「恋したいなー」

薮から棒にいきなり何言ってんだ馬鹿じゃねえのそんなこと言ってる暇ねえだろうが早く日誌書けよ帰れねえだろ。


って言わんばかりに、先程の私の発言にみるみる深く眉間の皺を刻み込む彼をちらりと確認して、構わず溜息を吐くのと同じように言葉を放つ。


「恋したいなー」

「はあ?」

おお、今度はちゃんとリアクションを発してくれた。

「だって恋したらお得な事ばっかりだよ!」
「何わけ分かんねえ事言ってんだ、早く日誌書けよ」

「ま、まあ聞いてよ南雲くん」

お馬鹿な君にもちゃんと理解できるように恋してお得なエとセとラを、私がきちんと説明しますからさ。不機嫌そうに釣り上がった眉毛とかグラグライライラと光変わっていく金色目ん玉とかにも今日の私は怯まないよ、だから鋭そうな八重歯剥き出してギリギリ歯軋りするのは止してほしいな。
うん、本当は怖くて堪らないんです、本当は君にお馬鹿とか死んでも言えないんです。南雲くんは怒らせるとまるで猛禽類か肉食獣かわかんないが、そんなおっかない獣たちを思わせるオーラを纏って、今にも私の喉元を食いちぎりに来るんじゃないかと言う勢いに成るのだ。実はいつも彼と喋る時には、冷や汗かきっぱなしでいる。
「だ、だってね、」
ああ吃っちゃった

「恋すれば胸が苦しくてお腹が空かなくなってダイエットになるし、恋したら何故か綺麗になれるし、あと、嫌いな人も好きになれちゃうんだよ!」


「なんだそりゃ、俺は別にダイエットしたいなんて思ってねえし、綺麗にだなんて気持ちわりいし、嫌いな奴は嫌いなままでいいぜ。」


気は済んだかって感じで、南雲くんは机の上に開かれた日誌を私の方に押しつけた。ああ、うん、そっか、なんてなんの気持ちも篭っていない空返事を返して、私は渋々日誌に向き直る。
なんだ、南雲くんは別に恋なんてしたくないらしい。折角日直が同じ日だったから、普段怖くて近付けない南雲くんと少しでも仲良くなってみようかと試みたが、結局南雲くんはまだイライラと目を光らせていて、やっぱり怖いままだった。お馬鹿って心の中で言ったのばれてたのかな。

もうこれ以上怒らせないように大人しく日誌を書いていると、頭上から声が聞こえた。なあ、と言うその声は正しく南雲くんのものだ。

「お前、誰に恋すんだよ」


「え?」

「するとしたら、誰にすんのかって、」

そういえば恋って誰かにすることだったなあ。お馬鹿は私の方だった、誰にするかも分からずに恋したいなんて唐突すぎだよ自分。今度から延髄だけじゃなくて、脳にも言葉を通してから喋ろう。

ああそう考えてる内に南雲くんの眉毛が更に釣り上がってきている、これは私の返事が遅くてイライラしているに違いない。ああ私やっぱり南雲くんを怒らしてばかりだ。


「だ、大丈夫、南雲くんにはしないから。」


「ああ?」
わあ、ごめん睨まないで


「な、南雲くんには恋しないから!大丈夫!」


そうだ、これ以上彼を怒らせるような事を話してはいけない、もし彼の眉間にもう更に深く皺が刻まれた時にはきっととって食われるだろう。
しかし南雲くんの返事がないな、声すら聞こえない。ちらっと目だけ彼の方に動かせば、南雲くんの眉間の皺が綺麗さっぱり無くなっていた。イライラと光っていた目も何となく治まっている様に見えた。鳩が豆鉄砲くらったような顔をしている南雲くんを見て、もしかしたら私の返事を聞いて機嫌を治してくれたのかもしれないと思った。

だが私が安堵したのはその一瞬だけだ。みるみる内に南雲くんの眉間に皺が戻り目玉がギラギラ光り出す、しかもさっきまでとは比べものにならないくらい殺気立っていて怒っているなんてレベルじゃない、ああ、それ以上奥歯噛み締めたら歯が割れちゃうんじゃないかな。ギリリという歯軋りの音があんまり鋭かったから、うひって情けない声を上げてしまった。ボキリとシャーペンの芯も折れて、日誌に黒い粉をばらまく。


「ご、ごめんねなぐもくん」


彼が何でそんなに怒っているか分からなかったから泣きそうになって謝ったら、なんだか南雲くんのギラギラした目がじんわりとうるうるし出したような気がする。

でも相変わらず剥き出しの八重歯が怖くてそれが確かな事か忘れてしまった。



「ご、ごめんね、」


「早く日誌書けよ」


「う、うん」


「ノロマ」


ああ、仲良くなるどころか暴言まではかれてしまった。恋の話しなんてするとろくなことない、恋なんてろくなもんじゃないな、恋なんてしないぞ。
南雲くんがずずっと鼻を啜る。花粉症か風邪か聞きたかったけどもう勇気が出なくて、私は黙ってシャーペンの芯をカチカチと出すと日誌の残り一行のネタを考えていた。




100302.南雲可哀相。