決定権なんて、ないゆっくりと目をあける。今まで眠っていたからだろうか、光が眩しくて目が眩んだ。光…、私は最後にいつ光を見ただろうか。そうだ、あの日。あの日、あの炎が燃え盛る、あの。薫が拐われた、あの、朱い、記憶。薫が捕らわれて、それで……。薫?誰だっけ、それ。あれ、私、誰だっけ。どうしてだろ、思い出せない。違う、思い出したくない。―――思い出して、薫のことを。突然私を襲う頭痛。頭が、痛い。頭が割れてしまいそうだ。……本当に頭が痛い?否、痛いのは、心臓だ。思い出す?何を?薫?誰なの薫って。わからない、けど、忘れちゃいけないって、それだけはわかる。そうだ、薫は大切な、大切な、私の。私の……「目が覚めましたか千鶴様!」誰、この人。突然私に話しかけた見知らぬ男が私に駆け寄ってくる。千鶴…、それは私の名だろうか。「あなた、だれ?」私がそう問えば驚いたように目を見開いた男。しかし男はすぐに笑顔になる。「綱道でございます。ついこの間千鶴様たちとお話させていただいた雪村綱道です」雪村、その単語が頭に残った。だがなんでその単語が引っ掛かったのかわからない。私は何かとても大事なことを忘れている気がする。思い出せ、薫、千鶴、雪村…。思い出せ私、思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ!「わから、ない。わからないよぅ…」「ち、千鶴様?!どうなさいましたか!?」ガクガクと震え始めた体を抱え込むように両手で自分を抱き締める。横で何か言っている雪村綱道の声なんてもはや耳に入らない。あああ、怖い、恐ろしい。このまま忘れたら大切なものを失う気がして。私はまた、大切なものを失ってしまう。……あれ、また?またってことは私は既に何かを失ったの?だめ、喉まででかかった何かが出てこない。もどかしい、嫌だ。ねぇ、教えてよ、わからないの、私、覚えてないの。「なにも、おもいだせない…」雪村綱道が隣ではっと息を飲む音がした。私の発言に驚いたのだろうか。「おのれ人間め、雪村家を滅ぼし、千鶴様の記憶まで…!」歯をギリギリと音をたてながら怒りを露にした雪村綱道。彼の口から出た言葉、雪村家を滅ぼし…?、雪村家は滅んだのだろうか?誰のせい?人間のせい?一瞬にして蘇る熱。あの赤い日の匂いが、光景が、感触が息を吹き返すように私を包んだ。そして次々と走馬灯のように私の記憶が溢れだす。ああ、思い出した。私は雪村千鶴だ。雪村家は滅ぼされたんだ、人間の手で。そして薫は私の双子の兄。でも薫は、私の目の前で男たちに連れていかれたんだ。思い出した。私は、この世界の人間じゃない。思い出した。ここは幕末だ。思い出せない。私はこの先の未来を知ってるはず、なのにそれだけが思い出せない。ああ、薫。薫。私の大切な片割れ。今すぐに探しにいきたい。でも私には力がないから。だから待っていて。すぐに強くなって薫を助けにいくから。私が、薫を守るから。( 9 / 41 )[ *prev|next# ] ←back -しおりを挟む-