sweet halloween 


*恋人・同棲設定。夏目視点。
*元マトリ。現在は普通の会社員。

※玲ちゃん少しだけ名前出てきます。


***


「はあ…」

重い溜め息を吐き出しながら自分の住まいであるマンションの一室へと歩みを進める。
ついさっきまで現場で身体を酷使していたせいか、疲労がいつも以上に感じる。それというのも、ハロウィンとかのイベント毎は、テンションが上がりそれに乗じて薬を使う連中が一層増えるからだ。まあ、それを取り締まる為に俺達マトリがいる訳なんだけど。
事前に怪しいと睨んでいた売人の一人がハロウィンで動きがあると事前に調査で分かっていて、今日はそれの現行犯逮捕で大忙しだった。結局、そいつから買った薬物を投与していた学生集団も全員その場で確保出来たし、それだけでも大きい収穫ではあると思う。そしてついさっきまで樹さんや関さんがそれの取り調べ、孝太郎さんは回収した薬物の分析、俺と峻さんと玲ちゃんで残っている書類の山を処理していた。そして落ち着いてきた今、漸く帰宅出来ているわけだけど…久し振りの現場に身体は微かに悲鳴を上げていた。

「(…明日は休みだし、とりあえずゆっくりしよう…)」

考え事をしている間に、既に到着していた自分の部屋へと鍵を開けて入る。入ったのと同時に、パタパタと玄関へ駆けてくる足音が聞こえた。

「おかえり、ハル」
「ただいま、なまえ」

明るい声と共に俺を出迎えてくれたのは、彼女であるなまえだ。疲れている俺を労うようにぽんぽんと頭を撫でてから俺の手を引くように、一緒にリビングへと歩き始める。リビングへと到着し、ソファに先に座る彼女に倣うように俺もその隣に腰掛けてから、疲れている身体をぽすんと凭れ掛かるように彼女の肩口へと頭を預けた。そんな俺を受け入れてくれるなまえはそのまま「お疲れ様」と労いの言葉を掛けてくれる。

「…疲れた」
「今日は現場だって言ってたもんね。…無事に逮捕とかは出来たの?ケガとかしてない?」
「うん、全員無事。それに、予想以上に大きい収穫はあったしね」

仕事の事にはあまり口を出さない彼女だけど、現場に出る=危険に及ぶかもしれない、という認識のせいか、不安そうな声で俺に訊ねてくる。そんな不安を拭うように肩口に預けていた頭を起こし彼女の方を向いて視線を合わせてから、空いている手をきゅっと握り締める。そうすれば、安心したように「良かった」と口元を綻ばせた。

「…辞めた今でも、ハルの話し聞いてる限りやっぱりマトリは大変だなって思っちゃう。…ハロウィンとかのイベントとかに乗じて薬やる人も減らないみたいだし…」
「そうだね。イベント毎に乗じて、ってやっぱり浮かれてテンションが高くなってやっちゃったりするんだろうけど…ほんと、勘弁してほしいよ」

はあ、と先程のように重い溜め息と共に言葉も吐き出してしまう。ハロウィンという特別な日だから、という意味でもあるからなんだろうし、こういう時は薬に興味を示していても中々手を出せないような若者を狙ったものが多い。だけど、薬に染まったってなんも良い事なんか無い。…さっきも思った事だけど、その為に俺達がいる訳だから…それを少しでも少なくするために、やっていくしか無いんだけど。
そんな決意をこっそりと固めている俺に、じっと彼女からの視線を感じる。何か言いたげなその視線に「どうしたの」と軽く問い掛ければ、ゆっくりと言葉が紡がれていく。

「ハルは…ハロウィンとか嫌いになっちゃったりした?」

なまえからの一言に、一瞬「え?」なんて間抜けな声が出てしまった。嫌いにというかなんというか。ハロウィンのせいで薬物使用者が増えていたのは間違っては無いんだけど、だからといって嫌いになった訳ではない。…というか、こんな事を聞いてくるなんて珍しい。

「別に、嫌いとかは思ってないけど。なんで?」
「…さっきは大変そう、とは言ったんだけど…。でも結局、ハロウィンで浮かれてるのは私も一緒だったかなって思って」
「どういう事?」
「本当は仮装して待ってようかなって思っていたくらいには、ワクワクしてたから。でも、忙しいハルを見てたら、そんな事してる場合じゃないって思って」

少しだけ残念そうにしながら言葉を零す彼女の予想外な言葉に、思わず瞬きを繰り返してしまう。あまりイベント事に興味がある方じゃないと思っていたけど、本当はハロウィンを楽しみたかったとか?

