君の視線を独占したくて


*恋人設定。神楽視点。
*神楽が嫉妬する話し。


***


「一旦、休憩いれようか」

僕のアトリエになまえが来てから数時間が経つ。
今日は、製作途中だった次の新作コーディネートの試着を何着かお願いしていて、漸く一息吐けた所で休憩を挟む事にした。仕事がたまたま早番だったとはいえ、アトリエに来てからの拘束時間がちょっと長かったのは悪かったとは思う。休憩と口にした瞬間、なまえは息を深く吐いてソファに凭れ掛かり軽く伸びをしていた。

「製作途中だとしても、亜貴くんの新作に腕を通すって慣れない…緊張しちゃう…」
「今更何言ってるの。…まあ、今回は何着もあったし、長い時間拘束して悪いとは思ったけど。…はい、オレンジティー」

冷やしておいたオレンジティーを氷が入ったグラスに淹れて渡せば「ありがとう」となまえは笑って、オレンジティーを口にする。幸せそうにそれを飲んでいる彼女は、その後も続けざまに僕や服に対して何度も真っ直ぐな褒め言葉などを伝えてくれた。それがなんだか擽ったいような、それでいて嬉しいような。手を抜かないでやっているのは事実だし中途半端は絶対嫌だから。でも、それを誰かに褒められたいのかとか言われればそういう訳では無い。
だけど恋人からそれを嘘偽り無い真っ直ぐな言葉で褒められたら嬉しいのも事実で、それを誤魔化すようにオレンジティーを一口飲んで、喉の渇きを潤した。

「あ、そうだ。…少し本読んでても良いかな?」

彼女から告げられた一言に疑問に思いながらも小さく「良いけど」と返事を返す。僕からの返答を聞いたなまえは先程と同様に「ありがとう」と笑ってから自分の鞄から一冊の本を取り出し、徐に開いて読み始めている。

「(…ここに持ち込むのって珍しいかも)」

もう一度オレンジティーを口にしながら、既に熟読しているなまえの様子を眺める。普段から読書は好きだとは言っていたけど、僕やRevelのメンバーといる時はあまり読んだりしないから、その光景がやけに新鮮に見えた。

「…ねえ、何読んでるの?」

ふと、気付いたら疑問が口に出ていた。つい気になってしまった、彼女をそこまで夢中にさせる本に。既に空になったオレンジティーが入っていたグラスを机に置き、彼女が座っているソファの隣へと腰を下ろした。
僕の質問に、読んでいた本から視線を上げてこちらの方へとなまえは視線を向ける。その瞳は、さっき僕を褒めてくれた時のようにきらきらと輝いていた。

「あ、この本ね。パティシエさんが出したレシピ本なんだけど…」

楽しそうに話し始めるなまえは、一旦本をパタリと閉じて表紙を分かるように見せてくれる。表紙絵を飾っている男には見覚えがあった。確か…前に話してくれた彼女が尊敬しているパティシエ、だった気がする。

「私が尊敬してるパティシエさんなんだ。前からこの人の作る飴細工とかシュガーフラワーとか…他にも作るデコレーションケーキとかが繊細で、凄く綺麗なの。ウェディングケーキとかも。…それで、今回初めてレシピ本を出すっていうから買ったんだけど」

嬉しそうに楽しそうに、僕を見つめながらなまえは説明をしてくれる。普段、あまりこういう姿を見ないから少しだけ驚いたけど、良く考えたら自分の好きな事を語るってなったらこうなるだろうし、…その様子は単純に可愛いと思う。

「(…でも、なまえの視線がそのパティシエに向いてるのは…ちょっと嫌かも)」

名前も知らないパティシエに嫉妬してるなんて有り得ないとは自分でも思ったけど、なまえがさっき僕を褒めてくれた時のような真っ直ぐな視線が、言葉が、本越しとはいえそのパティシエに向いている事に納得がいかなかった。

「……」
「それでね、この人が作る飴細工の簡単な作り方が載ってるから今度実践して、」

「みようかと思って」と、続きそうな言葉を止めるように、なまえの事を後ろから抱き締めた。僕のいきなりの行動に、なまえは少しだけ固まった後に僕の顔を見ようと顔をこちらへと向けてくる。

「亜貴、くん…?ど、どうしたの?」
「あのさ。…今、ここにいるのは僕なんだけど」
「え、」
「…なまえは僕だけ見てればいいのに」

不満の言葉を零してから、そのまま彼女の首筋に顔を埋める。こんなの、ただの嫉妬だって分かってる。だけど、彼女のきらきらとした視線が今、僕以外に向けられる事が面白くなくて、独占したい、なんて思ってしまう。そんな事、口には絶対に出さないけど、そんな想いを一緒に込めながらぎゅっと腕の中に彼女を抱き締めたまま、自分の行動に溜め息を零してしまいそうになる。

「えっと…」

たどたどしい声が聞こえてきて埋めていた顔をそっと上げてみれば、僕の方に視線を寄越していたなまえの頬はほんのりと赤くなっていた。そのまま彼女は僕に抱き締められたまま、身体をこちらの方へと向けて僕と向かい合う形になる。

「あの…パティシエさんは尊敬してるだけだから。…言われなくても、私は亜貴くんしか見てない、よ…」

さっき僕が零した言葉がちゃんと届いていたようで、それに返事をするような形をくれる彼女の頬は先程よりも赤くなっている。そんな彼女からの言葉に言われなくても分かってはいたけど、自然と安心感が込み上げてきて心に広がっていく。

「あ、亜貴くんがそんな風に言うの…珍しいね…」
「普段、なまえが慶ちゃん達以外の男と関わってるのそんなに見ないからね。…ちゃんと分かってはいるんだけどさ。ただ、なまえが思ってる以上に僕がヤキモチ妬きって事、覚えておいて欲しいんだけど」

はっきりとそこまで口にしてから彼女の様子を窺えばこくりと小さく頷いてくれる。そのまま彼女の事を正面からぎゅっと抱き締め直した。ゆっくりと僕の背中に腕を回したなまえから「でも、嫉妬してくれたのは…嬉しかったよ」なんて小さくも嬉しそうな声でそんな言葉を零されて、その一言に気恥ずかしさがじわりと込み上げてくる。だけど、彼女の笑顔も視線も今は僕に向けられていると感じるだけで、先程までの嫉妬心は単純にも、もう無くなっていた。

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