れ彼女の元へと足を早めた。



外へと出れば、暖まっていた身体に一気に冷気が纏ってくる。寒さのせいだろう、吐き出す息は全て白くなって宙を舞った。彼女のいる方へと足を進めれば、シンビジウムやノースポールが咲いている花壇を見つめていた。

「なまえ、」
「桧山くん……」

声を掛ければ、花壇から離れて俺の傍へと彼女は駆け寄ってくる。そしてそのまま眉を下げて「急に来てごめんなさい……」と小さく謝罪をされてしまった。

「いや。むしろ、早く電話に気付いてやれなくてすまない。……こんなにも身体が冷たくなってしまっている」

言葉を小さく紡ぎながら、彼女の両頬を包み込むように触れてみせる。手袋をせずに直接触れたその頬はひんやりと冷たくなってしまっていた。両頬から手を離し、なまえの腰を抱き寄せた小さな身体も、コートを纏っているにも関わらず寒さのせいで微かに震えていて思わず顔を顰めてしまう。彼女は少しだけ身じろぎながらも、俺の言葉に慌てて首を横に振った。

「わ、私が連絡も無しに来たのが悪いだけだから……」
「しかし……」
「本当はもっと仕事が長引くと思って桧山くんの誕生日パーティー出るの諦めてたんだけど……でも、予定より早く上がれて。だから、誕生日当日にどうしても直接会いたかったし、言いたくて……」

震える唇でそう言葉を零したと思えば、なまえは一旦俺から離れてしまう。それに名残惜しさを感じているのも束の間、今度は彼女から優しく手をぎゅっと包み込むように触れてから、こちらを見上げて俺と視線を合わせて口元を緩めた。

「桧山くん、誕生日おめでとう」
「なまえ……」
「誕生日当日に言えて良かった。……桧山くんの傍にいさせてくれて、ありがとう。……恋人として誕生日を祝えるの、凄く嬉しい……」

寒さで少しだけ潤んだ瞳で、一言一言丁寧な言葉を探し、想いを伝えてくれるなまえに愛しさが募っていく。ふわりと笑みを浮かべて「大好きだよ」と言葉を紡いでくれた彼女の唇にそっと触れるだけの口付けを落とせば、慣れないそれにほんのりとその頬は赤く染まっていく。

「桧山くん……」
「こちらこそ、傍にいてくれてありがとう。……誕生日はなまえに会えないと思っていたから、会えただけでこれ以上ないプレゼントだ」

包み込まれている手を解き彼女の事をじっと見つめたまま本心を紡げば、恥ずかしそうにしながら、それでいて嬉しそうに頬を緩めたなまえの姿が俺の瞳に映る。嬉しそうな表情に胸が暖かい気持ちになるのを感じるのと同時に、もう少しだけこのまま彼女と一緒にいたいという気持ちが強くなってきてしまう。

「……」
「どうかした……?」
「なまえは……明日もまた仕事か?」
「あ……うん。次のお休みは……ちょっと空いちゃうんだ。あと、年内は今日を逃したら会えないと思ったから、それもあって今日会いたくて……」
「そうか……」

寂しそうな表情を浮かべる彼女からの言葉に、また明日から会えなくなると思うとつい声のトーンが落ちてしまう。自分自身も多忙の身なのでしょうがないと頭の中で分かってはいるが、会うタイミングを逃せば長い期間離れてしまう事になる。
彼女と離れる事を考えて溜め息を吐きそうになったタイミングで、なまえはおずおずと俺のジャケットの裾を少しだけ掴んでくる。

「……どうした?」

普段あまりしない予想外な行動に少しだけ驚きながらも、裾を掴んできたその手を取り優しく彼女へと問い掛ける。どう言葉を口にしようか悩んでいるのか、なまえは視線を彷徨わせた後、俺の事を見上げてゆっくりと言葉を紡いでいく。

「あの……明日、仕事だけど出勤は遅いの。だからもし……桧山くんが迷惑でなければ……今からでもちゃんとお祝いさせてほしいなって思って……」

俺の手をそっと握り返しながら紡がれた言葉は、俺が願っていた事でもあって。少しでも俺と一緒にいたいと思ってくれているという事が彼女の瞳から、言葉から伝わってくる。そんななまえの気持ちが嬉しくて、口で肯定の言葉を発するよりも先に気付いたら彼女の小さい身体をもう一度抱き締めていた。

「ひ、桧山、くん……」
「迷惑なんて思う訳が無いだろう」
「あ……」
「……むしろ、少しでも長くお前と一緒の時間を過ごしたいと思っていたから、嬉しい」

聞こえるように抱き締めていた身体を少しだけ離し、吐息が掛かりそうになるくらいまで顔を近付けてから伝える。俺からの言葉を聞いたなまえは安心したように嬉しそうに笑ってくれた。

「そうと決まれば、中に入ろう。疲れているのに随分と話し込んでしまってすまない。風邪を引いてしまうな」

身体を離してからなまえの手を取り、屋敷の中へと足を進めていく。彼女も俺の隣に並び優しく手を包み込むように繋いでくれて、些細なその動作だけでも気持ちが舞い上がってしまう。

「桧山くん」

ふと彼女から再度、空いている方の手で裾を引っ張られ名前を呼ばれる。視線をそちらへと向ければ「少し屈んでほしい」と言われて、その言葉通りに少し屈むと、冷たく柔らかい感触のなにかが俺の頬を掠める。

「っ、」
「プレゼント、用意出来なかったから……これで、」

冷たく柔らかい感触は彼女の唇で、彼女から頬に口付けを落とされたと気付くのに数秒掛かってしまった。驚いている俺を余所に、なまえは恥ずかしそうに笑うとマフラーに顔を埋めてしまう。彼女からの予想外なプレゼントに、触れたい、抱き締めたいという思いが込み上げて来て先程のように小さな身体を自分の腕の中に閉じ込めれば、小さい可愛らしい悲鳴が上がった。

「え、っと……」
「……今のは、反則だろう」

会えただけで嬉しいと思っていたのに、こんな可愛らしいプレゼントを貰えるなんて予想外だ。思わず溜め息を零しながら出てしまった言葉は、彼女に聞こえているのだろうか。こんな事をされたら、帰したくなくなってしまうんだが……分かっているのだろうか。色んな気持ちを抑え込みながら、不思議そうにこちらへ視線を向けてくるなまえへ、なんでもない、とだけ告げる。そのまま自分の腕に彼女を閉じ込めた愛しい温もりを感じるように、気持ちを伝え重ねるように、その愛らしい唇へもう一度自分の唇を重ね合わせた。


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