動き出したお伽噺貴女たちに会いたがってる人がいる。母上にそう聞かされたのが今朝。そして今、私と薫の前には見知らぬ男が一人私たちに頭を垂れていた。「お初にお目にかかります、雪村綱道と申します」千鶴様に薫様、そう言って私たちの前に跪く男、もとい雪村綱道。一瞬、いや、かなりの間、私の時が止まった気がする。この男は確かに自分を綱道と名乗った。雪村綱道、と。綱道、綱道、とひたすらその名前が頭の中で連呼される。ヒヤリと冷たいものが背中に走る感覚がした。「姓が雪村と言っても、私なんて雪村家の端くれですがね」なかなか言葉を発しない私たちに不安を感じたのか、自虐めいた言葉を付け足す綱道。それでも何も反応しない私たちにいよいよ焦ったのか、何かご機嫌を損ねることを言ったでしょうか…?、と言葉を溢し不安げにこちらを見つめる始末。いやいや、たかが5歳児に何をそんなに気を使うんだこのオッサン。「きげんわりゅくないです」あまりに綱道がいたたまれなくて反応した私だったが……噛んでしまった。思いっきり、りゅ、って。しっかりしてよ私の呂律。いや、わかってるのよ、だって5歳児だし。中身は24歳のオバサンでも身体は5歳だから。まだまだ絶賛成長期だもの。見た目は子供、頭脳は大人、その名も迷探偵桔梗…なんつって。あはは、自分で考えながら痛い、痛すぎるよ私。あ、目から汗が。ってか、おいこら綱道、何そんな目でこっち見てんのさ。5歳クオリティ舐めんなよコンチクショウ。しかも薫は薫で、う?とか言って私を見てるし。可愛んだよコンチクショー!…話が逸れた。このつるっぱg…あばば。この男、雪村綱道。確かにこんな男を薄桜鬼で見たことあるよーな気もしなくはない。というより、この男があの雪村千鶴の父親なのだろうか。いや、だとしても今の話を聞く限りあまり雪村千鶴とは無関係な存在だ。ゲームとはストーリーがかけ離れている。まぁ、もしかしたら私はゲームの冒頭しかプレイしていないから、あとあと雪村綱道と血が繋がってないとわかるストーリーになるのかもしれない。でも、とりあえずは、私は薄桜鬼の世界に産まれて来てしまったと考えていいだろう。幕末、雪村千鶴、雪村綱道、とここまで被っていたら、流石にバカでも薄桜鬼に何らかの関わりがあるとわかる。「千鶴様、薫様、これは人間が作ったお菓子なのですが、金平糖と言ってとても甘くて美味しいですよ。どうぞ召し上がってください」思い出したように懐から金平糖を取り出す綱道。一見私たちを柔らかい目で見る彼の瞳の奥には、私たちを尊敬するような色が伺えた。余程鬼としての血統を大事に思っているのだろうか。「おいしい!ありがとうおじさん!」薫が金平糖を口にしながらそう言えば、よりいっそう優しそうに微笑む綱道。何も知らずに金平糖を頬張り嬉しそうにする薫に、私は一人、自分の未来への不安を抱く。私はそのあと思うように身体が動かず、ただただ笑顔の薫と綱道を見るしかなかった。( 6 / 41 )[ *prev|next# ] ←back -しおりを挟む-