疲れている君を癒したくて


*恋人設定。桧山視点。
*仕事で疲れているヒロインを癒したい話し。


***


「そういえば。羽鳥から、今日がハグの日だという事を聞いたんだ」

寝室に行き、横になりながら寝る前の談笑をなまえと共に楽しんでいた。
真っ直ぐになまえを見つめながら彼女の柔らかい髪を優しく梳いていれば、ふと今日バーで偶然出会った羽鳥と話題になった内容を思い出す。それを口にすれば、なまえは不思議そうに瞳を瞬かせた。

「ハグの日…?」
「ああ。どうやら、8月9日で「ハグ」という語呂合わせでつけられたらしい」
「そうなんだ、…ね」

俺の言葉に納得したように、彼女は言葉を返すのと同時に出そうになる欠伸を噛み締めて「ご、ごめん」と小さく謝罪を漏らした。そんななまえを見つめ続けたまま、羽鳥が口にしていた言葉を脳内でゆっくりと思い出す。

『ハグって、癒し効果とかストレス解消にもなるんだって』
『なまえ、また最近会議とか残業とかで、疲れてたりするんじゃない?』
『桧山がなまえを癒してあげるのが一番なんじゃないかな。そうすれば、素直に甘えてくれそうだし』

羽鳥の言葉を思い出しながら、髪を梳いていた手を一旦止めてその手をなまえの頬へとゆっくりと滑らせる。確かに、目の下に薄らと隈が出来ているようにも見えるのは睡眠が足りてないからなのか、なんにせよ疲れが上手く取れてないと見受けられる。目元を指の腹で優しくなぞってみせれば、俺の行動に驚いたのかなまえは少しだけぴくりと身体を反応させた。

「桧山くん…?」
「これも羽鳥から教えてもらった事なんだが、ハグは癒し効果やストレス解消にもなるらしい」
「ストレス、解消…」
「ああ。後は安心感が得られたり、疲れなども取れると聞いた。…なまえは最近、新しいプロジェクトの会議や、それの資料を纏めたりなどで遅く帰ってきているだろう。それのせいでか、疲れがたまっているようにも見える。…目の下には若干、隈も出来ているしな」

自分でも分かっていた事だったのか、図星を突かれた一言になまえはぐっと口を噤んでしまった。その様子を確認しつつ、目元を撫でていた指をそっと離し、彼女の事を見つめ続ける。

「えと…」
「今は四六時中ずっと一緒に居れる訳では無い。だが、恋人として会ったりこうしてたまの休みに泊まりに来たお前の変化に気付けない程、鈍くは無い」
「っ、」
「疲れてる時くらい、素直に甘えて欲しい」

彼女に顔を近付けてから、前髪をかきあげて額に触れるだけの口付けを落とす。少しだけ擽ったそうに身を捩るなまえは俺と視線を合わせたまま、どう返答をしようか悩んでいるように見えた。性格が災いしてなのか、迷惑を掛けまいと悩んでしまうんだろう。

「で、も…」
「俺は、存分にお前を甘やかしたいんだ」
「…私はいつも充分甘えさせてもらってるよ…?桧山くんが忙しくても時間の合間を縫って会ってくれてるし、あとこうして触れ合えたり出来てるだけで…。それに、一緒に居てくれるだけで充分嬉しいし…」

俺と視線を合わせながらそっと指を絡ませて握られる手と共に紡がれる彼女からの控えめな一言に、思わず顔を顰めてしまう。俺からしてみれば、いつも忙しくしてしまって会えない時の方が多いのに「会えた」「触れ合えた」というだけでは甘えになどならないと感じてしまう。…言い方を変えなければ、彼女は素直に頷いてはくれないか。

「言い方を間違えたな。お前の事を甘やかしたいし、甘えられたい。…それに俺自身の疲れを取る為としても、お前の事を抱き締めたいんだ」

握っていた手を名残惜しく思いつつもゆっくりと離してから、腕を広げてなまえを受け入れる体勢を取る。俺からの言葉に悩んでいたなまえも俺が引かないと分かったのか、少しだけ戸惑いながらもゆっくりと俺の胸に顔を寄せてから、無理の無い体勢で背中に腕を回してくれた。

「…桧山くんは…ハグの日じゃなくたって、いつだって抱き締めてくれてるよ」
「そうだな。だが、なまえの事をいつも以上に甘やかしたいのも、疲れを取ってやりたいのも事実だ」
「わ、私ばっかりは癒そうとしてくれるのは申し訳ないから…。こうしてハグする事によって桧山くんの疲れも…取れれば良いけど…」

ほんの少しだけ恥ずかしそうに口にするなまえの言葉に、つい口元を緩めてしまう。これは全部本心で思っている事だ。俺に出来る事ならば彼女の睡眠不足なども解消してやりたい、正直自分の事は二の次だ。こうでも言わないと、なまえは素直になってくれない。
数分程、そんな思いを込めて彼女の髪を先程同様優しく撫でていれば、背中に回っている腕が弱まってきている事に気付く。

「…なまえ?」
「……」

彼女の方を見れば、完全に瞳を閉じて小さく寝息を立てている姿が視界に映る。こんなにも早く寝てしまうのは予想外だったが、先程欠伸をしていた時から限界だったのかもしれない、と思えば納得はいく。抱き締めている事による温もりや頭を撫でられる事による安心感もあってなのかもしれないが、余程疲れていたという事なんだろう。疲れている時くらいは、無理をせずに頼ってほしいものなんだが。

「おやすみ。…なまえ」

眠っている彼女の頬に一つ小さな口付けを落とし、穏やかにかわいい寝顔を浮かべるなまえを見つめる。起きた時には互いの疲れが少しでも取れている事を願いながら、彼女を抱き締める腕にほんの少しだけ力を込めて、俺もゆっくりと瞳を閉じていった。


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