人間は生まれて来る時から一人で、死ぬ時も一人だと聞いた。例え双子として母親の胎内で共に育ったとして、胎動を通る時には必ず一人でなければならない。そうしないと道が詰まって赤ん坊は二人とも圧死してしまうから、やっぱり同時に生まれるなんて出来ない。心中、なんて死ぬ瞬間、心臓が停まる瞬間が一緒なわけじゃないから、やっぱり二人や三人同時に死ぬなんて、無理なのだ。


私はなまえとずっと一緒にいたいと言ったし、なまえはずっと一緒だと言ってくれた。

「うん、だって風介さみしがりやだしね。」

ふふっと笑って聞いてもいない返答を返してくれた。そうだよ、私はさみしがりやだよ。人前で、ましてや君の前では死んでもいいたくないけどね。さみしいんだ、一人でいる部屋は薄暗く感じるし。ご飯は味がしない。眠るとき目を閉じても開けていても同じ暗闇が包む世界で、私はじっと小さくなって布団にくるまっているだけ。君に分かるかい、小さくなってうずくまった時どうしても堪らなく悲しくなる、この空っぽな気持ち。誰かの手を掴みたくともシーツを握り締めることしか出来ない私の手が、どんなに汗で気持ち悪く湿っているか。だから君がそうやって手を握ってくれているだけで、私は直ぐにでも瞬間接着剤でこのままこの手を離せないようにくっつけて仕舞いたくなるんだ。本当はキスをしている時だって、君の舌を私のそれに縫い付けて仕舞いたい。そうすれば何を食べようと一緒だ、一緒の味しかしない。私は君のはく息を吸って君は私のを吸って、互いの唾液を飲んで一緒に生きる。そう、一緒に生きたい。ずっとずっと、どんな時も一緒がいいんだ。


「でもお風呂とかトイレの時は流石に離れなきゃ駄目だよ。私恥ずかしいし、風介だって女子トイレ入りたくないでしょ。」


私が女子トイレなんて言葉を聞いただけで眉間に皺寄せるのを見て、ふふふと笑うなまえは、きっと私が女子トイレに入った瞬間あわてふためく姿でも想像しているのだろう。この女、私は真剣に悩んでいるというのにふざけている場合か。みるみるうちに私の中で彼女に対する苛立ちがぶくぶくと沸騰していく。ふふふとまたなまえが笑う、仏頂面だと言って繋いでいない方の手の人差し指で眉間をぐりぐりと押された。


「痛いよ、触らないで。」

苛々して眉間を解し続ける彼女の白い指を払い退ける。繋いでいる彼女の手の指がにぎにぎと動いた。擽ったいが、私はこの手を離すわけにはいかない。

相変わらず笑ったままで私の苛立ちを感じようともしないが、ふと見つめた彼女の瞳がとても温かく光り、揺れている。


「なんだか風介、今日はやけに優しいなあ」


優しい、先程は彼女の指を振り払い、未だ自分勝手な苛立ちを解消仕切れずに深く眉間に皺を寄せている私が、優しいものか。身勝手にこの手を離すまいと、にじり動くなまえの指を己のそれに搦め捕り身動きを封じた私が、どうして優しいものか。私はただ自分勝手身勝手に、掌を汗まみれにするじわりじわりとにじり寄る淋しさを、掻き消そうとしているだけ、ただそれだけ。


嬉しいなあと呟いて、まだ笑っている彼女が言う、手が痛いと。


「側にいるから、そんなに握り締めなくても大丈夫だよ。」


まるで蜃気楼のように、確かに聞こえるのに存在しないその言葉が、私の頭の中をゆらゆらと響かせて消えていく。ああそうなんだよ、ずっと一緒にいるなんて約束、私達には無理なんだよ。人は必ず一人で死んで、天国でも地獄でも無いところに一人で放り込まれて、ゆらゆらと君との約束も忘れて、また一人で生まれてしまうのだ。

砂場に築き上げた城が私達の息で吹き消えていくのと同じ様に、彼女が大きく笑ってはく息の生温かさが私を安心させては、毎夜彼女の命の灯が今日また少し吹き消されたということが分かる。彼女が段々と私から遠ざかる音がする。
ずっと一緒だなんて嘘ばかり。私には分かる、君は私をおいていく、私より先にいってしまう。私には分かる、分かるんだよなまえ。



それでも私はこの湿った掌を離したくない。笑われようが、痛いと言われようが、私は指先に力を込めて、彼女の手に、爪を起て続ける。君が笑う度、力を込めるよ。








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