「ハロウィンとか興味あったの?初耳なんだけど」
「好きか嫌いかって言われたら、まあ、好きだよ。…大好きなハルと一緒に出来たら楽しいかなって」
「…なにそれ」

握り締めた手を繋いだまま言葉を零して笑うなまえに、嬉しさで口元が緩んでしまうのが自分でも分かる。そういう事一つ一つでさえ、俺と一緒なら楽しいって言ってくれるなまえの言葉に、つい舞い上がってしまう。そうやって俺を喜ばせるのが上手いんだから。

「…今からでも遅くないんじゃない?」
「え?」
「時間的に。まだぎりぎりハロウィンは終わってないよ、って事」

視線を絡ませてから告げた俺の一言になまえは首を傾げて、そんな彼女の額に俺はそっとキスを落としてから、壁に掛けてある時計に視線を移す。まだ0時は回ってないから…なんて考えるのなんて俺らしくないかも。

「…ハルも、珍しく浮かれてるね」
「君が言い出した事でしょ。俺はただ、それに乗っかっただけ」

握り締めた手を離してから、彼女の頬へと指を滑らせてそこへともう一度軽く触れるだけのキスを送る。なまえは少しだけ擽ったそうにしながらも、頬に添えてた俺の手を取って「トリックorトリート、ハル」とハロウィンの常套句を口にした。あまり期待せずにポケットを手探りで探してみると、小さい袋に手が触れた。それを手に取ってポケットから出してみれば、「イチゴ味」と書かれた飴が出てくる。確かこれは…。

「飴?」
「あー…確か、糖分補給で玲ちゃんがくれたやつだ」
「そっか。…じゃあ、それ貰っていい?」

俺からそれを普通に受け取ろうとするなまえを見て、なんとなく少しだけイタズラ心が芽生える。ハロウィンだし普通に渡すんじゃ面白くないよね。彼女から伸びてきた手を制してから、そのイチゴ味が入っている袋を破き、飴を自分の口に含んで目の前の彼女の唇へとゆっくりと自分の唇を重ねた。

「っ、」

俺の行動に最初は驚いていたなまえだったけど、俺のしようとしている行動が読めたのかおずおずと小さく口を開けてくれる。その隙間から自分が含んでいた飴をなまえへと渡せば、ころんと彼女の舌へと小さい飴が移動するのを確認する。飴を絡ませながら口内を少しだけ堪能してゆっくりと唇を離せば、互いに荒さが増した吐息が吐き出される。

「ハル…」
「なに、ちゃんとお菓子あげたでしょ?」
「貰ったけど…。これじゃあ、イタズラと変わらないじゃん」

少しだけ頬を赤く染めて文句を口にする彼女に、苦笑いが零れてしまう。俺としては今のがお菓子をあげた事でも、イタズラでも、どっちで捉えてくれても構わないんだけど。いまだに少しだけ不服そうにして、熱が篭っているなまえの頬を少しだけ引っ張ってから、愛おしそうに彼女へと視線を送った。

「お菓子をあげるにしても、イタズラにしても。…どっちにしたって、なまえ相手じゃなきゃ出来ない事でしょ?」
「ほ、他の子にやったら怒るよ…」
「なまえ以外に、するわけないじゃん」

素直にそういう事を口にする所は本当に可愛いんだよね。頬を染めたままのなまえを見つめてそんな想いを抱いて、今度は俺からハロウィンの常套句を口にしてみる。疲れてるのにこんな事俺から言うなんて結局は俺も浮かれてるのかもしれないけど、でもそれも彼女と一緒に居れば良いものだって思えるから、それはそれで良しとする事にしよう。彼女が選ぶのは、お菓子なのかイタズラなのか、どちらにしても彼女が選ぶんだとしたらちゃんと答えてあげないとね。


 

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